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鉄砲撃ちと犬 [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

きたさんは、我が家の歴史の語り部だ。

15歳で奉公に来てくれてから、戦争に行っていた父よりも、お嫁さんに来たよりも、ずっと長い間この家に居続けて、元祖雲切目薬を作ったり、穏やかだったが人使いの荒かった16代十兵衛おじいちゃんや、働き者だったが病気がちだったすゑおばあちゃんの信用も厚く、そしてこの家一番の働き手として我が家を担ってくれていた。

16代十兵衛さんや、すゑさんはもちろんの事、父や、年下だった母の最期の看取りもしてくれた。

きたさんの口癖はいつも、「おれはこのうちと一蓮托生さ。」だ。
 

きたさんは、今じゃあ長野市になってしまっている信州新町の日原村というところの出身だ。
だからきたさんの薬店は「日の原薬品」という名前だ。
長い年季奉公を明けてから、薬種商の資格を取って、自分の店を構えた。
九子が生まれてしばらくしてからのことだ。


きたさんのおやっさまは、村でたった一人の鉄砲撃ちだったそうだ。
きたさんの兄弟はみんな大そうな親孝行で、おやっさまの事をとても尊敬している。
もちろん、働き者で、誰よりもそば打ちが上手だったというおっかさまのことも・・。

「おっかさまの作ってくれたそばは、香りが違うんだ。ふわあっと、何とも言えないいい匂いでさあ。いろんな評判の蕎麦屋に連れて行かれて食べたけど、おっかさまのそばにゃあ敵わないよ。」

きたさんのうちは男4人、女1人の5人兄弟だ。戦争に行っても、誰一人欠けずに戻って来れたのが自慢だ。


昔は狩猟免許が高かったから、鉄砲撃ちの資格を取るのは誰にも出来る訳ではなかった。
おやっさまは、普段はキジや山鳩を撃つ。
今よりも鳥も動物も多かったし、高い狩猟免許を払ってもそれなりのお金になったらしい。

食べ物が乏しくなる冬になると、おやっさまは野ウサギを獲る。そしてさばいた野ウサギを汁に入れてぐつぐつことこと煮込む。

それが家族の大のご馳走で、その汁を飲むと、身体がうんとあったかくなって、みんな風邪も引かず、元気に過ごせるんだ。

「あの頃は5歳になるかならないで死んでく子供もたくさんいたんだよ。でもおやっさまのウサギ汁のおかげで、おらあちはみんな丈夫に育ったんだよ。」
昭和10年前後。戦前の話である。

きたさんがおやっさまを尊敬していた理由は他にもある。当時の学校の担任の先生のことだ。
贔屓(ひいき)が激しくて、有力者の息子や娘にはちやほやし、きたさんたちには冷たく当たったらしい。

ある日家庭訪問でその先生が家に来て、先生とちょっと話をしたおやっさまは、きたさんにこう言ったと言う。「われ(おまえ)、あんなもん相手にするじゃねえ。」

当時は今よりも先生に権威があって、親たちはみんな先生にちやほやしていた時代だ。
先生に「様」をつけて呼ぶ人もたくさん居た。
その偉いはずの先生を「相手にするな。」と言ってくれた。

きたさんによると、その先生は戦時中の人手不足の時代に、代用教員と言って、正規の手順を踏まずに即席で先生になった人らしかったが、一目でその先生の正体を見破ったお父さんを、きたさんは「おやっさまって、なんてえれえ(偉い)人だ!」と子供ながらに尊敬したのだそうだ。


きたさんは子供の頃から山を駆け巡って遊んだり働いたりしていたから、米寿(88歳)を数える今でも、3時間ほどで一山を上っては降りてくる事が出来る。


そしておやっさまに教えられた山の注意は数多くあるけれど、一番大事なことは、万が一の備えにいつでもマッチを用意しろと言うことだそうだ。

事故にあった時にマッチをすって火をつける。火がつけば誰かが必ず気づいて来てくれる。
いざとなったら「明かりが欲しかった。」とか「暖を取りたかった。」とか、言い訳すればいい。
命を落とす事に比べれば、不注意の罰金数万円は安い!
あんまり声高に言える話じゃないけれど、それが山で暮らす人たちの知恵だ。

刃物も何かのときに必要だから、必ず持っていく。

万が一熊に合うのが山で一番怖い。
きたさんもおやっさまにならって、二十年前くらいまで鉄砲撃ちの免許を持っていた。

「最近は試験も難しくなるわ、ややこしい規則ができるわで、新しく免許を取る人なんていなくなっちまったんだよ。そら、みろ、今んなってカモシカやなんかがえれえ増えて、役人連中困ってるわっさ。
おれ、前に計算した事あるんだ。今はねえ、鳥一羽撃つのに、弾ひとつ3000円くらいにつくんだよ。高えよなあ。」

おやっさまに教わった。
熊に出会ったら、ちゃんと立木のそばに居て、熊は最後襲う時は必ず立ち上がるから、鉄砲を熊におっつけてどかんと撃つんだよ。
必ずでかい穴あくから、野郎ども必ず惰性で来るから、木のそばに居れば木のそばで避ければいいから・・。
そのまま場合によっちゃあ、5メートルも10メートルも、坂だからすっこんで落っちまう。戻ってくるったって、やつらだって大怪我負ってるわけだから、いいかげん時間かかるわさ。


