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勝利の女神・・・岡田監督とサムライジャパン [<九子の万華鏡>]

岡田ジャパンが日本中に熱い風を吹き込んだ。何しろこのスポーツ音痴の九子ですら、眠い目をしてテレビに釘付けになった日もあったのだ。

小心者の九子は、勝ったと判ってからおもむろに安心しきってニュースのVTRのサビ部分だけ見るのが好きで(^^;;、だから深夜の試合だったカメルーン戦やデンマーク戦を朝の新聞の見出しで見ては「あれ?勝っちゃってるよ。どーしたんだろー。」などと、選手達にとってははなはだ失礼な事を言いながら、幸せな気持ちでテレビに見入るのが常だった。

ところが日本が悲願のベスト8をかけたパラグアイ戦はそうはいかなかった。試合開始は夜の11時半で、深夜とは言えない時刻。その上三男Yがたまたまその夜帰省することになっていて、最終の新幹線で帰るや否や「なんだ、このうちはサッカー誰も見てないのかよ。」と言いながらすかさずテレビをつけた。


まあそのお陰で最後の運命のPK戦まで、選手達の頑張りが手に取るようにわかった。

ああ、運命のPK戦! 
結果は皆様ご存知の通りである。

Yによると、サッカー選手は一試合に12キロくらい走るのだそうだ。マラソンと違って全速力の12キロはキツイ!過酷なスポーツだ。

Yは軽い学習障害(LD)なので数学にはめっぽう弱いが(^^;;、新聞や本の知識はいっぱい持ってて、しかも割合間違いは無い。


岡田ジャパンは本番前に負け続け、マスコミにクソミソ言われた。一時は監督の引退説まで飛び出した。
南アフリカへ出発する時に空港に集まった見送りの人はわずか70人ほどだったという。ところが帰ってきた時は、その数は4000人に膨れ上がっていたそうだ。
「岡ちゃんごめんね」の新聞見出しも含めて、それってあんまりじゃないでしょうか。(^^;;

負け続けた時の岡田ジャパンとワールドカップ本番での岡田ジャパンと、何がどれだけ違ったの?
もちろん本田のワントップとか作戦上の違いはあったのだろうが、同じ選手たちが同じ監督で試合をして、そんなに結果が違ってくるものなのだろうか?

もちろんスポーツど素人の九子に、そんな難しい理由が判る訳が無い。
そこで九子お得意の勝利の女神さまにご登場頂こう。( ^-^)

以前九子はトリノオリンピックで、「荒川静香の背があと5cm低かったら彼女は金メダルを取れただろうか?」を書いた。当時は「運命の女神」とか「オリンピックの女神」とか書いたが、もちろん勝利の女神さまのことだ。

勝利の女神って本当に居るのかなあと思って調べたら本当に居た!
名前はvictoria、そのまんまだ。(^^;;
コインが二つ並んでいるが、右側の、つまりコインの裏側に描かれているのが勝利の女神様だそうだ。


ただ世界の人々が自国の勝利のために、みんながみんなこの女神様を拝んでいるかと言えばそうではないだろう。
そもそもそんなにみんなから拝まれちゃったら、女神様としては義理人情の板ばさみでどうしていいか身体極まるだろう。(・・んな訳ないか。(^^;;)

たぶんヨーロッパやアメリカ大陸の人々は自国に女神様が微笑んでくれるようにキリスト様を拝み、イスラムの人々はアラーの神様を拝んで・・みたいなのが自然なんじゃないのかな?

ところで日本人はどうするか?
一応仏教国として仏様に祈るのか?

それがダメなんですよ。そもそも仏様は神様じゃないっていうのがひとつ。(^^;;

それともうひとつ大きな理由として、仏様の大き過ぎる器(うつわ)の問題がある。
「負けるが勝ち!」とか言い出された日には、誤審の審判並みに試合がめちゃめちゃのとんでもないことになっちゃう可能性があるんです、これが。(^^;;

岡田監督自身はかつて、こう話した事があるそうだ。
「(運を)つかむか、つかみ損ねるか。それは小さな積み重ねの結果だ。勝負の神様は細部に宿る。」

なるほど、丁寧な、緻密な試合運びだった。4試合でたったの2点しか取られなかったのがそれを物語る。
岡田監督自身は今回のワールドカップで、十分に勝負の女神に護って貰えたと考えているのかもしれない。

テレビで岡田監督の高校時代のサッカーの恩師と言う人が話していた。
岡田監督は当時大きな黒ぶちメガネをかけていて、スポーツ選手というよりもガリ勉の優等生みたいな印象だったそうだ。事実勉強も良く出来て、本をたくさん読んでいて博学だった。(wikipediaによれば 、彼は産婦人科医の息子だそうだ。)黒ぶちメガネを試合中も外さずにかけていたのが印象的だった。でも彼自身は優等生タイプと思われるのが嫌で、よく冗談を言ってはまわりを笑わせていた。

