九子に負けぬ花 [<正統、明るいダメ母編>]
タイトルをつけてから、紛らわしかったかなあと反省している。
九子に負けぬ花。
美貌(えっ??)の九子に負けず劣らず美しい花という意味・・・・・・・ではもちろんない。(^^;
九子の花音痴は昔から有名である。
大学時代、薬大の植物部に所属しておきながら、あの当時たくさん覚えたはずの高山植物の名前など、コマクサとニッコウキスゲくらいしか出てこない。
高山植物どころか、それが花屋の店先の花であれ、野に咲く花であれ、人並みに「綺麗だな。」とは思うが、名前を覚える気などさらさら無いので、花の話題になると昔から無口になったものである。
もちろん世話する方も大の苦手で、水やりや水替えを容易に忘れて、いつのまにか哀れ花はくすんだドライフラワーに・・・・・。(^^;
そんな九子であっても良くしたもので、一応薬局の管理を任される身の上になってからは、縁あって我が家に来た花(たいていの場合、冠婚葬祭でふるまわれる花ばかりであるが・・(^^;)は、ちゃんと花瓶にさして薬局に飾り、毎日かかさず・・・かどうかはともかく(^^;、とりあえず水をやるようになった。
もう10年以上も前になろうか。
当時大学を終えて先生になりたてだった俵万智さんが出した歌集「サラダ記念日」が話題になった。
「嫁さんになれよ」だなんてカンチュウハイ二本で言ってしまっていいいのという、まさに現代語を駆使した短歌が鮮烈で、九子も一冊買い求めた。
その中で、なんとなく気になって今も頭のなかに残っているのが、
ガーベラの首を両手でもちあげてお前一番好きなのは誰という歌であった。
当時九子はガーベラというのがどんな花なのかも定かでなかった。
もちろん大体想像はついたのだが、町の花屋・・・ならカッコ良かったが(^^;、行きつけのホームセンターで確かめるまで知らなかった。
「なるほど、凛としていて一輪ざしが似あう花だね。」
今となっては誰がどうして持って来たものか知る術もないが、とにかくその一本のガーベラは、たぶん他の数本の花に混じって九子のところにやって来た。
最初九子は無造作に、すべてを小ぶりの花瓶の中に放り込んだ。
ガーベラは凛とした表情を崩さぬまま、見事に他の花々の中に混じって調和を保った。
九子は毎日水を変え続けた。
まあ根がケチなので、一日でも長くもたせたい気持ちは何にせよ起こすものなのである。 (^^;
そのうちにまず、トルコキキョウみたいな花弁の柔らかい花からしなしなして来た。
黒ずんで来る葉っぱは毎日取ってやるが、つぼみごと先のほうが傷んで来るものもあって、可愛そうだがごみ箱行きだ。
そうこうしているうちに、残るはガーベラ一本となった。
そうなるとなんだか情がわき、一輪ざしに差し替えて九子は大切にしていた。
じっと眺めていると俵万智さんの気持ちがわかるような、思わず問わず語りをしたくなる花である。
そのうちに、どうひいき目に見ても花の衰えが目立つようになってきた。
自慢の鼻がへし折れたみたいに、うつむき加減になってきたのだ。
毎日の水替えだけではダメだ!
九子はよせばいいのに、昔どこかで聞いた話を試してみた。
洗濯に使う漂白剤をほんの小量、水に混ぜてやると花が生き返るという話である。
早速九子は、ほんの小量と思われる量をガーベラの水に入れてやった。
次の日、九子は驚いた。
きのうまで青々しかった葉っぱも茎も、ところどころ黒く変色していたの
だ。
どうやら漂白剤が強すぎたらしかった。
もうこうなっては残念ながら店に置く訳にはいかない。
仕方なくごみ箱へ手が伸びたが、待てよと思いとどまった。
そうだ!洗面所にでも置いといて、もうしばらく手当てしてやってみよう。
(手当てと言えば聞こえがいいが、漂白剤の全責任はこの九子にある。(^^;)
皆さんは松が枯れかけた時どうするかご存知だろうか?
なんでも漢方の「当帰(とうき)」と「川芎(せんきゅう)」を煎じた汁を松の根っこにかけてやるのだそうな・・。
その話を思い出して九子は早速同じ事を・・・・・・・・・・するのが面倒だったので、二つの成分が手っ取り早く入っている当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)エキス顆粒一包を粉ごと水の中へ・・・。(^^;
すると、次の日!
