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子どもたちの放課後を救え! [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

子どもたちの放課後を救え!

子どもたちの放課後を救え!

  • 作者: 川上 敬二郎
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2011/01
  • メディア: 単行本

今話題のこの本を、実は著者の川上敬ニ郎氏のお母さまから頂いた。
お母さまの川上さんと九子には不思議なご縁があって、軽井沢の別荘にも招いて頂いたし、庶民には馴染みの無い軽井沢暮らしの一端を覗かせても頂いた。当時のブログに詳しい。

昔のブログを読み返すと、当時は今よりもずっと時間が早く流れていたのがわかる。とにかく毎日が大小の事件の連続だった。

何しろ9人の大家族だ。M氏と九子のたった二人の今の暮らしから眺めてみると、とんでもない量のエネルギーを発散させ、軋轢も大きかったに違いない。

時間がゆっくりと流れるという事は、昨日となんら変わらない日常を今日も続けるという事だ。

10年前のあの頃の暮らしに今すぐ戻れるかと聞かれれば、答えはNoだ。何よりエネルギーが足りない。
人間と言うのはだんだん年をとるにつれて無意識のうちに、たった一人で死んで行く準備をしているのかもしれないと思う。

例によってまた脇道に逸れたので、本題に入ろう。( ^-^)


著者の川上敬二郎氏のお父様は川上恭正さんとおっしゃって、ソビエト連邦の頃のモスクワで6年ほどを過ごされた。もちろん家族もご一緒だったから、敬ニ郎さんも外務省ロシア課にいらっしゃるお兄様ほどではないかもしれないがロシア語を記憶されていらっしゃるに違いない。

当時のお父様の御本ももちろん頂いてある。「父と子のモスクワ日記」

父と子のモスクワ日記 (異文化を知る一冊 E 125)

  • 作者: 川上 恭正
  • 出版社/メーカー: 三修社
  • 発売日: 1986/12
  • メディア: 文庫

敬二郎氏の文章力もきっとお父様譲りなのだろう。

敬二郎氏はTBSの記者だ。入社以来一貫して子供や若者の問題を追ってきた。
無名時代の夜回り先生、水谷修氏との出会いを通して、リストカットや薬物汚染を抱えた若者を取材した影響が大きいと言う。

今の子供達にはサンマが足りないのだそうだ。サンマとは三つの間、すなわち時間、空間、そして仲間。

このサンマのほかにもう一つ消えた大切なものが第三の大人。第一の大人は両親、第二の大人は先生や塾の教師、そして消えた第三の大人とは、昔はどこにでもいた町内の頑固親父や遊んでくれるお姉さんお兄さんの存在だ。

そのすべてを一挙に解決する画期的な方法として著者が目を向けたのが「放課後プロジェクト」だった。
実はこの放課後を豊かにする取り組みはアメリカですでに実施され、成果を挙げていた。
それが第二章で語られている。

アメリカでは保護者の監督責任という観点から12歳未満の子どもを子どもだけでおいておく事を法律で禁止している州が少なくない。働く親が増える中、誰も子どもたちを見守れなくなった。
その結果子ども達の非行や落ちこぼれ、精神的な問題が激増した。

その対策として政府や自治体、民間の企業や財団が積極的に資金を出して「放課後NPO」が出来た。
たとえばボストンに1995年に出来た放課後NPO「シティズン・スクールズ」では500種類以上の放課後プログラムを子ども達に提供していると言う。

「それを実際に見てみたい!」

敬二郎氏は「二ヶ月間無料でアメリカを自由に取材する」ジャーナリストのための論文と英語面接に合格し、見事現地を訪れることに成功する。

彼が実際に目にしたのはボストン、シカゴ、ロサンゼルスが中心だったが、その他にも特色あるプログラムを実践するNPOには事欠かない。

放課後プログラムの意味とは、「楽しく習いながら、世の中にインパクトを与えられる喜びを知る。」事だそうだ。
プログラムの中で「市民先生」に教えられたとおりに商品が作られ、実際に商品が販売され、利益の中から一部を寄付をするという行動までもを一連のものとして子ども達は体験する。

「キリスト教文化でない日本で、実際に寄付行為が根付くためにはこういう事がきっかけになるのかもしれない。」と敬二郎氏は考える。
(この本は東日本大震災の前に書かれた。大震災を契機に、日本の寄付文化も次第に成熟していく事を期待する。)

プログラムは「継続型」であり、「実践(体験)型」であり、「最後に発表会」が望ましい。
「話を聞く」「話し合う」→「実際にやってみる」→「他人に技を教えられるようになる」→というプロセスが理想的で、最後には「人に技を見せられるほど上達する」のだという。

どこやら山本五十六の有名な言葉「やって見せて、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば人は動かじ。」
を思い出させる。

日本の学校でもこの頃企業のトップとかを学校に招いて経験談を話して聞かせるプログラムをやっているところがあるけれど、それとの一番の違いは、講演のような「上から目線」ではなくて、生徒達と同じ所まで降りてきて、しかも一回きりではなく、長期にわたり子どもたちと関わってくれるところらしい。

発表の場は3ヶ月目に設けられている。見た親たちが驚く様子から「WOW!」と名づけられているそうだ。

実際の生徒達の先生になる「市民先生」はその道のプロフェッショナルだ。

シカゴは芸術の町なので無名の芸術家がたくさん市民先生を勤めていたと言う。

高校生が木製のベンチの背の部分にさまざまな絵を描いて作られた独創的なベンチは、空港のロビーに並べられた後、ギャラリーで販売された。

料理プログラムで販売されたアイスクリームは市民に好評だった。

作品販売による収入は、個人ではなくNPOのものとなる。

多忙な弁護士や裁判官が市民先生になって、模擬裁判を開くというプログラムもあるそうだ。

実際放課後プログラムがなかったら、「きっと俺はドラッグやってた。」「俺はギャングだったね。」という若者の声を数多く聞いたそうだから、放課後、特に午後三時から午後6時までを有意義に過ごせる放課後プログラムはアメリカにおいて大きな実を結んだと言えるだろう。


