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リーダーじゃなくて結構です! [<九子の万華鏡>]

野田佳彦首相が誕生して初めて彼の演説を聞いた時、この人ならやってくれるかもと思った。
やっと言葉を大切にしてくれそうな人が総理大臣になってくれたと思った。20数年間も地元駅の前で辻説法を続けていたという努力に支えられた言葉の力を感じた。

そう思った人は多かったのではなかろうか。
全然知らなかった人がたかだか5分間話すのを聞いて、その人を信頼してみようかと思う。
これこそが言葉の力だ。

政治家は言葉のプロであるべき人だ。それなのに、歴代首相と言われる人にそれを感じる事は稀だった。
野田首相のこれからに期待したい。


この頃、NHKが面白い。
昔は民放がどこも面白くない時にしかたなく回すのがNHKだったのだが、見ていると出演者も今時の芸人さんやジャニーズさんや、民放と間違うような「軽い」番組が目立って、しかも薀蓄がいっぱいでなかなかためになる。

先日8月15日終戦記念日にやっていた「日本人はなぜ戦争へと向かったのか?」というのは見応えがあった。軽いノリではなくて、NHKならではの重厚さがあった。徳川の将軍様の末裔である松下アナウンサーが司会をしていたせいもあろうか。

ところが九子には悪い癖があって、たいてい番組の重要なイントロ部分である最初の5分間を見逃す。
テレビ番組だけではなく、会合でもなんでも理由もなく5分間ほど遅くなってしまう習性があるのだ。

そしてこの5分間の間に、日本軍がなぜ戦争を始めたかに関する重要なアナウンスがあったらしい。

戦争を始めた原因を聞き逃したのは痛かったが、この番組のおかげで今まで軍人たちに抱いていた九子のイメージは大きく変わることになった。

番組は戦争を始めた責任者とも言える軍人たちや東條英機首相ら、本人の面影を髣髴とさせるイラストと、オープンリールのテープレコーダーに録音された彼ら自身の肉声で構成されていた。

無知な九子は東條英機って陸軍大将だとばかり思ってて、首相を兼任してたなんて初耳だった。(^^;;
でも陸軍大将が首相を兼務するんじゃあ、誰も戦争は止められない。シビリアンコントロールの大切さがここにあるんだなあと、ぼんやり者の九子ははじめて思い至った次第。

軍人と言われて九子が真っ先に思い描くのは、海軍の山本五十六元帥だ。
彼はアメリカの国力をよく知っていて、最後まで戦争に反対したという。
しかし一転、いざ戦争が決まると誰よりも勇猛果敢に戦ったという。
(というのが、父から聞いた話だった。)

明治生まれの軍人達である。
よく言うではないか。明治生まれは気骨があるって。
確かに貧しい厳しい時代に生まれて、日本の繁栄の基礎を作った恩人でもある彼らは、それだけでも凄いのに、しかも武士道をわきまえたエリート中のエリートなのだ。

藤原正彦氏の論法で言えば、国のために命を捨てる覚悟のあるのがエリートだ。
帝国大学出の秀才で、頭が切れる。そしてエリートという以上、無駄と思えるほど大量の知識を貯め込み、古今東西の文化文明芸術に明るく、何より情報通のはず。
明治時代のエリートこそが真のリーダー!凄い人たちなのだと九子はずっと思っていた。

ところが!
番組によると、陸軍と海軍の覇権争いにより戦場は予定の倍以上にも拡大し、何より軍のトップと言われる人々はまったくの無計画のまま戦争を始め、何の見通しもなく戦争を拡大して行ったとの事だった。

何それ?
それじゃあ今の政治家たちがくだらない言い争いして何も決められないのと変わんないじゃない!
いや、何も知らない国民を犠牲にするなんて、最低だよ!

そんな無能なトップに引きずられて命を落として行った兵隊たちがそんな事情を聞いたとしたら、地団駄踏んで怒るよね。
お国のため、天皇陛下のためと思えばこそ身を挺して戦ったはずだったのに、実際は陸軍と海軍の争いに巻き込まれて犬死しただけだったなんて!

武士道とかなんとか言いながら、美しさのかけらもない話だよ!

