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あっぱれ!第18代中村勘三郎 [<九子の万華鏡>]

第18代、中村勘三郎。
彼が同じ年生まれであったことはもちろん知っていた。でも、九子と同じ18代目でもあったことに、ますます親近感を覚えた。(いろんな意味で天と地ほどにも違い過ぎるが・・。(^^;;)

実は九子にとって、彼は「勘三郎」というよりも「勘九郎」という名前の方がしっくり来る。
(ほら、ここでも「九」つながり・・。( ^-^))

とにかく若い頃の彼は、本当に綺麗な整った顔をしていた。
申し訳ないけれど、お父さまの17代やお姉さまの波乃九里子さんよりもずっと美形だった。

その彼が稽古と精進の道を突き進み、極めた正統派の芸に斬新な「はみ出し」も加味して、歌舞伎の新時代を作り上げつつある最中に、病に倒れた。 痛ましい限りである。

肺疾患が直接の原因らしいが、直前に食道ガンの手術も受けていて、一時は病室を歩き回れるほど回復されたというのに、いろいろな巡り合わせでこうなってしまった事を本当に口惜しく思う。

出来すぎ母が、同じ早期では無かった食道ガンを手術ひとつで克服していた事と重ね合わせると、やはり若かったためか、それともタバコやお酒が響いたのだろうか。


ちょうど九子が「坂本龍一」を聴きに行った十二月の半ば、「まつもと市民芸術館」では急ごしらえのコーナーが設けられていて、12月の頭に亡くなった中村勘三郎のお悔やみの記帳と献花をしていた。

笑顔の勘三郎の写真が、朱と緑と黒の三色縞のお馴染みの歌舞伎の垂れ幕ではなくて、黒とえび茶と、生成り色というのだろうか、その三色の縦縞に染められた幕の上に飾られていた。
これが歌舞伎の「喪」の色なのだろうか。
(それにしても色にことごとく名前がつけてある日本って凄いね。( ^-^))
 

九子はもちろん自分の名前を書いた。一行に大きく書いてしまってから、さて、M氏の分は書かなくてよかったものか・・と気が付いた。

まあ、これから九子の後ろにちっちゃく書くって手もあるけれど、それじゃああまりにも我が家での彼の存在そのままみたいで(^^;;気の毒だと思って止めた。

次の行に改めて書く・・って知恵は、まったく思いつかなかった!
案の定、帰ってからその話をしたら、「俺の分も書いといてくれれば良かったのに・・。」と言われた。
九子の後にちっちゃくでも?(^^;;


中村勘三郎は松本の、この「まつもと市民芸術館」の舞台に、食道ガンで入院する直前に姿を現した。それが舞台の上で彼を見る最後になった。

松本で「信州まつもと大歌舞伎 平成中村座」の公演が2008年から2年毎に開催されていて、2012年は入院加療のため代役となった息子の応援にサプライズで舞台に姿を現し、「必ず元気になってまた松本に戻ってきます。」と約束したそうだ。


彼は死して、松本市の名誉市民第三号となる。
ちなみに第一号はサイトウキネンの小澤征爾氏、第二号は地元松本生まれの芸術家の草間彌生(やよい)氏。行った日も、真っ白いボディーに真っ赤な水玉という草間氏を象徴するデザインのバスが走っていたっけ。
さすがに松本は名誉市民のスケールも大きい!

それにしても早すぎるよ、勘三郎さん。
小澤さんも草間さんも、20も年上でも満身創痍でがんばっていらっしゃるのに・・。

 

若き日の勘三郎さんの人となりが、思いがけないところから耳に入った。
M氏の友人が勘三郎さんと同じ高校で、遊び仲間だったのだと言う。
仮にX君としておこう。

X君は生活委員かなんかで、指導する側と指導される側という訳で、当初当時の勘九郎とはあんまり仲良しではなかったらしいのだが、X君の内なる遊び人の血が騒いだか(^^;;、勘九郎の方がX君に同じ匂いを嗅ぎつけたかで二人は意気投合し、つるんで遊ぶようになる。

「酒もタバコも、全部教わったよ。高いバーにも連れてってもらった。どこへ遊びに行ってもみんなお父さん(17代勘三郎氏)のツケなんだよ。だから、豪遊したもんだよ。」

当時のX君は、こちらも尾崎豊にそっくりと言われて、たいそうモテタのだそうだ。
長野なんかに来ちゃって、もったいなかったわねえ。(^^;;