あらびっくり!ガーベラは元通り元気に・・・・というのを当てにしたが、所詮黒くなってしまったものはどうしようもない。
懲りない九子は、今度はお酒を入れようか、はたまた八味地黄丸(ハチミジオウガン・・老化防止の薬です。( ^-^))にしようかと更なる作戦を考えていたのだが、それらの作戦が実行されることはついぞなかった。
哀れガーベラは、出来すぎ母の手によって収まるべきところへ収まった。
そう、情け容赦なくごみ箱行きとなったのである。
九子に負けぬ花、それは九子の仕打ちに負けない花だった。
しかしその花も、所詮出来すぎ母には勝てなかった。
でも今ふりかえって見ると、醜くなった姿をさらすより、花はあれで幸せだったのかもしれないと思う。
九子に負けぬ花。
美貌(えっ??)の九子に負けず劣らず美しい花という意味・・・・・・・ではもちろんない。(^^;
九子の花音痴は昔から有名である。
大学時代、薬大の植物部に所属しておきながら、あの当時たくさん覚えたはずの高山植物の名前など、コマクサとニッコウキスゲくらいしか出てこない。
高山植物どころか、それが花屋の店先の花であれ、野に咲く花であれ、人並みに「綺麗だな。」とは思うが、名前を覚える気などさらさら無いので、花の話題になると昔から無口になったものである。
もちろん世話する方も大の苦手で、水やりや水替えを容易に忘れて、いつのまにか哀れ花はくすんだドライフラワーに・・・・・。(^^;
そんな九子であっても良くしたもので、一応薬局の管理を任される身の上になってからは、縁あって我が家に来た花(たいていの場合、冠婚葬祭でふるまわれる花ばかりであるが・・(^^;)は、ちゃんと花瓶にさして薬局に飾り、毎日かかさず・・・かどうかはともかく(^^;、とりあえず水をやるようになった。
もう10年以上も前になろうか。
当時大学を終えて先生になりたてだった俵万智さんが出した歌集「サラダ記念日」が話題になった。
「嫁さんになれよ」だなんてカンチュウハイ二本で言ってしまっていいいのという、まさに現代語を駆使した短歌が鮮烈で、九子も一冊買い求めた。
その中で、なんとなく気になって今も頭のなかに残っているのが、
ガーベラの首を両手でもちあげてお前一番好きなのは誰という歌であった。
当時九子はガーベラというのがどんな花なのかも定かでなかった。
もちろん大体想像はついたのだが、町の花屋・・・ならカッコ良かったが(^^;、行きつけのホームセンターで確かめるまで知らなかった。
「なるほど、凛としていて一輪ざしが似あう花だね。」
今となっては誰がどうして持って来たものか知る術もないが、とにかくその一本のガーベラは、たぶん他の数本の花に混じって九子のところにやって来た。
最初九子は無造作に、すべてを小ぶりの花瓶の中に放り込んだ。
ガーベラは凛とした表情を崩さぬまま、見事に他の花々の中に混じって調和を保った。
九子は毎日水を変え続けた。
まあ根がケチなので、一日でも長くもたせたい気持ちは何にせよ起こすものなのである。 (^^;
そのうちにまず、トルコキキョウみたいな花弁の柔らかい花からしなしなして来た。
黒ずんで来る葉っぱは毎日取ってやるが、つぼみごと先のほうが傷んで来るものもあって、可愛そうだがごみ箱行きだ。
そうこうしているうちに、残るはガーベラ一本となった。
そうなるとなんだか情がわき、一輪ざしに差し替えて九子は大切にしていた。
じっと眺めていると俵万智さんの気持ちがわかるような、思わず問わず語りをしたくなる花である。
そのうちに、どうひいき目に見ても花の衰えが目立つようになってきた。
自慢の鼻がへし折れたみたいに、うつむき加減になってきたのだ。
毎日の水替えだけではダメだ!
九子はよせばいいのに、昔どこかで聞いた話を試してみた。
洗濯に使う漂白剤をほんの小量、水に混ぜてやると花が生き返るという話である。
早速九子は、ほんの小量と思われる量をガーベラの水に入れてやった。
次の日、九子は驚いた。
きのうまで青々しかった葉っぱも茎も、ところどころ黒く変色していたの
だ。
どうやら漂白剤が強すぎたらしかった。
もうこうなっては残念ながら店に置く訳にはいかない。
仕方なくごみ箱へ手が伸びたが、待てよと思いとどまった。
そうだ!洗面所にでも置いといて、もうしばらく手当てしてやってみよう。
(手当てと言えば聞こえがいいが、漂白剤の全責任はこの九子にある。(^^;)
皆さんは松が枯れかけた時どうするかご存知だろうか?