日本人って、明治時代からリーダーなんていなかったんだ。リーダーと思ってた人たちは目先の争いごとばかりして、重要な事は何ひとつ決められなかったんだ。
そんなら今の政治家たちの体たらくも納得出来る。そういう血筋なんだから無理は無いよってね。

九子のリーダー像はにわかにちっぽけになったよ。


それと前後してやっていた民法の24時間テレビ。インドネシアのストリートチルドレンを取材した堀北真紀がさわやかだった。

路上で一日中拾ったごみを売ったり、物乞いをして暮らすストリートチルドレン。彼らの親もまた同じような環境で育ち、自分も教育を受けたことなど無いから、子供たちを学校へ行かせるなんて考えたこともなく、子供たちはあたりまえの様に毎日の生きる糧を自分で調達する生活をしている。

そうやって悪循環はどこまでも続いていく訳だけれど、教育の大切さというのを改めて感じさせられる。

明治以来というか江戸時代からも、日本人は教育を大事にしてきた。寺小屋があちこちに出来、読み書きが出来る賢い子供は、さらに難解な書物を読むことによって知識を積み重ねていろいろな役に就くことが出来た。

明治維新以降もこの伝統は引き継がれ、国民全体の識字率が9割以上という世界に誇るべき教育国家が出来あがった。

教育というのは実は諸刃の剣で、正しいことを教えられていたら良いのだけれど、時の為政者の都合によって事実無根な事でも教科書に載って教えられてしまえば、子供たちすべてが間違った知識をもってしまうという怖さがある。中国人の必要以上の日本に対する憎しみの感情も間違った教育の成果と言われる。

九子の父親は40年間保守系無所属の市会議員だったから、考えてみると九子は小さい頃から自民党の良さを擦り込まれて育った。

ただ、自民党がすべてという訳ではなくて、二大政党の重要性も吹き込まれてきたし、共産党と創価学会と日教組と反戦活動家をどうやら父は嫌っているらしいというのは、小さい頃からなんとなくわかった。

九子はだから反戦運動をしている人を色メガネで見ていた時代が長かった。
でも九子の場合は、擦り込みと言っても後でいくらでも間違いを正せる程度のものだった。

父は中国大陸で戦った。父の話によれば、父は薬剤師として衛生官という上官の立場で、下っ端の兵隊さんの時期はごく短く、派遣された場所もねずみを食べてでも生きていける中国だったため食べる苦労は無く、割合幸運な方だったそうだ。それでも行軍で一日に40キロも重い荷を背負って歩くような事も珍しくなかったらしい。

戦争の悲惨さの極々一端は、マチャさんのブログを見て頂くとわかるし、「本当の戦争の話をしよう」にも書いてある。

母親になってみて初めて、戦争で我が子を失う事の辛さを我が痛みとして考えることが出来るようになった。
日本はどんな事があっても戦争をしてはならないという女たちの願いを決して無にしてはならないと思った。

父の反戦嫌いは、もしかしたら自分たちが苦しい思いをして戦った日々を否定される悲しみであったかもしれない。自分たちは日本のお国のためという使命感を抱いて、苦しい日々を命懸けで戦った。
戦争を否定されると言う事は、自分たちの人生そのものを否定されることに思えたのかもしれない。
そしてそれは、戦争を生き抜いた父の世代に共通の思いだったのかもしれない。

父は冗談めかして「日本がこんなに良い国になったのは、俺達が戦争で負けてやったからだ。」と言っていた。
父が東日本大震災も、円高、株安の景気の悪い日本も知らずに死んで行ったのは、明るい日本の未来だけを信じて生きていられたのは、父にとってとても幸運な事だったと思う。


そんな訳で野田首相にリーダーになって欲しいなんて九子はもう言わない。
リーダーなんか日本人に合わない気がしてきた。明治の日本人すらなれなかったのに、軟弱な現代人になれるはずがない。

ほら、イワシの軍団が群れになって、まるで大魚の如くに大きな敵と戦う場面が良く出てくるよねえ。あれでいいんだと思う。まあその場合、泥の中のどじょうの群れだと気持ち悪いから、是非とも海にきらめくイワシであってほしいのだけれど・・。(^^;;


有能なリーダーが居たらどんなに良いかと思う場面はそりゃあ多いけれど、リーダーが過ちを犯したら元も子も無い。日本は和の国なんだから、時間がかかろうがみんなが納得するまで話し合って決めることだ。

得意のバランス感覚で派閥間の対立感情を無くすことで仕事がやりやすくなるのなら、そうすればいい。
とにかく気配りすることで仕事がどんどん進んでいくのなら、官僚にでも野党にでも気配りして、協力を求めればいい。

日本人は思想じゃなくて情で動くんだから、ありったけの誠意を見せて言葉を尽くせばいい。
それが足りなかったから管首相の時はぎくしゃくした。


そして自分達はこう考えてこう行動したのだという事をわかりやすい言葉で、力強い言葉で、私たちに向かっても諸外国に向かっても必要に応じてメッセージを送って欲しい。

外から見てどんなに不格好でも、時間がかかっても、そうやって長い間この国は意志を決定してきたんだから。
なまじ出た見せかけのリーダーは、戦争と言う間違った道に日本を追い込んでしまったのだから。


