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第三の時効 [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]


横山秀夫という名前を聞いて「半落ち」を思い浮かべる人も多かろう。寺尾聡のしぶい演技が光った映画も有名になった。



もちろん九子も「半落ち」を読んだはずなのだ。なのにその時はこれほどの衝撃は受けなかった。



第三の時効の画像表題の「第三の時効」は、この短編集の二話目に出てくる。

そもそもタイトルがうまい。六編すべてにおいてそれが言える。



奇をてらったタイトルはしばしば「名前負け」に陥りがちだが、六編全てにわたって際立ったタイトルは中身を忠実に表している。



一編目の「沈黙のアリバイ」の第一ページ。衝撃は最初の八行からもたらされた。





もちろん読書家というには程遠い九子である。

推理小説と言っても、一人の作家に入れ込んで系統立てて読む読み方などしていない。

面白いのがあるとその作家で一、二冊続けて読み、また目に付いた、あるいは話題の作家に移っていく。



そんな九子が大きい顔して言える話ではないが、横山秀夫という人は本当に凄いと思う。



まず、文章がうまい。



もちろん宮部みゆきも、伊坂幸太郎も、東野圭吾も凄い。彼らのは読ませる凄さだ。

筋立てのうまさについついのめり込んで分厚い本でもすらすら読めてしまう。



それに反し、横山秀夫の文章はゴツイ。短編であっても圧倒的なエネルギーを持って迫って来る。

頭の良い作者の思考についていくには少々息切れしそうで、九子など何度も前に戻りながら読んだ。



もしかしたらそのエネルギーの一端は、彼が描くのが警察という強面(こわもて)の組織であり、その中で働く無骨な男たちの物語であるからかもしれない。



推理小説というジャンルに慣れた九子には、横山秀夫の描く世界は特別に思えた。

犯人探しという推理小説の主題から少し離れて、探偵小説では脇役に徹していた刑事や警察官が主役なのだから。



考えてみると日本の刑事事件に私立探偵の関与などあろうはずがない。スマートな私立探偵とは対極的な泥臭い刑事たちの戦いが鬼気迫るという言葉もあながち嘘ではない迫力で展開される。



強行犯捜査係・・こういう係が本当にあるかどうかは知らない。そもそも強行犯という日本語がまだ市民権を得ていない気がするが、とにかく殺人事件、残虐事件を専門に扱う彼らは、朽木、楠見、村瀬というとびきりアクの強い班長のもと三班に分かれる。



彼らのどれ一人とっても一筋縄でいかないし覇権を争って独断でつっ走ろうとするから、当然彼らを束ねる捜一課長田畑の苦労は尋常では無い。



十割の検挙率を誇る刑事三人の形容がまた凄い。





三人は個性も捜査方法もまるで異なるが、ただ一点、犯罪者と同化してしまったような「体臭」が似ている。 一般的な刑事の構えを「執念」「職人」「プロ根性」の類で表現するなら、彼らに共通するのは、「情念」「呪詛(じゅそ)」「怨嗟(えんさ)}といった禍々(まがまが)しい単語群だろうか。

田畑は事件で食ってきたが、彼らは事件を食って生きてきた。そんな差ではないかと思うことがある。





事件記者との対決もまたスリリングだ。狡猾な記者の「引っ掛け」に引っ掛かると、囚人のジレンマというわなに陥る。(囚人のジレンマとは「共犯が自白した。」と打ち明けられた時の容疑者の心境らしい。)



スクープを狙う新聞記者と手の内を読まれたくない警察との、これもまたいたちごっこだ。



とにかく裏を読む、先を読むの連続で、煙草と汗と人いきれの中でうごめく男たちの姿が見事に想像力の欠如したこの九子にさえ手に取るようにわかるのだ。



つくづく男社会というものは、こういう「腹の探りあい」ばかりをやっていてなんと大変な世界だなあと思う。

もちろん警察の仕事は先読みしなければ成り立たないのだろうけれど、女性の先読みと言うのは本当に能力のあるひとかけらの女性の場合を除いて、ご主人の不倫を疑っている時とか、碌な事が無い。

