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松平健の悲劇 [<番外 うつ病編>]

その日のスポーツ新聞の一面を自殺とか首吊りとかいう文字が躍った。松平健さんの愛妻が4歳の長男を残してわずか42歳で逝ってしまった日の事だ。

最初の一報を見て、九子は申し訳ないことに、夫人が万事頼り切っていた母親を亡くして一人ぼっちで育児をしなければならない不安から死を選んだのかと思ってしまった。自分だったらきっとそうなって居たかもしれないと思った。子育てをすべて親に頼りきっていた。坐禅がなんとか命をつなぎ止めてくれていただろうとは思うけれど・・・。

その後松平健さんのコメントがマスコミに流れて、どうやら事実は違っていたようだ。むしろ夫人は完璧にいろいろな事をこなそうとする性格で、お母さまの介護もきっちりされた後、愛するお母さまの元へ旅立って行かれたようである。

「心通じ合える医者に恵まれず」の文字が悲しい。100%うつ病に違いなかった訳だから、薬で楽になれるはずだった。よしんばそれが出来なくても相性のいい医者に出会えさえすれば、言葉で気持ちを楽にしてもらう事だって出来たのに・・。

心が通じ合える医者とは何か?辛さを心から共感してくれる医者だ。
辛くて辛くてたまらない時「どんなにかお辛かったでしょう。」と親身になって言ってくれる人が居たら、それはお医者さんだろうがカウンセラーさんだろうが、あなたの力強い味方だ。


彼女の境遇は、世間的に見れば皆が羨むお姫様だった。そうなるとついつい「あなたよりもっと辛い人はたくさん居るんだから・・。」という言葉が出そうになる。

事実は確かにそうかもしれないけれど、それを病人に言ってはいけない。
一人一人が見えない穴の中に入り込んでもがいている時に、隣の穴の大きさなどわかろうはずもないのだから・・。

コメントを見る限り松平健という人はなかなか出来た男だ。
大きなマスクに帽子を目深にかぶって公演先の福岡から急遽戻ってきた時も、その鼻先にマイクを向けるマスコミとはなんとむごいものだと思ったが、「勘弁してください。」と小さく言って立ち去った。声を荒げても良い場面だった。

役者というのは昔から「親の死に目に会えないもの」という暗黙の了解があるようだ。もしかしたら現代の価値基準で言ったら時代錯誤なのかもしれない。少なくとも妻の危急の時なのだから、舞台など早く切り上げて家に戻るべきだったという論調もあろう。

松平健は古い役者を貫いた。涙も見せずに最後まで気丈に演技をし、歌も踊りもいつもと同じく、最後に

「家に帰れば現実に戻ります。皆さんにもいろいろなことがあるでしょう。そんなときには、この舞台を思い出して、明るく生きていってください」と締めくくったと言う。

こういう時、男って凄いなあと思う。
公私の引き出しっていうのが、ちゃんと出来ている。
私事はちゃんと「公」の陰にひた隠す事が出来る。
女性はどうしても「私」に引きずられる。
どんなに出来る女性だとしても、家族の大事が何より優先されるのじゃないだろうか?

「五年という短い結婚生活ではありましたが、その間、懸命に家庭を守ってくれた良き妻でございました。」

「出産後、その一途な性格で子育て、母の介護など、日々完璧にこなそうと取り組んだ結果、友里子はしだいに体調を壊すこととなりました。」

「私が居りながら亡き母の穴を埋めきれず、愛する母のもとへ旅立たせてしまったこと、今はただただ残念な気持ちでいっぱいでございます。」

コメントには、お葬式に言われたら泣いちゃうなと思う文言が続く。


だけど冷静に考えた時、5年間の結婚生活のうち3年も前から夫人が体調を崩していたのだとしたら、正直大変だったのではないかなと思う。家の中に精神を病んだ人間が一人居るというのは他の家族にとってはかなりの負担なはずだ。夫婦揃ってウツになってしまう人だって居るくらいだ。

松平健さんの家庭が少なくとも外見上そうならなかったのは、きっと一つには6月に亡くなられたという夫人のお母さんの影響が大きかったのだと思う。

夫人のご家族についての情報は少ない。果たしてご兄弟がいらっしゃったのだろうか? 九子と同じ一人っ子のようにもお見受けするのだが・・。

とにかくお母さんとの関係がそんなにも深いものであったのだ。何につけてもお母さん一人を頼りにしていらしたのだろう。

この気持ちは九子が一番理解できる。(^^;;
極端に言えば母一人居てくれたら、あとは誰も要らなかった。
友人が居なかろうが、子供が多かろうが、困る事は何も無かった。

