卒業式風景
信州大学教育学部附属長野中学校の卒業式の一日は長い。
お決まりの卒業証書授与式に始まり、親子昼食会、卒業謝恩会、二次会と続く。
と言っても、生徒は卒業式が終わればもう、先生と会う機会は無い。
忙しいのはあくまで先生方と親である。
天気予報で3月18日は、前日より気温が低いらしいと言っていた。
でも前日、長野市の最高気温は24度と初夏並の暑さであった。
それよりはまあ、低いって訳ね・・・・。
それに朝はぐづつくものの、午前中には晴れ間が広がる予定・・・・。
まあまあの卒業式日和じゃない。良かったね・・・と思った。
ところが・・・。
当日はまさかの横殴りの雪!
昼を過ぎても、晴れ間どころか、雪は勢いを増すばかり・・・。
T教頭先生のお話ではないが、孫子の代まで語りつがれる雪の卒業式となってしまった。
九子はこの日、奇しくも二人のお母さんと始めてお話して、びっくりさせられた。
何とこのクラスには九子の同業者、つまり薬剤師の父母をもつ生徒がN子も含めて4人もいたのである! う~ん、知らなかった!
それにしても、3年間の最後の卒業式の日にわかるとはなあ・・・。
まあ中学校なんて所詮そんなもんだ。
(違う!違う!(^^;)
卒業証書授与式は、寒さとの戦いであった。
見るからに強力そうな巨大なファンヒーターが2基も用意されているにもかかわらず、誰もスイッチを入れようとしない。
あとから聞いた。音がうるさくて、話が聞こえなくなってしまうんだそうだ。
それって、なら、いつ使われるんだろう。
使わないもんなら、これみよがしに置いとくなよって感じ。(^^;
教室に戻って、3人の先生方のお話を聞く。
担任副任はまだわかるが、さすが附属中だ、研修の先生もいらっしゃる。
まずは8ヶ月のお付き合いのK先生。学生っぽさを残す初々しい彼だ。
真っ先に口を開いたK先生の言葉は、意外なほど辛口であった。
「このクラスってさあ、目標を持ってみんなで力を合わせてやろうって時に、不安定なんだよね。」
いつも卒業式には、とりあえず誉めてもらうのに慣れてた耳には少々痛かった。
まあお母さんたちにおもねないのも若さなんだろう。( ^-^)
1年間副任でお世話になったY先生は、サッカー選手でもある熱血先生だ。
こうやって世界中55億の人々のなかで、一緒に3年間を過ごす縁が出来たということが、どれだけ不思議なことであるか考えて欲しいと言われた。
ちなみに先生の奥様は、中学の同級生だそうだ。
言いたかった不思議な縁ってそれだったわけ~?(^^;
担任のN先生は、生まれつき重い心臓病をもち、14歳で難しい手術に臨み亡くなった女の子が、手術前おかあさんに宛てた手紙を、声を詰まらせながら読まれた。
「命」の学習は、附属中学校3年間を通じて一貫したテーマである。
そして、後ろを振り返らず前だけを向いて行きなさいとおっしゃった。
三人三様のお話は、忘れられないものとなった。
「親子昼食会のあと子供たちだけでボーリングやら何やらするかもしれないから、お金渡しといたわ。」とあるお母さんが言うので、あわててN子にも3千円渡した。
ところがN子は昼食会が終わるや否や「じゃあこれで。」と帰っていく。
後から聞いたら、彼女はボーリングにも何にも参加することなく、塾があるからと帰っていったそうであった。
彼女の友達のお母さんに言われたっけ。「『N子ちゃんって女の子なのにさっぱりしてるからいいの。』ってうちの子が言ってたわ。」
うん、確かにさっぱりしている。(^^;
それじゃああの3千円はどうしただろうと尋ねると、
「帰りに本屋に寄ってマンガ2冊買った。おつりは1800円あるけど、もらっとくことにする。」
さっぱりだけじゃなく、がっちりもしている。(^^;
謝恩会が終わり、二次会はカラオケだった。
先生方は心ゆくまで楽しんで歌って下さった。
先生方の名誉のために言っておく。
先生方は最後まで品行方正であった。
ただ、少々タガがはずれていただけだ。(^^;
最後に心にくい演出があった。
担任のN先生からお母さん一人一人に封筒が渡された。
中には3学年生徒全体で書いたという「親への手紙」が入っていた。
先生からの一言として、
書かれた内容についても「先生から手紙もらって読んだよ。」というものよりも、保護者の皆様の心の中に止めて置かれるのもよいかと思います。
・・・・・・・と記されていた。
わくわくしながら、手紙を開いた。
・・・・・・・・・・・・・・。
全くの親の身勝手で、N子の手紙をここに公開させて頂くことにする。
N子よ、許せ!
原稿用紙1枚に、一行おきにこう書いてあった。
15年間、いろいろとお世話になりました。
あまり感謝の気持ちはないのですが、書けと言われたので、一応書きます。
15年間迷惑かけたり、かけられたりで、本当にこんな親でいいのだろうかと思うけれど、そうじしろとか寝てばっかいるなとか思うけれど、一応食わせてもらっている身なので何も言えませんが、帰る家と飯がある事に感謝します。
もうあまり思い浮かばないのでこれで終わりにします。(原文のまま)
ううっ!
