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老いると言う事 [<介護生活、そして父母の事>]

どうもこの頃こういうテーマが多い気がするが(^^;、話は父母のことである。

父を見てると、肉体的に「老いる」と言うことがどう言うことか良くわかる。
母を見ると、精神的な「老い」の現状を見せつけられる。(^^;

九子は、寝過ごして機嫌のよろしくないわがままM子を、歩いて10分の塾まで車で送る最中である。
夕食時だが、もちろんぬかりなく、食事の準備は万端だ。
(珍しく、今日に限って・・・。(^^;)

M子は可哀想に、食事をせずに塾へ行くことも稀ではない。
6時半から9時までの長時間だが、彼女が自分で決めてきた塾なので文句も言わず続いている。

6時には食べられるようにいつも準備は始めるつもりなのだが、なぜか出来あがるのは6時15分頃。
まあ、食べて行けってほうが無理だよね。

なら、15分前に準備を始めればいいんじゃないの?
それでも結局出来あがりは同じ時間なのが謎だ!(^^;

今日の話題は、しかし、そのことではない。

とにかく歩いて10分の塾まで、車を出して、M子を置いて、また帰って来るまでの、まあ10分間に、出来過ぎ母が何をしたかと言うことが問題なのだ。

父もM氏も食卓に付いてそれぞれテレビを見、新聞を読んでいた。
食事の方は、ただ盛り付けさえすればいいように出来あがっていた。

もちろん頼んだ訳ではなかったが、当然の事ながら母が、父とM氏のご飯の支度をしてくれているとばかり思って、九子は家を出た。

ところが帰ってみると、にぎやかなのは母の前のみ。

おかずも、自分用の特別柔らかめに炊いたコシヒカリも、味噌汁もすべて揃って、しかも「これなら、つるっと入るし栄養もあるから」とわざわざすりおろした山芋まで付いている。

そして相変わらず父とM氏は、なあんにも出されていない食卓の前で、テレビを眺め、新聞を読んでいた。(^^;


母は昔、こんなじゃあなかった。
祖父のこと、父のこと、一人娘の九子のことがまず第一で、自分の事はいつも一番最後だった。

その反動が今来ているのだろうか?

母は5年前、食道ガンの手術を受けた。
食道ガンという病名を聞いた時は震えあがったが、幸い名医の先生の執刀で手術は成功し、ガンの性質も良かったためか、抗がん剤や放射線治療もしないまま今に至っている。

5年が経過し先生からは、「もうガンで死ぬ心配はありません。」という有り難いお墨付きまで頂いた。

普通ならそれで万万歳のはずが、思わぬ伏兵が潜んでいた。
めまいである。

手術直後から現れためまいが、母を以来ずっと苦しめている。
地元のいろんな病院で見て頂いたが、帰ってくる答えは「もっと太らないとだめですね。」なのだ。

もともと極端にやせていた母の今の体重は、30キロを大幅に下回っている。
あと10キロ太れというのは、母にとっては厳しい話なのだ。

手術を境に、目に見えて母が変わったこと・・と言えば、今まで見向きもしなかった料理番組や料理本に、異常に関心を示し出した事である。

耳もその頃からひどく遠くなり、再大音量のテレビから流れてくるのは、料理番組か、旅番組の旅館紹介だ。(当然、食事の献立例が画面いっぱいに出てくる。(^^;)

一度にたくさん食べられない分、いつも何か口に入れていない時はないみたいに見える母だが、やっぱり「太りたい」という欲求のなせる業なのかもしれない。

「少しは栄養取らなくっちゃ!」と「ちょこっと」が、母の今の口癖である。

取りあえず九子が帰ってきて、父とM氏はやっと食事にありついた。

栄養たっぷりの山芋は、量が幾分多かったためか、母が自分のご飯にかけた後、父の前にずっと置かれていたのだが、二口三口ご飯をほおばった後、母は父のご飯の上に申し訳程度にそれをかけると、「おじいちゃん(母は父をこう呼ぶ)、もう食べないよね。残りはやっぱり私がもらうから・・・」と、自分のわずかなご飯の上に盛大にかけた。

「もう、今日はおじいちゃん、いっぱい食べ過ぎてるからこのくらいにしときなよ。」
「見てればおじいちゃん、さっきから食べっ通しに食べてるよ。お昼はもう要らないよね。」
「だめだめ、いっくらなんでももう食べられないわ。おなか壊したら後が大変!」

九子が父に「もう少し食べる?」と聞くと、たいてい返って来るのが母のこれらの答えである。
父ならずとも、「俺の腹だ。お前が決めるな!」と言いたい気持になる。(^^;

母と九子は、昔から全然似ていないと言われ続けてきた。
何しろ母娘ではなくて、「お嫁さん」に見られることの方が多かったくらいだ。

唯一似ているのが、太くて不揃いな髪の毛。
シャンプーのCMに出てくるような艶やかな髪の毛に、どんなに憧れたことか・・・。

皮肉な事に美容院では、「親子ですね。」とすぐに見破られる。

そもそも九子は、父ともあんまり似ていない。
それで高校時代同級生の間で密かに囁かれたのが、「九子、橋の下伝説」。
つまり九子は、橋の下に捨てられていたのをもらわれたといううわさ。(^^;

でも年を取ると、若い頃は似ていなかった親兄弟に良く似てくると言う話をあちらこちらで聞くようになった。そうなのかなあ?

そしてこの頃やけに目に付く出来過ぎ母のご乱行である。(^^;

抗うつ薬や気分調整薬を毎日飲むようになってからすっかりご無沙汰が続いていた坐禅だが、九子はこの頃、とり憑かれたようにまた坐り始めた。

まあ九子の「とり憑かれたように」であるからして、普通の人のたまたま・・くらいの感覚であろうが。(^^;

どうしてって?
もちろん煩悩を捨て、少しでも愛される年寄りになるためにである。

とほほ・・・。 (´_`。)
タグ:食道癌
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