勘三郎と言えば艶っぽい話は枚挙にいとまが無いが、連日の報道なんかを聞いても情(じょう)の濃い人だったんだなあと思う。

誰にでも好かれる。
友達100人どころか、500人も1000人もいたんじゃないかと思わせる。

情が深いからこそ、恋にも一途にのめりこんだんだろう。
良く噂される太地喜和子さんとか、大竹しのぶさんとかは、どちらかというと勘三郎に良く似たタイプの熱情家だと思う。

太地喜和子から大竹しのぶに心変わりした頃、太地喜和子のアパートへ行ったら自分の荷物をみんな投げつけられて閉め出されたと言う話は、いかにも・・と思う。

 

ところが、一人だけそういう派手派手しさとは無縁に振舞った女性がいた。
それが吉沢京子さんだ。
(実はX君の話にも彼女の名前が出て来たらしい。)


何十年ぶりにテレビで見る彼女は、昔の清楚な面影そのままだった。
その彼女がその昔、初恋の相手として愛した人が18代中村勘三郎、当時の勘九郎だった。

彼女の方が2歳年上の、でも10代同士の恋。
時代背景から言っても、手をつなぐのさえドキドキするようなウブな恋だったのではないだろうか。

そんな関係が何年間か続いたあと、彼女は一つの決断をする。
「この人は、歌舞伎の世界を背負って立つ存在になる人だ。私などより彼にふさわしい女性が必ずいるはず・・・。」
そして彼女は、静かに彼の前を去る。要するに身を引くわけだ。

その後しばらくして勘三郎は結婚する。好江夫人。中村芝翫(しかん)の娘さんで、歌舞伎の世界のことはすべてお見通しの人だ。

それを見届けたように吉沢京子も一般男性と結婚。
一子を儲けるが、しばらくして離婚。

 

彼女は後にも先にもたった一度だけ、勘三郎の舞台を見に行き、楽屋に挨拶に行った事があったという。その時彼女はもうすでに離婚していて、当時小学生だった一粒種の男の子を一緒に連れて行ったそうだ。

十年ぶりくらいに会う男の子のお母さんになっていた吉沢京子に、さぞや驚きを隠せなかったであろう勘三郎は、何を思ったか、彼女が連れていた男の子をひっしと抱きしめ、長い長い時間、彼の身体を離さなかったという。
そして勘三郎の頬には、はらはらと一筋の涙が伝っていた。

番組で吉沢京子は、「あれ、どういう意味だったんでしょう。今でもわかりません。」と言った。

いや、そんなはずは無い。
彼女にはその意味が良くわかっていたはずだ。
わかってはいたけれど、それを口にするのは憚(はばか)られる。ましてやテレビでは・・。
だからわからない振りをしていたのだと思う。
彼女はそういう人だ。


勘三郎が抱きしめたかったのは、もちろん吉沢京子本人だったのだと思う。
だけど自分は妻子ある身だ。十年前の二人ではない。
だから子供を代わりに抱きしめたのだろう。
アドリブの得意な勘三郎のことだ。その場で身体が自然に動いてしまったのかもしれない。


嫌いで別れた訳ではない。目の前の一児の母となった彼女は、離婚もしたと言うし、もしかしたらあまり幸せではないのかもしれない。自分が幸せにしてやる道は選べなかったものか・・。
勘三郎の心にはきっといろいろな思いが去来したのだと思う。


とにかく吉沢京子は、その時勘三郎から「京子ちゃんも頑張ってね。」という一言をもらう。
その言葉だけを頼りに、それときっと、息子を自分の代わりに抱いてくれた勘三郎の変らぬ愛情だけを頼りに、それからもまた途方も無く長い時間をひっそりと過ごすのだ。

いやあ、すごい!本当にすごい人だ! 気高いというか、誇り高いと言うか。
九子には逆立ちしたって絶対に真似出来ないよ。(^^;;


その昔、源氏物語や百人一首に詠われた時代なら、「忍ぶ恋」というのは日常茶飯事だったろう。
とにかく情報と連絡手段が少ないのだ。
人々は恋人と逢えないことにさまざまな理由を想像し、想像は妄想になり、思いは更に募り、心を苦しめた。

九子なら、貴族のお姫様であるならば、いくらだって女中をスパイにでも行かせて相手の動向くらい確認できたのではないか?などと要らぬ詮索をしてしまうが、やっぱりそういった事は当時としては品の無い行為であったのだろう。(^^;;


