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森亮太展・・石の鼓動 [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

群馬県館林市は、彫刻家 森亮太氏が生まれた場所だという。
その館林市に新しい県立美術館が建ち、今年はたまたま森亮太氏の没後20年ということで、彼の作品60余点が集められて、4月7日まで回顧展が開催されている。

石の鼓動 森亮太展  

森亮太氏のことは何度か日記でも触れている。
彼の奥さんのT子さんが九子の数少ない旧友で、子供たちが小さい頃には家族一緒に高原に遊びに行ったりもした。

事故の日の事は昨日のことのように思い出す。
当時数々の賞を取り、新進気鋭の彫刻家として認められつつあった森亮太氏は、赤城山山麓に新しいアトリエを建てられて、そこでの初制作に向かう途中事故に遭われた。

T子さんの、いつもはとても優しくて穏やかなお父様からただならない声で電話がかかり、ご一家つまり、森亮太氏が運転して、T子さんと、当時小学校低学年と幼稚園だったお子達二人が同乗されていた車が交通事故に遭われ、亮太氏だけが亡くなったという話を聞かされた。享年41歳。

あとから伺うと、ご家族3人が比較的軽症で済んだのが奇跡のような事故だった。

作品を見れば作家の人となりがわかると言うが、森亮太氏はとても繊細で慎重な人だ。
事故現場を見る限り、正常な彼だったらそんなハンドルさばきをしたなどとはとても考えにくい。

たぶん彼は、事故を起こす前に何らかの理由で意識を失うような状態に陥ってしまっていたのではないかと推測される。

ご家族はずっと、亮太氏がたったお一人ですべてを背負い、家族の命を護って亡くなられたと信じていらっしゃる。


3月3日。この日はちょうど「森亮太に捧げるピアノとバイオリンコンサート」が開催されるということで、この日を選んでM氏と一緒に館林まで足を伸ばしてみた。


四方を山に閉ざされた狭い盆地の長野から出て行くと、ただっ広い関東平野の一角に、有り余る空間を惜しげもなく切り取った美術館は、とても贅沢なものに思えた。

森亮太氏のご長男は、黒川紀章氏や安藤忠男氏のような大きな建物を作る建築家を目指してドイツで修行中であるが、その彼が大変興味を示していたのがこの美術館だと聞いた。


ホールで開催された音楽会には、椅子が足りなくなるほどの人々が集まっていた。
下山静香さんのピアノ。古橋綾子さんのバイオリン。
特にピアノは今日のために運び込まれたスタインウエイのカール・ラガーフェルトモデルという朱色が挿し色に入ったおしゃれなもの。
若く美しいお二人の華やかな調べは、きっと悲運の芸術家、森亮太氏の元にも届いたに違いない。


森亮太氏の作品は独特である。
材料は黒御影石、赤御影石、大理石など。

作家の手は、自然界にはあり得ない石の形を作り出す。

たとえば、石がねじれるとか、たわむとか、ゆがむとか、現実にそういうことが起きるわけは無いので有るが、森亮太の世界の中でそんなことは日常茶飯事なのだ。

要するに石に大きな力がかかってねじれたように見える彫刻。それも飴細工のように軽々とくねくね波打っていたりする。


M氏がこんなことを言う。
「おそらくなあ、これは最初粘土でこういう形を作っておくんだろうなあ。それを石で再現する訳だ。」

まあ、言うだけなら誰でも出来るけどね・・。(^^;;

☆T子さんに確かめたら、オーダーの時はともかく、ご自分で作る時は粘土で作るようなことは一切されなかったそうです。
そう。彼は立体視というのが出来る天才だったのです!


たとえば縁が少し薄くなっている大きな碁石のような石が立っていること自体があり得ないが、それと垂直にもう一つの碁石が脳天を叩き割るみたいな形で突き刺さっている。

不思議なのは、石たちがまったく痛がって居ないことだ。

そんなに不自然な形では、どんなに据わりが悪かろう、そんなものが突き刺さってはさぞや凄い衝撃であろうと思うのだが、石たちは楚々としたものだ。

一本の傷も筋も見えないほどに磨きこまれて、むしろ楽しげにさえ見える。
麻酔がかかっているうちにすべての荒行が終了してしまい、あとはより美しくなった自分自身に陶酔している美容整形を受けた患者のようである。