なんでも漢方の「当帰(とうき)」と「川芎(せんきゅう)」を煎じた汁を松の根っこにかけてやるのだそうな・・。
その話を思い出して九子は早速同じ事を・・・・・・・・・・するのが面倒だったので、二つの成分が手っ取り早く入っている当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)エキス顆粒一包を粉ごと水の中へ・・・。(^^;
すると、次の日!
あらびっくり!ガーベラは元通り元気に・・・・というのを当てにしたが、所詮黒くなってしまったものはどうしようもない。
懲りない九子は、今度はお酒を入れようか、はたまた八味地黄丸(ハチミジオウガン・・老化防止の薬です。( ^-^))にしようかと更なる作戦を考えていたのだが、それらの作戦が実行されることはついぞなかった。
哀れガーベラは、出来すぎ母の手によって収まるべきところへ収まった。
そう、情け容赦なくごみ箱行きとなったのである。
九子に負けぬ花、それは九子の仕打ちに負けない花だった。
しかしその花も、所詮出来すぎ母には勝てなかった。
でも今ふりかえって見ると、醜くなった姿をさらすより、花はあれで幸せだったのかもしれないと思う。
[さぼてんも枯らす女]
九子さんは努力していますよ。
私は鉢植えの花を買っても、見事に枯らします。
水をやらない訳でもないのに、やり過ぎて駄目なことがあるのを知ったのは随分と後になってから。
いただいた切花はあっという間に枯らすので、いつの間にかサボテンも枯らす女と言われるようになりました。
悔しいけど返す言葉がありません。
ところで、うちにはいっぱい花があります。
うちの母はお花のお医者様のような人。ほとんど死んでいるような花も母の手にかかると、次の年に見事に咲くのです。
そう、捨てないで手当てして、面倒を見続けてそして、花を咲かせるのです。私が枯らす女なら母は花咲か婆さんなんですよ。<img src='/image/hammy/m036.gif'>
by ちゃら (2006-03-17 22:10)
[ちゃらさん!( ^-^)]
いつも優しいコメント有難うございます。すごく嬉しいです。
ちゃらさんにコメント頂いて、もしかしたら・・と思い当たる事ありました。
私が以前そうだったのですが、「花の世話係は自分じゃなくて母親」と決めてるところありませんでしたか?
自分の役じゃあない・・みたいな。
長い事そう思っていたので、花にちっとも愛着が湧かなかった気がします。
それにしてもちゃらさんのお母様は凄いですねえ。
瀕死の花もいかしてしまうのだから、まさにお花のブラックジャック先生ですよ。( ^-^)
でも<a href="http://www10.ocn.ne.jp/~musubiba/">素敵な日記</a>を書いてらっしゃるちゃらさんも「サボテンも枯らす女」と伺って、なんだかほっとしている九子です。( ^-^)
by 九子 (2006-03-18 12:46)
[来てくれてありがとう]
とにかく足跡を・・・
HPはほったらかしてありますが、こんなにたくさんの文章を書くエネルギーがうらやましいしすばらしい。
また、ウチの掲示板にも来て下さい。よろしくお願いします。<img src='/image/hammy/m043.gif'>
by maymarch (2006-03-24 00:12)
[maymarchさん!( ^-^)]
これはこれは、<a href="http://page.freett.com/anneofgreen/heiman/">平成万葉集</a>のmaymarchさん、ご訪問有難うございました。
今気づいたのですが、maymarchさんって日本語にすると弥生五月さんになるのかしら?
とんでもないです。私からすれば、45文字や31文字と言う制限された字数の中ですべてを言ってのける和歌や俳句を作れる人のほうがよほどすごいと思います。
<a href="http://w1.avis.ne.jp/~kasahara/fumikotowari.htm">齋藤史さん</a>に触発されて、和歌を作ろうと思ったこともありましたが、すぐに挫折。
実は母親が何十年も俳句をやっているので、俳句のテキストも読んだ事がありますが、もっとダメ。(^^;;
結局私にはダラダラ書くのが合っているようです。
こちらこそ、これからもよろしくお願い申し上げます。
by 九子 (2006-03-24 23:24)