遠い平安時代ならいざ知らず、今は情報はどこにでも氾濫しており、ケータイで世界中のどこにいようとも瞬時に連絡がついてしまう世の中だ。

そういう世の中の真っ只中にあって、大好きな人に、自分の意思で、あえて連絡を取らないという道を選ぶというのは、なんと忍耐のいることであろうか。


それから20数年。小学生の息子さんは壮年となって、あの時の勘三郎の肌の温もりをまだしっかりと覚えていると言う。


そして吉沢京子がもう一度、密かに思い詰めた中村勘三郎と対面した時、中村勘三郎はもうこの世の人ではなかった。 

健気(けなげ)な彼女はまだこんなことを言った。
「彼の遺影を見て、彼にまた頑張ってと言われたような気がしました。」 


もう、いい。もう、いいよ、吉沢京子さん。
あなたはもう目いっぱい頑張った。頑張りぬいた。


九子は女手一つで子供を育てた母親を何人か知っているが、その誰にも、尊敬の念を禁じえない。
苦労した事はおくびにも出さず、社会に出て頑張る子供の足手まといにならぬように、自分はいつもひっそりと、遠くから見守っている。

立派に育った子供には決して頼らず、自分は自分なりの仕事や楽しみを見出して充実した人生を送っている。

吉沢京子さん、あなたもそんないぶし銀のような人生を送る尊い母親の一人です。
再婚するという道も子供のために敢えて選ばず、子供のことばかりを考えて生きて来た。
女であることを仕舞い込んで、母親としてだけ生きて来た。


だからもう頑張るのは止めにして、これからはあなたの人生を楽しんでください。
あなたの愛した勘三郎さんだって、もう頑張る必要がなくなったのだから・・・。

 

 

えっ?九子が言ったんじゃあ説得力が無いって?
頑張らない成れの果てが九子だと思うと、やっぱり頑張らなくっちゃって思うって?

まあ、何とでもお言いなさいな。(^^;;(^^;;

 


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伊閣蝶

吉沢京子さんと中村勘三郎さんとのこと。
何という心の通わせ合いなのだろうかと、感動を禁じ得ませんでした。
勘三郎さんには、様々な浮き名もあったようにいわれていますが、仰る通り、純な心を持った方だったのでしょう。
幅広い交友関係にもそれが伺えます。
しかし、ほとんどプラトニックといっても良いこうした関係を大切に持っておられたところに、やはり感じ入ってしまいますね。
それ以上に、吉沢京子さんの、こうした世界におられた人とも思えぬ純な心根に感動します。
ご子息を抱きしめ、ハラハラと涙を流した勘三郎さんと、その温もりを今も忘れぬご子息。
何とも素晴らしい人と人とのつながりかと感じます。
私も勘三郎さんとは同世代ですので、子役の頃から映画で活躍された姿が、今でも目に浮かびます。
山本薩夫監督の「戦争と人間」第一部での、少年時代の五代俊介役は、正にその頃の畢生の名演ではなかったかと思います。
by 伊閣蝶 (2013-02-03 12:13) 

九子

伊閣蝶さん、いつも心温まるコメントを有難うございます。

そうなんです。吉沢京子さん、芸能界が長くても本当に古風な女性らしい心遣いをもった方だと感心しました。今回テレビに出られたのもよほどの覚悟でいらしたのではないでしょうか?(あの人は今!的な番組でしたから・・。)

山本薩夫監督の「戦争と人間」第一部・・に、勘九郎さんが出ていらしたのですね。今度DVDでも借りようかと思います。

それにしても勘三郎さん、もったいなかったし、悔しかったでしょう。
まだまだ若いつもりでいましたが(^^;;、自分が突然この世からいなくなる日のことをそろそろ考えておかないといけないようですね。
by 九子 (2013-02-03 22:32) 

お夕

お邪魔します。

吉沢京子さんとのお話、初めて知りました。
まさに純愛ですね。
自分から身を引くなんて、その奥ゆかしさは品格すら感じます。

いろんな女性と浮き名を流されましたが、その数だけきっと別れ方もお上手だったのでしょうね。

それにしても本当に、早すぎるこの世からのお別れでした。

今頃團十郎さんと、蓮の上の舞台で共演されていらっしゃるんでしょうね。

ご冥福をお祈りいたします。
by お夕 (2013-02-11 23:16) 

九子

お夕さん、こんにちわ。( ^-^)
いつもいつもご無沙汰で申し訳ありません。
そちらの方は雪はたいしたことないのでしょうか?
こちらもこのところは道路に雪も無くなってだいぶ楽になりました。

食道ガンの手術の次の日にもう病室を歩かれて、それからすぐに吐いたものが肺にはいって誤嚥性肺炎になったのがいけなかったと聞きました。
ちょっとした拍子なんですよねえ、何事も。