すべての作品が、作家の手によって煌くほどに磨き上げられている。
わずか数センチの石の隙間にも骨ばり節くれだった大きな手を申し訳なさそうに挿し入れて、砥石で丹念に磨きあげている森亮太氏の姿が垣間見えるような気がする。

美術館のジュニアガイドという子供向けのパンフレットがあって、これが秀逸なのだが、森亮太氏は石を削り、石を磨くための砥石から手作りしていたのだという。
それぞれの曲面に合わせて荒砥、中砥、仕上砥。
そして主人を亡くしたアトリエには、山のようにたくさんの砥石が残されていたそうだ。

石と語りながら作品を作り出すのであって、最初からこういう作品を作ろうと決めているのではないという話も聞いた。

T子さんによると、亮太氏は何もしないで寝転がり、構想を練っている時間が長かったという。
つまり、石と対話して居た訳だ。

そんな時に彼女が文句を言ったりすると、「君は三年寝たろうの話を知らないのか?」とたしなめられたと言う。

言うまでも無いが、寝てばかりいるように見えた三年寝たろうが、村の一大事を救った話だ。

couple2.jpgcouple と名づけられた二体の像が有る。左側の黒い方が男性、右側の赤いほうが女性と、誰でも自然にそう思い込む。

なぜそう思うのか? 左の黒御影石の像は、拍子木みたいな直方体の石をねじったみたいに彫っただけ。
右側の赤御影石の像は、逆S字型にしなっているだけ。
なんら男性の特徴も、女性の特徴も持ち合わせていないのに・・。

ここで再びM氏が登場する。
「この右側のはさあ、女性の「しな」をあらわしてるんだよ。男には良くわかるんだ。女性は認めたくないみたいなんだけどね・・。」

ほほう!今日は珍しくサエてるじゃない、M氏!(^^;;


「東風(こち)Ⅲ」という作品は、まるで石が地面から植物のようににょきにょき生えているみたいに見える。

森亮太氏がどこまで出来るか限界に挑んだという「座標」は、本当に不思議な作品だ。
前から見るとNで、横から見るとZで、後ろから見るとXという文字が浮かび上がる。

これらの作品が、造形業としての定職を持ちながら、言わば仕事の合間に生み出されたというのが凄い。

製作を本格的に始めてから亡くなるまで約20年。その間に100点にも及ぶ作品を完成させたというから、単純計算で一年間に5作品。一作品に要する膨大な手間を考えたら、奇跡のようだ。

展示品の中に、彼の古いスケッチブックがあって、彼が書き込んだ言葉が残されていた。





形はシンボリックなものでなければならない。したがって生々しい有機形体を取り除くこと。
台になる部分は 重さを感じさせないもの
 1974年の彼の言葉だ。

そういう彼は、向井良吉さんという彫刻界の重鎮にその才能を高く評価されていた。

すべてが曲線で出来ていて機械削りがまったく出来なかったという「波」という作品、(つまりすべてが彼の手ひとつで削られた)は、向井良吉氏に買い上げられたのだという。




会場に飾られた森亮太氏の写真は、彼が製作中にタバコをふかしている時のものだ。
20年前なら何の違和感も感じなかっただろうけれど、喫煙者が少数派になった現代では軽いカルチャーショックさえ感じさせる。

たかが20年。されど20年。時がたつのは本当に早い。
あの時幼かった彼の二人のお子さんは、共に父から与えられたDNAを確実に受け継いで、一人はドイツで建築を、一人はアメリカでディスプレイオブジェなどを製作されている。

いくら優秀な素質を父親から受け継いでいようとも、別の道を選んでしまったなら素質は全く生かされないことになる。

偉大な一人の芸術家の遺伝子を100%ちゃんと子供たちに伝える環境を作り上げたわが旧友に、心からの拍手を送りたい。

彼女はきっと、天才的な一人の芸術家が自分を妻に選んでくれたことを彼の死後、ずっと誇りにし、励みにして生きてきたのだと思う。

それはきっと、彼女の大きな大きな心の糧であったことだろう。
だが、それは日々の糧にはなり得ない。

都会で子供二人を女手ひとつで養う。もちろんご両親の協力があったとはいえ、並大抵のことではない。

二人のお子さんは名門高校から名門大学へ進まれ、世界に羽ばたかれた。
森亮太氏が彼女を選んだ慧眼(けいがん)は大したものだと思う。


お子さんたちは今回の回顧展ではじめてこれだけ大量の父親の作品を目にし、父親の才能の大きさと偉大さをあらためて心に刻み付けてそれぞれの国に帰って行かれたという。

森亮太氏が亡くなった時、彼らは二人とも10歳に満たない。
いかに回りに作品があろうが、いかに母親が父の偉大さを語ろうが、実際の目で父を感じ、父の作品を見にたくさんの観客たちがつめかけるのを目の当たりにしないと、いくら彼らでも父の才能を理解し得なかったに違いない。