いつまでたっても決まらずに何やってるんだと言われたら、これが日本流なんだ!と開き直って力強く宣言しさえすれば、少しは理解が得られるかもしれない。(^^;;

日本の常識は世界の非常識と言われて久しいけれど、日本人の価値観が世界の価値観と合致しないとは決して思わない。日本の常識が世界の非常識に見えるとしたら、それは単に説明が、つまり言葉が足りないだけだと思う。

いろいろな場面で「なぜ日本人はそうするのか?」と問われる事が多いと思う。それに対して今まで的確な答えをしてこなかったから誤解されたんじゃないのかな?
日本の歴史から文化から、日本人の心情から精神性から、きちっと説明すれば絶対に理解は得られる。


ほとんど誰も知らなかった野田氏がたなぼた式に総理になったみたいに見えたが、党内でも党外でも彼の人柄は評価されていたらしい。

こんどは、今度こそは、三度目の正直で新しい民主党首相に少しだけ期待してみようかと思う。


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マチャ

ブログ、紹介いただきありがとうございます。
こうしてみなさんの心に届いたことが嬉しいです。

やはり日頃から政治に関心を持ち、選挙で権利をしっかりと
行使することが大切ですね。
昨今の投票率の低さは目にあまります。

二度と間違った道に進まないためにも・・・
by マチャ (2011-09-03 05:09) 

九子

マチャさん、こんにちわ。
今日あたりマチャさんのところへリンクのご報告に伺おうとおもってたところでした。素早く見つけて下さって感激です!!

おじい様の体験とは比べるべきもないけれど、父もやっぱり苦労はしたのだと思います。あの時代に生きた人々はみんな、戦地に行かずとも大切な家族を失ったり、財産も没収されたり、みんな今の私達には想像出来ないような苦しみにあっているんですよね。

そうですよね。二度と間違ってはならないと思います。

マチャさんのような若い世代の人々が政治に関心を持って下さるのが一番大事ですね。( ^-^)
by 九子 (2011-09-03 11:56) 

般若坊

じっくり拝見させていただきました。
日本が長い間戦争してこれたのは、”国民がそうさせた”と思っています。
自分は戦争に反対だった!とあとで言いふらす人も、その時代時代で提灯行列や、旗行列で戦勝奉祝に練り歩いた人達のはずです。
赤く染まって拡大していった日本地図に、一等国民として胸を張ったのではないでしょうか・・・
私は戦争は反対ですが、外交交渉で解決不能なら、国土を守るために戦場に向かうのは、国民として当然の義務だと思いますよ!
愛する妻や子や老いた両親の安寧を願って・・・
by 般若坊 (2011-09-05 00:20) 

九子

★下記はnikiさんからのコメントです。
文字の変換がうまくされてない部分があり、勝手ながら九子がその部分を直してから載せさせて頂きました。たった2箇所でしたが、意味が違ってしまうので・・。
九子ではこういう事はやろうと思っても出来ません。nikiさんがいかに素早いタイピングをしてらっしゃるか・・。そうじゃなければあれだけの量の良質なブログをお仕事のかたわら毎日書けませんよね。
nikiさん、勝手な事してごめんなさい。m(_ _)m


九子さん、こんばんわ。お久しぶりです。
新首相は弁はたつが失言は少ない、つまりしゃべり慣れているから、
考えながらしゃべれる人なのでしょうね。
政治家は失言が多いので、考えながらしゃべれる人は貴重ですwww

軍国主義は平和を産みません。少し前まで鎖国をしていて、いきなり近代化を進めても、日本が世界に勝てるわけはなく・・・行き当たりばったりの軍上層部は、本当に罪なことをしました。

戦後日本は目覚ましい復興を遂げ、世界でもトップクラスの経済大国となりましたが、残念なことは、教育がないがしろにされてしまったことです。

なにを優先すべきなのかを迅速に判断し、東北復興を進めてほしいです。
自分たちのごたごたは、もうこれでいい加減にやめてくれることを願います。大きな余震だって来ないとも限りませんから・・・。

そして早く、日本の教育を向上させてほしいです。
モラル教育も大切ですね・・・。

長いものには巻かれない内閣であってほしいです。


by 九子 (2011-09-05 12:21) 