お決まりの卒業証書授与式に始まり、親子昼食会、卒業謝恩会、二次会と続く。
と言っても、生徒は卒業式が終わればもう、先生と会う機会は無い。
忙しいのはあくまで先生方と親である。
天気予報で3月18日は、前日より気温が低いらしいと言っていた。
でも前日、長野市の最高気温は24度と初夏並の暑さであった。
それよりはまあ、低いって訳ね・・・・。
それに朝はぐづつくものの、午前中には晴れ間が広がる予定・・・・。
まあまあの卒業式日和じゃない。良かったね・・・と思った。
ところが・・・。
当日はまさかの横殴りの雪!
昼を過ぎても、晴れ間どころか、雪は勢いを増すばかり・・・。
T教頭先生のお話ではないが、孫子の代まで語りつがれる雪の卒業式となってしまった。
九子はこの日、奇しくも二人のお母さんと始めてお話して、びっくりさせられた。
何とこのクラスには九子の同業者、つまり薬剤師の父母をもつ生徒がN子も含めて4人もいたのである! う~ん、知らなかった!
それにしても、3年間の最後の卒業式の日にわかるとはなあ・・・。
まあ中学校なんて所詮そんなもんだ。
(違う!違う!(^^;)
卒業証書授与式は、寒さとの戦いであった。
見るからに強力そうな巨大なファンヒーターが2基も用意されているにもかかわらず、誰もスイッチを入れようとしない。
あとから聞いた。音がうるさくて、話が聞こえなくなってしまうんだそうだ。
それって、なら、いつ使われるんだろう。
使わないもんなら、これみよがしに置いとくなよって感じ。(^^;
教室に戻って、3人の先生方のお話を聞く。
担任副任はまだわかるが、さすが附属中だ、研修の先生もいらっしゃる。
まずは8ヶ月のお付き合いのK先生。学生っぽさを残す初々しい彼だ。
真っ先に口を開いたK先生の言葉は、意外なほど辛口であった。
「このクラスってさあ、目標を持ってみんなで力を合わせてやろうって時に、不安定なんだよね。」
いつも卒業式には、とりあえず誉めてもらうのに慣れてた耳には少々痛かった。
まあお母さんたちにおもねないのも若さなんだろう。( ^-^)
1年間副任でお世話になったY先生は、サッカー選手でもある熱血先生だ。
こうやって世界中55億の人々のなかで、一緒に3年間を過ごす縁が出来たということが、どれだけ不思議なことであるか考えて欲しいと言われた。
ちなみに先生の奥様は、中学の同級生だそうだ。
言いたかった不思議な縁ってそれだったわけ~?(^^;
担任のN先生は、生まれつき重い心臓病をもち、14歳で難しい手術に臨み亡くなった女の子が、手術前おかあさんに宛てた手紙を、声を詰まらせながら読まれた。
「命」の学習は、附属中学校3年間を通じて一貫したテーマである。
そして、後ろを振り返らず前だけを向いて行きなさいとおっしゃった。
三人三様のお話は、忘れられないものとなった。
「親子昼食会のあと子供たちだけでボーリングやら何やらするかもしれないから、お金渡しといたわ。」とあるお母さんが言うので、あわててN子にも3千円渡した。
ところがN子は昼食会が終わるや否や「じゃあこれで。」と帰っていく。
後から聞いたら、彼女はボーリングにも何にも参加することなく、塾があるからと帰っていったそうであった。
彼女の友達のお母さんに言われたっけ。「『N子ちゃんって女の子なのにさっぱりしてるからいいの。』ってうちの子が言ってたわ。」
うん、確かにさっぱりしている。(^^;
それじゃああの3千円はどうしただろうと尋ねると、
「帰りに本屋に寄ってマンガ2冊買った。おつりは1800円あるけど、もらっとくことにする。」
さっぱりだけじゃなく、がっちりもしている。(^^;
謝恩会が終わり、二次会はカラオケだった。
先生方は心ゆくまで楽しんで歌って下さった。
先生方の名誉のために言っておく。
先生方は最後まで品行方正であった。
ただ、少々タガがはずれていただけだ。(^^;
最後に心にくい演出があった。
担任のN先生からお母さん一人一人に封筒が渡された。
中には3学年生徒全体で書いたという「親への手紙」が入っていた。
先生からの一言として、
書かれた内容についても「先生から手紙もらって読んだよ。」というものよりも、保護者の皆様の心の中に止めて置かれるのもよいかと思います。
・・・・・・・と記されていた。
わくわくしながら、手紙を開いた。
・・・・・・・・・・・・・・。
全くの親の身勝手で、N子の手紙をここに公開させて頂くことにする。
N子よ、許せ!
原稿用紙1枚に、一行おきにこう書いてあった。
15年間、いろいろとお世話になりました。
あまり感謝の気持ちはないのですが、書けと言われたので、一応書きます。
15年間迷惑かけたり、かけられたりで、本当にこんな親でいいのだろうかと思うけれど、そうじしろとか寝てばっかいるなとか思うけれど、一応食わせてもらっている身なので何も言えませんが、帰る家と飯がある事に感謝します。
もうあまり思い浮かばないのでこれで終わりにします。(原文のまま)
ううっ!
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