別れ方が上手だった・・のかもしれませんね。少なくともあんまり一人の人を引きずるタイプではなかったかも・・。

でも、吉沢京子さん、古風な日本女性ですね。
尊敬してます。( ^-^)
by 九子 (2013-02-12 12:53) 

リンさん

知らなかったです。
なんて素敵な女性でしょう。
九子さん、詳しいですね。
by リンさん (2013-02-13 15:56) 

song4u

ご無沙汰しております、song4uです。
たくさんの nice! ありがとうございます!^^

勘三郎さんと同い年でいらしたんですね。
言っちゃなんですが、惜しい人は早逝されますねえ。
生き残ってるのはザコばかり?(九子さんを除く)

吉沢京子、大人気でしたね♪
少し前に、ファンの集いか何かで、一般人と撮られた集合写真を見ました。
和服が良くお似合いだった記憶がありますけどね。
やっぱり、今でも十分に可愛い人だと思いました。
by song4u (2013-02-13 22:31) 

九子

リンさん、こんばんわ。
ああ、あれはテレビの三流番組なのよ。「あの人は今」みたいな番組で、確か安西マリアさんとかも同じ日に出てたと思う。

吉沢京子さんにそんな強い思いがあったなんて。清楚な人という印象しかなかったので、本当にびっくりしました。
でも、モテルね、勘三郎!
優しい男は女を泣かすね。(^^;;
by 九子 (2013-02-13 23:26) 

九子

song4uさん、こちらこそご無沙汰すみません。
もっと先まで読みたかったのですが・・。

はい。歳なんぞ、この頃もうどうでも良くなりました。もしかしたらsong4uさんも同じ年でいらっしゃいましょうか。

>惜しい人は早逝されますねえ。
本当にそうですねえ。みんな生き急ぐからでしょうか。
私はちっとも生き急がずに、お昼寝三昧しておりますので、しっかり雑魚でございます。(^^;;

吉沢京子さん、もう一花も二花も咲かせられると思います。
とっても素敵な女性ですもの。

あっ、いつでもメール下さいね。お待ちしております。( ^-^)
by 九子 (2013-02-13 23:36) 

あゆさこ

中村勘三郎さん、惜しい方を亡くしましたよね。
この世での役目を終えられて、あの世に帰られてのでしょう。

九子さん、中村勘三郎さんと同い年なのですね。
わたしは、ちょっと、年下です。

吉沢京子さんは、可愛い女優さんでしたよね。
製薬会社の息子さんと結婚されて離婚したまでは知ってましたが、中村勘三郎さんの恋人だったとは知りませんでした。
でも、先日、TVで、そのことをやっていたので、驚いていたところだったのです。
それで、九子さんのこの記事を読ませていただいて、詳しく知ることができました。
嫌いで別れたわけではないとなると、辛かったでしょうねぇ・・・。
中村勘三郎さんのご冥福をお祈りいたします。

百人一首でリンクしていただき、ありがとうございました。
私の解説は、娘達が小学生の頃、買い与えた教材の本を元にしています。
全然、興味をもたず読まれることもなかった本で、本棚に眠っていたのですが、今、私が利用してます。(笑)
小学生相手の本ですから、とっても、わかりやすく、私にピッタシ!(笑)
それを読んで、再認識している次第です。(*^_^*)

私のブログでのみなさんへのコメント返しさえ、まだ、ままならぬ状態です。(^_^;
訪問も、なかなか、できなくて・・・。
気長におつきあいください。(o_ _)o

by あゆさこ (2013-02-16 00:09) 

九子

あゆさこさん、ごめんなさい!
お返事をし忘れていたのに今気が付きました!
本当にすみません。

>この世での役目を終えられて、あの世に帰られてのでしょう。
そう考えるしかありませんが、惜しいですよね。まだまだなさりたいことはたくさんあったはずなのに!

>製薬会社の息子さんと結婚されて離婚したまでは知ってましたが
あゆさこさん、情報通!( ^-^) 知りませんでした。

実は私ももうだいぶ前に本棚で見つけた百人一首の解説本が、たしか小学校か中学校でもらったものだった気がします。
その時も、面白い!と思って、ぱらぱら読んで、・・・。

例によってどこかに行ってしまいました。もちろん売ったりはしていないので、この家の中に有るはず・・。(^^;;

子供向けに書かれた物はわかりやすくてためになりますね。

あゆさこさんの百人一首、これからも楽しみに覗かせていただきますね。
( ^-^)
by 九子 (2013-03-01 12:17) 

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