芸術家というのは、つくづく羨ましい人々である。

普通の人間は、生きていた証など、たとえ百年生きたとしても、さらに百年経つ頃には名前もその存在すら忘れられてしまうのに、芸術家が残した作品は永遠に生き残る。

森亮太の作品には、作品の価値と同時に、彼が石と向き合った純粋な彼自身の姿と、その濃密な時間が凝縮されている。

それらは、誰が見てもある程度は理解できるとは言うものの、一番鮮明にそれらを見抜くのは、同じ造形の道に進まれた二人のお子さんたちであろう。


誰もがあらがえない時の流れという闇に、一石を投じ、一矢を報い、芸術家たちは身を削るようにして作品を紡ぎ出す。


森亮太氏の遺児たちも、父の大きな才能が自分の中に着実に宿っていることに意を強くして、勇気を持ってその流れのふちに立とうとしている。



さあ、あなたも、森亮太氏に出逢いに行かれませんか?( ^-^)
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コメント 13

伊閣蝶

森亮太さんの作品、素晴らしい存在感で、写真だけでも圧倒されます。
これが石で出来ているなんて本当に信じられませんが、納得のいくまで石と対話して作り上げたとのことで、なるほどと納得しました。
しかし、41歳で夭折とは、なんという無情なことでしょう。
残された奥様やご子息はもちろん、ご本人が一番無念であられたと思います。
アトリエが完成したばかりというのに…。
しかし、芸術家は、その残された作品で永遠の命を持つもの。
本当に羨ましいことだなと、私も感じます。
by 伊閣蝶 (2013-03-06 21:48) 

九子

伊閣蝶さん、こんばんわ。
いつも嬉しいコメント有難うございます。
本当に森亮太氏が今日まで生きておられたらどれほどすごい作品が生まれただろうかと悔しく思うのですが、T子さんに言わせると「彼の作品はもうすでに完成されていたから、この世の勤めを果たして亡くなったと思っているの。」とおっしゃっていました。

森亮太氏の作品、伊閣蝶さんのように美しいものを見る目を備えていらっしゃる方に評価して頂けると、本当に嬉しいです。

彼は、それとお嬢さんが特にということですが、立体視の能力が長けていらっしゃるのだそうです。平面図を見ても簡単にそれが立体に見えるということでしょうか。

そういうのが遺伝するというのが、さすがだと思いました。

自分が死んだ後に何かが残せたら本当に幸せですよね。( ^-^)
by 九子 (2013-03-06 22:19) 

あゆさこ

運転していて、意識をなくし事故を起こすケース、多々あるようですよね。
まだ、41歳だったんですかぁ・・・。(;。;)
でも、作品は、これからも、ずっと、生き続けますよね。(*^_^*)
by あゆさこ (2013-03-10 10:40) 

palette

面白い作品ですね!
抽象的なものほど想像力がふくらみます。
森さんの他の作品、それからお子さんたちの作品も
見てみたくなります。
by palette (2013-03-11 19:42) 

九子

あゆさこさん、こんばんわ。( ^-^)
コメント有難うございます。

運転中の事故、確かに結構あるかもしれません。
森亮太氏も、今から考えるとかなりのヘビースモーカーでしたから、脳梗塞とか心筋梗塞の疑いもあったかもしれません。

でも若すぎますよね。41歳なんて!