九子

nikiさん!いつもお忙しいのにコメントありがとうございます。
コメント直させて頂いた件、お許し下さい。


>政治家は失言が多いので、考えながらしゃべれる人は貴重ですwww
  本当にそうですよねえ。ただぺらぺらしゃべるだけならお笑い芸人だって  出来ちゃいますよねえ。
  言葉の力を、言葉の重みを知ってる首相というのが嬉しいと思います。

>軍国主義は平和を産みません。少し前まで鎖国をしていて、いきなり近代化を進めても、日本が世界に勝てるわけはなく・・・行き当たりばったりの軍上層部は、本当に罪なことをしました。

  言われてみるとそのとおりですよね。鎖国していたんですよね。
  要するに「井の中の蛙大海を知らず」ってやつですよね。
  よく知らなかったから出来たのかもね。

東北の復興はまず第一の課題ですよね。
菅さんの時ほとんど進まなかった分まで野田さんには責任がかかってますよね。

ひとつだけちょっと心配なのは、真面目な頑張り屋さんみたいだから、ウツにでもなって安倍さんみたいに首相を途中で放り出しちゃわないかってことです。

>そして早く、日本の教育を向上させてほしいです。
 モラル教育も大切ですね・・・。

本当に本当に教育は大切ですよね。日本の戦後復興を支えた原動力の一つは紛れも無く教育だったと思います。モラルの低下が問われてる今こそ、もう一度教育考えて欲しいですよね。

野田さんには一本筋の通った気骨のあるとこ見せて欲しいですね。( ^-^)
by 九子 (2011-09-05 12:38) 

九子

般若坊さん、こんにちわ。

お返事が前後して申し訳ありません。
美しいものが大好きな般若坊さんに来ていただけるのは、何にも勝る喜びです。m(_ _)m

>日本が長い間戦争してこれたのは、”国民がそうさせた”と思っています。
う~ん。そう言い切る自信はありませんが、とにかく国民がなかなか反対できるような状況ではなかったことは事実だと思います。
洗脳という部分も否めないと思いますし・・・。

>私は戦争は反対ですが、外交交渉で解決不能なら、国土を守るために戦場に向かうのは、国民として当然の義務だと思いますよ!

これも強いお言葉ですね。なかなかこう言い切れる方はいらっしゃらないかもしれませんね。でも、実際に戦うか否かは別にして、自分達の国を守るのは自分達じゃなければいけないというのは思います。

アメリカ軍に守ってもらおうなんてむしが良すぎるし、そこまでアメリカ軍は護ってくれるのか、土台人をあてにするなんて大人がすることではありませんよね。

でも息子が戦うのはどうしても避けたい。

矛盾だらけですよね。(^^;;
by 九子 (2011-09-05 13:01) 

niki

アハ~、すみませんでした^^;;;誤字あったのですね☆
なおしていただき、ありがとうございます~~^^


by niki (2011-09-06 01:20) 

伊閣蝶

コメントが遅くなってしまいましたが、何度も読み返し非常に感銘を受けました。
九子さんの仰る通り、民俗学者の宮本常一の著作などによれば、日本ではもともと「日本は和の国なんだから、時間がかかろうがみんなが納得するまで話し合って決めることだ」ということを長い間実践してきた歴史があるようです。
村の寄り合い制度は正しくこれで、全員の理解が得られるまで徹底的に話し合う。
不満を持つ者に対しては、何が不満なのかをきちんと聴きだし、その解決のためにどこまで皆が歩み寄れるか、丁寧に丁寧に話し合い、従って村としての方針が決定した折には村人は誰もその決定に背かない。
そうやって村は結束を固めてきたのでしょう。
その決定に背いた場合は、葬儀や火事などのときの互助を除き、他の付き合いから一切を締め出す、いわゆる「村八分」の扱いとなります。
もちろん、中には村の有力者が有無を言わさずに従わせる事例もあったと思われますので、完全に機能していたかどうかは状況によるとは思いますが。
しかし、民主主義が西洋からきたもので、日本には古来よりそうした概念がなかったというのは間違いではないかと私は思います。
むしろ、多数決で反対意見を締め出すやり方の方が、あとに禍根を残すことになるのではないでしょうか。
意見や利害の異なる同士であっても、徹底的に腹を割って話せば解決の道は開ける、そのように考えていたのだとすれば、近代以前の日本も捨てたものではないと考えます。

by 伊閣蝶 (2011-09-06 17:40) 

