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長男R [<ダメ母のすすめ・・・・新米ママへ>]

日記も今回で60回になった。3日に一度1年間書き続けることが目標だったから、一応折り返し地点に立ったことになる。

過去の日記を読みなおしてみて、長男Rについての記述が少ないことに気がついた。
ひょっとして、「九子さんの長男って、暴走族の親玉でもやってるんじゃあないの?」などと勘ぐられてはRにも気の毒なので、今日は彼の話をしようと思う。

はじめての孫が男の子だったので、父母は大変喜んだ。
生まれたばかりの赤ちゃんの顔など、猿みたいにしわくちゃで、そんなに可愛いとは思わないが、祖父母になりたての二人は、「可愛い、可愛い」を連発した。

しかし数ヶ月経つ頃には、確かにM氏に似た色白の、目のぱっちりした顔になった。

男の子は2種類のタイプに分かれるそうである。
一つは、自動車や電車、つまり乗り物の好きなタイプ。そしてもう一つは、虫や動物に興味を示すタイプ。

我が家の男の子たちは、3人とも前者であった。

特にRは、泣いたりぐずったりする度に、古い店の前のガラス戸越しに置かれたベビーカーに乗せられた。そこから、走る車を眺めているうちに、彼の機嫌はすっかり治ってしまうのだ。

前を通る女子高生が「わ~、可愛い!」と言って通りすぎた。

彼はただただ車が面白くて見ているだけであり、逆に彼が見られている事になど毛頭考えが及ばない事では、動物園の猿と一緒だった。

ただ、手をふられたりなんぞすると、嬉しくて愛嬌を振りまいたりしていたあたり、やっぱりなんといっても外面(そとづら)の良い九子家の男の片鱗があった。(^^;

それから数年経つ頃には、道を走る車の車種を一瞬にして当てるようになった。
「この子、ひょっとして天才?どうしよう!」

そう言えば親戚のCさんも、息子さんが小さい時に「この子、東大飛び越してハーバード大へ行くかもしれないわ。どうしよう!」と思ったそうである。

二人の心配は、言うまでも無く杞憂に終わった。(^^;

幼稚園に行き出してからの彼の様子は、九子をやきもきさせた。
男の子たちが好む外遊び、中でもサッカー、キャッチボールなどのボール遊びが嫌いで、なかなか友達を作れなかった。

もちろん、お砂場遊びはなおさらダメだった。
どろんこなんかは一番苦手で、ちょっとでも指が汚れるともう顔をしかめて、その場を退散してしまうのが常だった。

情けないなあ、この子!

本当は九子だって嫌いだったのだ。ポール遊びもどろんこも、出来れば避けて通りたかった。
だけど男の子なんだから、それじゃ困るのよね。

いつのまにか九子の中には、「外遊びが好きで、スポーツが好きで、友達がたくさんいて真っ黒になって遊んで帰って来る子が一番良い子」という男の子の理想像が出来上がっていた。
Rは、そのどれにも当てはまらなかった。

新米ママ九子は、それでも頑張った。
頻繁に彼を公園に連れて行ってはボール遊びの相手をし、砂場にも誘いこんだ。
幼稚園のどんぐりクラブとかいう体操クラブに無理やり入れたりもした。

小学校へ入っても、相変わらず彼は外で遊べなかったし、友達もなかなか出来なかった。

そうして気が付いてみると、長男Rは九子の中で「困った長男」になっていた。
はじめての学級懇談会で自己紹介の時、九子は「うちの息子には手を焼いています。」と言った。
先生とのノートのやりとりは1年間で丸々一冊になった.(次男Sの時は1年でたった2ページだ。(^^;)

参観日(その頃九子は皆勤賞だった。母が元気で、薬局は母さえいれば安泰だったから・・・(^^;)、長男Rのやっぱり長男ねえってとこを見せつけられた。

理科の実験の時間だったと思う。4人グループで実験を行うのだが、Rは見ているばかりで最後まで手を出そうとしなかった。
九子はがっかりした。そして、イライラした。

コンプレックスを学習された皆さんは、もうおわかりですね。
つまりあれ!似たものコンプレックス。(^^;

小学校の時、彼は反抗ばかりしていたような気がする。
今ならわかる。彼は自分を認めて欲しかったのだ。
外遊びが嫌いでも、スポーツが苦手でも、友達が少なくても、自分はそういう人間なんだから、そのままじゃなんでいけないの?

彼は5年生の時、素晴らしい出会いをする。
手先が器用でプラモデルを組みたてるのがうまかった彼だが、ラジコンカーというのにのめりこんで、自分で作った体長50センチ位の車を使ったレースに夢中になった。

当時子供たちはせいぜいミニコンカーという車体がさらに5分の1くらいのを走らせるのをやっていて、ラジコンカーはもっぱら大人向けだったから、彼は大人の間に混じってやっていたことになる。

うかつな事に、彼の目が輝き出した事に九子は気が付かなかった。

中学校の個人懇談で、担任のS先生に言われた言葉が忘れられない。
「R君は真面目で優しくて、とても良いお子さんですよ。」

まあ真面目はわかるけど、あの子が優しい?

そう言えば一度だけ、彼の優しさに触れたことがあった。
あれは小学校の4年生頃かなあ。
例によってRを叱り飛ばして、直後に九子は気が滅入るので寝てしまった。(^^;
気が付いたらRが毛布をかけてくれたのに気づいた。
ばつが悪いので知らん顔して寝ていた。(^^;

S先生の言葉どおり、彼は真面目に勉強した。
名門N高校も視野に入れたが、何しろ気が小さくてテストの点数が悪いと言っては次の日一日学校を休んでしまうような子だったので、NY高に進学させた。

担任のK先生は、定年間際の経験豊かな数学の先生で、後からわかったことだが九子が高校生の時、若かりし先生を学校でたまにお見受けしていた。

中学校まで数学が大嫌いだったRだが、K先生のお陰で大好きになった。

将来を決める時も、「親の言うことなんか聞くな。自分のやりたい道を歩け。」と彼を勇気付けて下さった。(結局2年生の後半に、工学部への夢を捨てて今の道を歩く決断をしてくれたのだが・・・。)

ただ、クラスには最後まで馴染めなかった。
彼曰く、ちゃらちゃらした子が多くて、真面目なRには合わなかったのだろう。彼は専ら、軽音楽のバンド仲間の違うクラスの子たちと仲良くしていた。

最後にK先生が彼に言ってくれた言葉がふるっていた。
「清濁併せ呑め!」
さすが短い付き合いでも、鋭く見られていたんだなあ。

今や彼は、まさに頼れる長男になった。
弟妹たちを仕切り(彼の号令一下、弟妹たちは絶対服従だ。)、母親の話相手になり(いつのまにかM氏に似て(^^;、世間話の好きな息子になっていた。)、何より自分で決めて、父親の後継者になってくれると言う。(パパみたいにビンボーになっちゃだめよ。(^^;)

今も食堂に、RとSが水遊びしているポスター大の写真が貼られている。
何かの懸賞で当たったやつだ。
「この頃R君って、本当に可愛いい顔だったよね。」

・・・・・と言うことは、今は??(^^;
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