高校時代から大学、社会人チームとずっとキャプテンを務めていた岡田監督。
恩師は昔から、岡田監督が日本代表チームを率いて世界と戦うこの日が来る事を予想していらしたそうだ。


予想と言えば岡田監督が負け続けてマスコミから叩かれていた頃、「これから2カ月は面白いと思う。彼は“火事場のばか力”を持っている。ここから、あいつのパターンに入っていく」と予言していた人が居た。
 
また岡田監督のここ数年来の禅の師である僧侶は、般若心経の「羯諦(ぎゃてい)」という言葉を彼に教えていた。意味は「一歩も下がらず、1センチでも前に進む」だそうだ。

般若心経の一番最後の「 羯諦羯諦波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経 
(ぎゃーていぎゃーていはーらーぎゃーてい はらそーぎゃーてい ぼーじーそわか はんにゃーしんぎょう)」というのはサンスクリット語の音読みで、あんまり意味が無いのかと思っていたが、そういう意味だったんだ!

話はそれるが、先日善光寺にチベットのダライ・ラマ14世がいらっしゃって本堂で善光寺の僧侶達とお経を唱えられた。例の北京オリンピックの時の聖火リレーの出発地点になってた善光寺が、中国のチベット弾圧に反対して出発地点から降りたことへのお礼みたいな意味での善光寺詣でらしい。

その時全員で般若心経が唱えられたそうなのだが、彼らのはチベット語、こちらは日本語なのでまったく合わなくて困ったとお坊さんが言ってたそうだ。だがその中でただ一箇所、最後の羯諦羯諦のとこだけはぴったり合ったそうだ。


岡田監督には座右の銘があって、それが「人間万事塞翁が馬」という言葉だそうだ。
この言葉なら小さい頃からおじいちゃんに言われていたから九子も知っている。
おじいちゃんがよく言っていたのは「塞翁が馬」よりもむしろ「禍福はあざなえる縄の如し」の方だったかも・・。

二つの言葉はどちらにしても「幸せと思えた事がいつのまにか不幸せに転じ、不幸と思われた事が気づいてみたら幸福に転じている。(だから幸運だと言って浮かれたり、不幸だと言って嘆くな!)」という意味だ。
四連敗を本番の大活躍に変えたヒントがこの辺りにあるのかな?

試合に負ければさんざん新聞で叩かれて家にゴミまで投げ入れられる。勝てばちやほや祭り上げられ賞賛の嵐を浴びる。考えてみれば岡田監督ほど毀誉褒貶の甚だしい人は無い。

オシム前監督が病気で倒れて誰もやり手の無かった監督業を引き継いだ岡田監督。
世間なんてそんなもの、そんな事にはもう慣れっこだよと岡田監督のメガネの奥の目が言っている。
きっと岡田監督が禅のお師匠さんから最初に習ったのは「色即是空」だったのではないかと九子は思う。


まあこんな怠け者でダメ人間の九子が、人間として生きていく最小限の自信だとか希望なんかを与えてもらったのも坐禅だし、その同じ坐禅で岡田監督みたいなスーパーマンは、日本中が世界中が見つめる重圧の中で、期待通りの、いや、期待以上の仕事を淡々となしとげた訳だ。

岡田監督の事を指導者と言う立場で手本にしている人もいる。

大きな責任のかかる企業の管理職の人々にとって、岡田監督の采配にはいろんな知恵が詰まっているに違いない。

ところでこんなサイトがあった。母校早稲田大学での岡田武史監督講演会(2009年12月11日)要旨だ。


最初からこれだけ載せとけば、こんな日記要らなかったかしら・・?。(^^;;(^^;;
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タッチおじさん

素晴しいコメント有難う御座います、
マスコミは監督を散々、貶し、
日本人は勝てば官軍、判官びいき、の処が有りますね
でも、そう云う人も好きです..とにかく心から喜びましょう
  ☆Ryu☆より..有難う、これからも宜しく(^_-)-☆

by タッチおじさん (2010-07-07 08:42) 

九子

タッチおじさんさん、こんばんわ。
コメント有難うございます。m(_ _)m

so-netで書き始めて間が無いので判らない事だらけですが、nice!やコメント頂くのは嬉しいですね。( ^-^)

あの、これはコメント頂いた方みなさんにお願いしているのですが、良かったら九子にメールをいただけませんでしょうか?
アドレスはプロフィールをご覧下さい。
お待ちしています。( ^-^)


by 九子 (2010-07-07 19:58) 

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