九子

伊閣蝶さん、こんばんわ。
ご丁寧なコメントと身に余るお言葉頂戴し、感激しています。

たぶん村八分なんていうのは、日本的決定の悪しき部分だと思いますが、とにかくよきにつけ、悪しきにつけそうやって決めてきたのが日本人だと思います。

そういう長い間の習慣を捨てるってことはとても難しいと思います。

>意見や利害の異なる同士であっても、徹底的に腹を割って話せば解決の道は開ける、そのように考えていたのだとすれば、近代以前の日本も捨てたものではないと考えます。

それが尽くされていたとしたら、それは本当に素晴らしい事ですよね。

自分がそうだから言うのですが、選挙で人を選ぶ時、どうしても「世話になったから」とか、「偉ぶらないからあの人がいい。」とか、思想じゃなくて情で選んでるんですよね。

それが日本人なんですよね。

意見が違うから議論してこちらに引き入れようじゃなくて、最初からどっちにつくかはあの人があっち側についてるから自分もあっちとか、決まってること多くないですか?

そういうことを<a href="http://kumokirimegusuri.blog.so-net.ne.jp/2005-08-27">義理人情の話</a>に書いた訳ですが、

政治家の間だって、結局似たようなことが行われてる気がする。
 
この際政治がうまく機能してくれるほうが大事ですよね。( ^-^)


by 九子 (2011-09-06 23:12) 

song4u

今、色々な場所、場面でリーダー不足が提起されています。
確かに、真っ当なリーダーの数が少ないのは事実かもしれません。
しかし、ぼくは時々不安に思うことがあります。
リーダーになろう、なりたいと思う人の中には、リーダーとしての素養に
乏しい人が含まれているのではないか、と。
不足している上に、もしそうなら、何をか言わんやです。

どういうわけだか、国全体を薄い重りが覆っている感じです。
別の言葉で言えば、薄っすらとした諦めムードと言えばいいのかなあ。
どの選択肢を採ったとしても、結局、大差は無いんじゃないか。
声を張り上げて10の力で何かをやったとして、1とか2のリターンがあれば
それを積み上げて行こうという意思が生まれるかもしれないのですが、
それが例えば0.1だとか、0.2では途方に暮れて疲れてしまう。

そうなると当然ながら、微力を結集し束ねるしかありません。
どうやって束ねるのか? 何を根拠に、どの方向に束ねるのか?
そんな中、みんながみんなの顔を見合わせながらリーダーを探します。

良く言われる言葉に、「手段が目的化している」というのがあります。
手段というのは目的を実現するための方法のはずなのに、いつの間にか
やることこそが重要、手段そのものが目的化してしまっている。
あれ?これって、何のためにやってるんだっけ?
結局おれたちって、どうなりたいって思ってたんだっけ?

目標(目的)の明確な形がはっきりとしないんですね。
否。最初ははっきりしていたとしても、色々なことが原因で目標自体が
次第に変貌して行くことが往々にして起こるんですね。


今、リーダーを必要とする多くの場面で、リーダーになって欲しいと周囲から
望まれるような人がリーダーになっているのでしょうか?
ぼくは、どうもそこが違ってるような気がします。
単に、リーダーになりたいと言ってる人の中から選んでるんじゃないか?
もしそうなら大切な出発点が違っているから、その後をどう軌道修正しても、
望むような形態にはなりにくい環境なのかもしれません。

文字にすることが下手なので、いつも長文になってしまいます。
ごめんなさい。
by song4u (2011-12-03 21:03) 

九子

song4uさん、こんばんわ。( ^-^)
大変ご無沙汰しておりまして失礼致しました。m(_)m

本日は、九子の書きっぱなしのブログにとても時間をかけてコメントをお書き頂き、誠に誠に有難うございました。

リーダーの不在はいつから始まったことなのでしょうね。
そもそも日本にリーダーが居たのかということすら、だんだんわからなくなってしまいました。

ただ、実際はそうだったかどうかは別として、NHKで年末にやる「坂の上の雲」などを見る限りは、明治時代にはりっぱなリーダーが居たような気はします。少なくとも現代よりは・・・。

リーダーには常に責任が伴いますから、責任を取ることを嫌いな日本人が増えたのかもしれませんねえ。

昔は詰め腹を切る、つまり切腹してまで責任取ってたのに、いったい全体どうしちゃったのでしょうか。

仰るとおり、素質の無い人がやたらにリーダーになりたがり、都合がいいからやらせておくというのが企業なんかは多いのでしょうか?

大王製紙なんてたまったもんじゃないですよね!

社長や総理大臣になりたくない子供が増えてるってとこがまずは問題かもしれません。

song4uさん!九子を忘れずにお訪ねくださってとても嬉しいので、左側のメール欄から九子にどうか一度メールを下さい。お願いします。m(_)m
by 九子 (2011-12-03 21:29) 

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