何も言わずとも「ママ~!」の一言で、母は瞬時に九子の状況を理解して手を貸してくれた。

九子は幸運だった。母が亡くなった時、5人の子供はもうほとんど育ち上がっていた。

友里子さんがお母さまを亡くされたのは42歳の時で、息子さんはたった4歳だった。

それほどまでに母親に頼りきっていると、きっと友人との付き合いも疎遠になってしまう。友人に頼る必要が何も無いからだ。

その母親が突然亡くなる。気が付いてみたら相談すべき友人も見つからない。母が姉妹の役割も友人の役割も家政婦さんの役割もベビーシッターの役割も、すべて一人でこなしてくれていた事に今更ながら気づく。

これは決して友里子夫人がそうだったという訳ではない。九子の母親がもう10年早く死んでしまっていたならばきっと我が家にも、そして「一卵性母娘」「双子母娘」と言われるどこの仲良し母娘にも起こり得ることだったのではないかという事だ。


友里子さんのような完ぺき主義の頑張りやさんはうつ病になり易い性格と言われる。そしてひとたびうつ病という診断が下ると、うつ病患者の守るべき生活態度はよく知られた「頑張らないこと」の他に、「世間に不義理をする」というのが重要だと言われる。
九子の病気を電話一本で言い当てた名医、沼津の横山医院の横山慧吾先生がそうおっしゃった。

芸能界という華やかな世界に生きる夫を盛り立てなければならない立場に居て、「世間に不義理をする」というのは難しかろうと思う。その点、友里子さんは病人としては数倍不利な立場に立たされて居た訳だ。

その上、金銭的にも物質的にもこれ以上の幸せは無いと思われる境遇だ。なかなか同情を得難い立場だったかもしれない。

「それはそうだろうけれども、4歳の息子を置いてどうして?」と言うのは、うつ病を知らない人の考えだ。
彼女の頭の中にはきっと母親の介護中にこうすればよかった、ああすればよかったという後悔(現実的にはたぶんどうしようもなかった事ばかり)が渦巻いていて、息子の事も、夫の事も思いやる余裕がなかったのだろうと思う。

簡単に治すべき手段があったはずの病気を、治してくれる医者が居なかった。そういうお医者さんはこの世にたくさん居て下さるはずなのに、その誰にもたどり着けなかった。本当に不幸な事だ。


松平健さんという人はど派手な世界に住んで居ながら、実は大変苦労された人らしい。
「鈴木末七」という本名からもわかるように、七人兄弟の末っ子なのだそうだ。。
昭和20年代の後半生まれとは言え、当時でも7人の子沢山は珍しいし、生活の余裕は無かったに違いない。

その上あの勝新太郎の付き人だったと聞けば、我慢のいい人じゃなければとてもじゃないが勤まるまい。
今回の事件のいろいろな対応を見ても、それはうかがい知る事が出来る。

九子はこの頃、忍耐強い人間に再び美徳を感じている。怒りを爆発させないでじっと耐える徒弟制度のお弟子さんのような昔の日本人がこの頃どんどん減っているように思うからだ。

一時は、と言うかつい最近まで、九子も激情に駆られて胸の中の思いを吐き出した。その方が良いとすら思った。
でもやはりそれで自分の気持ちは楽になっても、傷つく相手が居る。
誰かに嫌な思いをさせられて、その傷を長いこと引きずって何十年も生きて来ながら、同じことを目の前の相手にするのはちょっと違うんではないか?
年をとってみてやっと判ってきたことだ。

辛抱強くて昔気質(かたぎ)の松平健さんは、どんな時でもまず役者としての自分を頑なに貫く。悲しみも苦しみも全てを押し殺して役に成り切る。だから彼の舞台は、華やかに映るのかもしれない。

そんな彼であっても、奥さまの運に恵まれているとは決して言い難い。
あと30年も一人身ではお気の毒だから、今度は余り年の違わない、息子一人を可愛がってくれるような優しい奥さまに恵まれて欲しいと思う。


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hiro

九子さま
こんばんは。
ご無沙汰しております。
「いい医者」って
以外に‥身近な所に
「良いお医者様」って存在しているのかもしれませんね~
九子さんがそうですもの~。
良い薬剤師さんがね
by hiro (2010-12-08 21:30) 

九子

hiroさん、こんばんわ。( ^-^)
コメント頂いて嬉しいです。

えっ?私は不勉強な恥ずかしい薬剤師で、子供達の反面教師になっています。(^^;;

でも特に精神科は相性っていうのがありますから、いい先生に巡り合えない事は往々にしてあるかもしれませんね。

いいお医者さんに出会えるというのは巡り合わせですから、大事にしましょうね。( ^-^)

コメント有難う!
by 九子 (2010-12-08 22:50) 

hiro

こんにちは。
二年前、善光寺に参拝に伺った時、寺内にある出店の甘酒を
戴きました。帰りに甘酒の店の方に紹介して頂いたお蕎麦屋さんに
みんなで行きましたよー。精神科医の先生もご一緒に
でも・・・お店の定員さん(お運びさんって言うのかな-?)・・・?
少々、感じ悪かったのでーす。
ごめんなさい。記事の意図と違いまして。

by hiro (2010-12-09 00:42) 

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