はい。ご覧になっても素敵な作品でしょう?
きっと評価されて残っていく作品に違いないと思います。
by 九子 (2013-03-11 22:14) 

九子

paletteさん、こんばんわ。( ^-^)
コメント嬉しいです。

はい。六十余点が一同に会していますので圧巻です。
是非よければおいでになって見て下さい。
どうすればこういう形になるのだろうと首を傾げたくなる作品がたくさんあります。

私など空間図形がメチャ苦手でしたので、たとえば0字型の石の一部が切れて上に持ち上がったような作品なんかを見ると、本当に石をねじるとこうなるのでないかと思い込むほどです。

残念ながらご長男は建築家の卵。お嬢さんはオブジェを作る仕事をされているようですが、まだ作品といえるものを生み出してはいらっしゃらないと思います。

paletteさんのような想像力豊かな方に見ていただくと、森亮太氏も喜ばれるかもしれませんね。( ^-^)
by 九子 (2013-03-11 22:25) 

照姫

そのような素晴らしい彫刻家の存在すら知りませんでした。芸術って自分から積極的に情報を取りに行かないと無知なまま取り残されますね。
彫刻やモニュメントはよく公園などで見かけますが、たいていが意味不明(笑)
きちんとした展示会で解説があるのはありがたいです。
館林かあ、ちょっと行ってみたい気になりました。
by 照姫 (2013-03-13 06:07) 

九子

照姫さま、初コメント誠に有難うございます。( ^-^)

>芸術って自分から積極的に情報を取りに行かないと無知なまま取り残されますね。

おお、さすが!何事にも前向きな照姫さまでいらっしゃる。( ^-^)

長野市にもたくさんあるんですよ、意味不明なのが(^^;;。
ほら、一時期毎年のように市町村に1億円づつ補助金が出て、それで買ったらしいんですが・・。(父が議員の時に決めたんだから悪口言っちゃいけないんでしょうが・・。(^^;;)

はい。もしもご無理でなかったら、是非足をお運びくださいませ。( ^-^)
by 九子 (2013-03-13 22:16) 

moz

誰でも生きている間にたくさんのパフォーマンスを残すのですが、芸術家、アーティストは、作ったものがそのまま残るから・・・素晴らしいですよね。音楽家、作家、画家、うらやましいです。もっとも、一つの作品を残すには膨大な時間とパワーが必要になるのですが。
森亮太氏もそういう方なんですね。なるほど、しな、なんですね 笑
それと、色彩もあるのかな?
これ、逆の色に塗ってみたらどうでしょう?
by moz (2013-03-16 17:36) 

九子

mozさん、こんばんわ。
本当にそう思います。芸術家羨ましいと思っても、実際にそれで生活できる人なんてほんのわずかだと思うし、もしかしたら普通に生活しながら後世に残るような作品を作り上げるなんて、本当は無理難題なのかもしれませんよね。

森亮太氏は本当に真面目で、よき夫、よき父親で、その上で芸術家でした。
稀に見る人だったかもしれません。
本当に不幸な事故でした。

うん、そうそう、色がありますよね。赤だと女性、黒だと男性って先入観が・・。

たしかに逆の色だったらどんな感じになるのでしょうね。
でもやっぱりしながあるから、オカマみたいになっちゃうかも・・。(^^;;
by 九子 (2013-03-16 23:19) 

yoshimaru

3/31行って参りました。芸術の世界とは無縁で50年生きてきました。
全く、わかりません。
でも、ずっと見ていました。
何故か、ため息をついていました。
写真を見ました。
たばこをもって、とても深い、いい感じで写っていました。
「ああ!この人はもういないんだな。」と思いました。
でも、作品にはこの人の魂が宿っているんだな。
うらやましいなと思いました。
自分には、何も残るものが無いんだなと思いました。
by yoshimaru (2013-04-01 00:03) 

九子

yoshimaruさん、始めまして!( ^-^)
森亮太さんの作品展、行って下さったのですね!有難うございます!嬉しいです。
(私が言うのも変かもしれませんが・・。(^^;;)

わかりませんとおっしゃりながら、とても深いものを見ていらっしゃったのだと思います。素晴らしいと思います。

写真、素敵でしたね!私の中ではあの写真は森亮太氏そのままに思えました。

確かに芸術家さんは作品が残るから羨ましいですが、残るものが何も無いなどとおっしゃらないでください。

少なくともあなたのご家族やご友人の中にあなたというひとは日々生き生きと生きていらっしゃいますし、あなたがそれを一番ご存知だと思います。( ^-^)

芸術家じゃないひとの方がずっと多いのだから、芸術家さん以外はみんな同じですよ。
( ^-^)

yoshimaruさん、もしよければ九子にメールを頂けますか?
左欄に「お知らせ&メール」がありますので、そこからどうぞ!
お待ちしています。( ^-^)
by 九子 (2013-04-01 13:02) 

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by アイフォン 脱獄 (2013-09-24 20:04) 

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