いや、先を読むんではなくて、匂いを嗅ぎ当てると言う方が正しいか。(^^;;



この小説に行き当たるまで、「事実は小説より奇なり」という言葉を信じていた。

そして草薙厚子氏の「僕はパパを殺す事に決めた」という曰くつきの本でも手に入れて読もうかと考えていた。



の画像奈良エリート少年自宅放火事件の犯人の少年の供述調書が元になり出版されたこの本は、供述調書という極秘中の秘の入手方法をめぐって草薙氏が告訴された。

出版差し止めとなった現在は中古が一冊五千円とか1万円とかの高値なのだと言う。



折りも折り、草薙氏が供述調書の入手先を公言したというニュースが入って来た。なんでも少年の精神鑑定に立ち会った医師から入手したものらしい。



著者は供述調書にほとんど手を加えることなく出版したかのごとき印象すら与える本であるようだ。



一体全体「供述調書」とは事実そのものなのだろうか。答えは否である。

取調べにおいて少年がしゃべった断片をそれまた作意を持ってはしょってまとめられたものにすぎない。



事実とは、例えば奈良の事件での事実とは、少年が育った十数年間を同じ家で見ていた家族しか知りえない、いや、当事者同士でしか知り得ない数々の出来事の積み重ねである。全て知ろうとしたら、少年が生まれた時に遡って追体験するしかない。

だから供述調書がどんなに分厚いものであろうと、少年の育った事実には遠く及ばない。



小説よりも奇なる事実と言うものはだから、存在はするがそう易々と人の目に触れるものではない。



そう考えた時、横山秀夫の「第三の時効」は「優れた小説は事実よりも奇」である事をものの見事に証明するものではなかろうか。



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コメント 4

gakudan

[女性の先読み?]
ハードボイルドな内容ですね!
近年この路線はパトリシアコーンウェルしか読んでいないので、機会あったら読んでみます。
by gakudan (2009-01-16 04:23) 

よぽぽ

[小説がの方が奇であってほしい…]
最近では、ほとんど読書らしい読書をしていませんが…
せいぜい読むのは新聞連載の小説くらいです。 (^^;

友人に県警の刑事をやっている人がいますが
傷害事件などが主な担当らしく…
「殺人現場とか行って、(殺された)死体を見ることとかあるの?」
と馬鹿げた質問を投げかけましたら…
「それが仕事だから…」
と言われました。 
そりゃ、そうですよね。

私なら絶対に出来ない仕事ですが…
この頃、いろいろな不可解な事件が多くて…

事実は小説より奇なり…
なんてことはざらですが…
そんな世界がこれ以上広がってほしくないですよね。


PS
近々、諸事情によりミクシーを退会することにしました。
なので、マイミクリストから消えると思いますが
ご了承ください
せっかくマイミク登録していただいた上に
紹介文まで書いてくださったのにスミマセン。

一般サイトのブログは、これまで通り続けていきますので
今後ともよろしくお願いします。
m(_ _)m
by よぽぽ (2009-01-16 13:25) 

九子

[gakudanさん!( ^-^)]
推理小説って苦手なんです。頭がついていけなくて・・。(^^;;
でもこの本はなんとしても話を理解したくなる本だと思います。
最初の8行、本当に印象的でした!
パトリシアコーンウェルという名前、初耳でした。こんど見つけたら読んでみますね。( ^-^)
by 九子 (2009-01-17 00:18) 

九子

[よぽぽさん!( ^-^)]
ご友人が県警の刑事さんですか!それは心強い!
でも大変なお仕事ですね。死体とか、見てるとだんだん慣れてなんとも思わなくなるのでしょうか。

「小説がの方が奇であってほしい… 」まったくその通りです。

MIXI、私もやってるとは言えない状況で・・。
良くわかりましたよ。どんなにMIXIに入っても、実生活でお友達少ない人間にはお友達は出来ないって・・。(^^;;
結局「まめ」ではないのがいけないんでしょうね。

どうか私なんぞにお気遣いなく!
今まで通りブログだけの方がいっそすっきりするかもしれません。
( ^-^)
こちらこそこれからも宜しくお願い申し上げます。m(_ _)m
by 九子 (2009-01-17 00:27) 

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