数々の成果をみやげに日本に帰った敬二郎氏は、早速日本でも放課後プログラムの実施を模索した。
若さの故か、その行動の素早さには脱帽だ。
ここで大きな役割を果たすのが、彼の慶応義塾大学時代の仲間の織畑氏と平岩氏だ。

織畑氏というのがとても興味深い人物だ。
彼は父親の仕事の関係で幼少時代をアメリカのボストンで過ごし、中学から慶応に入ったそうだ。御多聞にもれず過酷な受験地獄を勝ち抜いての事だった。

何のために勉強するのかまったくわからないままに、母親がつきっきりで毎晩11時まで勉強した。風呂も一週間に一度くらいしか入れなかった。

受験生親子の悲惨な事件が当時から新聞をにぎわせた。自分はたまたま乗り切れたからいいけれど、本当は受験をしたくない子どもに、無理やりそうやって強制的に勉強させるのが果たしていいことなのかどうか。
この疑問は織畑の心にずっと尾を引いた。

就職の時、父親は彼に大会社に入るように説得した。

ところが彼にはどうしてもやりたい事があった。教育だ。自分の経験を生かして、教育関係のベンチャー企業に就職したかった。

だが父親はどうしても大企業に行けと譲らない。取っ組み合いの喧嘩をして、結局三年間は大企業に居るという約束で富士通に入った。

約束の三年が過ぎて、織畑は望みどおりの教育ベンチャー企業に再就職した。
確かに父親が言ったとおり、慶応卒で富士通に勤めていたというキャリアは第二の就職に有利に働いた。
履歴書に書く一行目、つまり新卒で入った企業名は日本では社会的信用を持つのだそうだ。

しかし数年後、彼は第二の職場として彼自身が選んだモノリスも辞め、本格的に「放課後NPO」に打ち込む決心をする。

そうしたい気持ちは平岩も同じだった。だが安定した大企業である丸井を辞める事は結婚して子どもの居た平岩にとっては大きな決断だ。放課後NPOの最大の問題は、まだそれをビジネスに出来ない事なのだ。

慶大卒、大企業でエリートコースを約束されて、それを捨ててまで打ち込める織畑のようなケースは、例外中の例外と言っていい。


さてそれから、一人の大工の棟梁の「市民先生」との出会いを経て、「放課後NPO」の活動は思わぬ形で日の目を見ることになる。
続きは本書で・・。( ^-^)


ああ、慶応大学はなんと魅力的な人間を生み出しているのだろうかというのが読んでまず一番の思いだった。
そして今時の若者たちの頑張り。
もしかしたら彼らは、ニンテンドーやらプレステとかを当たり前には持っていなかった最後の世代かもしれない。

その彼らが親になり、自分の子どもたちの世代を憂うる。公園で日光を避けるために青いビニールシートを被り、その中で黙々としてゲーム機を操る子どもたちの未来を危ぶむ。

アメリカと言う国は、それでもこれでも大した国だ。
もちろん必要に迫られての事ではあっても、子どもたちの放課後に目をむけ、放課後を充実させるプログラムを十五年以上前から企画している。

アメリカに遅れること十数年。

かつて日本は社会全体で子どもたちを育てる放課後先進国であったはずなのに、いつのまにか放課後後進国になってしまった。

「でも捨てたものではない。人々のなんとかしなければという思いは、まだ残っている。」と敬二郎氏は言う。
必要なのは媒介役だ。それが「放課後NPO」なのだ。

放課後NGOが若い世代の力でしっかり日本の放課後に根を下ろしていく事を心より願う。
そして何よりエリートコースを捨てて飛び込んだ織畑氏の生活がちゃんと成り立つことを・・。

彼のような人が居なくなったら、それこそこの国の未来はないかもしれないのだから・・・。


あとがきから川上敬二郎氏の言葉を引用する。
 

活動を支える方法はいくらでもある。ほんの気軽な支えでもいい。
 少しずつの思い、優しさ、知恵や技能、お金や時間を、放課後NPOを通して地域の学校に集め、貧困な日本の放課後を変えたい。
 放課後改革は子どもたちを元気にするだけではない。うまく機能すれば、地域の絆を取り戻し、日本社会全体を元気づける起爆剤になると信じている。ぜひ応援をお願いしたい。

若き{{リーダー}}たちの頑張りに期待しよう!( ^-^)
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COLE

ちょっと前のことになってしまいましたが、ご訪問Niceいただきありがとうございました。ブログ拝見しました。毎回、しっかりと書き込まれているんですね。
子供たちの放課後、身にしみて考えさせられるテーマです。
by COLE (2011-05-21 22:32) 

九子

coleさん、こんばんわ。
お返事遅れてごめんなさい。m(_ _)m

coleさんのブログ、素敵な文章とお写真で思わずコメントしてしまいました。
( ^-^)

うちはもう今更放課後を充実させる子どもたちもいないのですが(^^;;、
もうせめて10年早くこのプログラムが出来上がっていたら・・と残念です。

子ども達は未来を担う力ですものね。
日本はこれから正念場!
いい子ども達が沢山出来て、いい国を作っていって欲しいですね。
( ^-^)
by 九子 (2011-05-23 22:36) 

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