鉄砲で狙うときは、必ず引きつけて構える。肩を引いて鉄砲を身体に固定する。先の方なんか見たって当たりっこない。何か狙うより先に、自分の肩に引き付ける。身体で覚えるまで経験積まなきゃだめだ。

自信のない鉄砲撃ちほど撃ちたがる。余裕を持って構えないと当たらない。びくびくしながら撃つと、動くものはなんでも獲物に見えて撃っちまう。だから、自分の犬を撃ったり、人を撃ったりしちまう。


次に怖いのが蛇。アオダイショウなんかはなんとも無いが、マムシだったら命が無い。
悪い事にマムシは度胸がいいから、決して逃げて行かない。


実はきたさんのおっかさまがマムシに出くわして、すんでのところを助かった。
飼っていたおやっさまの猟犬が救ってくれたのだそうだ。

おっかさまが大きな荷物を背中に載せて山から下りてきて、バランスを崩して足をくじいて動けなくなった。そこんとこにマムシが居た。

犬が蛇の胴体にかじりつき、顔を左右に何度も振っては、マムシの頭を地面にたたきつける。マムシは長くなってのびてしまう。(蛇はとぐろを巻いてるときが一番元気がいい。)

利口な犬は距離も知っている。マムシから後さずりする時もちょうど30センチくらいで、それ以上でもそれ以下でもない。

下手な人間よりも猟犬の方が賢いから、慣れない人が山へ登るときには犬をつけてやる。
「犬が空へ向かって変な声で鳴くような事があったら、マムシがいるから気をつけな。そうしたら俺がすぐに行ってやるから・・」

そういう芸当の出来る猟犬は、実は純血種じゃなくて雑種だったんだそうだ。

クマブチって犬は特別だ。熊を狩る専用の犬だ。だが、そんな犬はそうたんとは(たくさんは)いねえ。

普通の犬なら、雑種の方が頭がいい。

考えてみると人間だって、混血の方が父母両方のいいとことって生まれて優秀だと聞く。

 

おやっさまが冬の夜、犬を連れて狩に出た時は凄かった。

鳥が居ると、犬が匂いを感じて尻尾を振る。おやっさまは一番見晴らしのいいところに陣取って、「よしよし。待て待て!」と犬を待たせておく。

最初はかさっと音を立てて脅かせる。すると鳥が一、二羽驚いて飛び立つ。
銃は二連式だからそれをおやっさまがパン、パンと二発撃つ。
犬たちはまだ追い立てない。おやっさまが弾を込めるのを待っているんだ。

犬はおやっさまが命令するまで何もしねえ。何もしねえけど、鳥が落ちたとこをよく正確に覚えてるんだ。
おやっさまがよし!と言うと、一目散でそこへ駆けていく。

犬は決して獲物を引き摺らない。上へ向けて、空へ向けて獲物が傷つかないように大事にくわえる。
深い雪ん中を犬が獲物をくわえあげて帰ってくるところは、まるで泳いでるみてえだったなあ。

 

熊に会うとさすがの犬も怖気づく。怖いものだから尻尾を丸めておやっさまの方へ後ずさりする。
そういう時が、鉄砲撃ちの正念場だ。犬に、俺に任せろってとこ見せなきゃなんねえ。

犬が最後に信用するのは飼い主だ。
犬に馬鹿にされちゃあ鉄砲撃ちはつとまんねえ。犬には絶対に信用されなきゃあなんねえ。

 


「おれもモクが死んでから、もう一度、犬を飼おうと思ったんだけどさあ・・。」

モクというのはきたさんの犬で、15才くらいまで生きた。
きたさんもモクを躾けて何度も山に連れて行ったが、おやっさまの犬にはかなわなかった。

きたさんは「毛がもこもこしている」というのを「もくもくしている」という。
そこから犬の名がついた。

 

「人間なら、最後になんか言えるけど、犬はなんにも言わねえ。
身体冷たくなって来てるのに、俺が行くと無理して頭上げて手え出そうとする。
あれがもうらしくて(可哀想で)、涙出て、涙出て・・・・。


だから俺より先に死んでくもんは、もう一生飼わないと決めたんさ・・・。」

 

きたさんのおやっさまみたいな鉄砲撃ちも、おやっさまが躾けたような猟犬も、何よりきたさんみたいな人も、これからの世の中にはもう金輪際(こんりんざい)現れないだろうなあと思うと、すごく寂しい。
 


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コメント 4

扶侶夢

生あるものはいつかは滅す…宿命とは切ないものですね。
by 扶侶夢 (2013-05-04 11:44) 

九子

扶侶夢さん、こんばんわ。コメント有難うございます。( ^-^)

そうですね。犬や猫はほとんどの場合、自分よりも短命ですもんね。
昔の方が命を見送る回数が多かったはずで、特に田舎の生活では今と比べられないくらいの命が簡単に失われて行ったのかもしれません。

それでも人々はそれに慣れること無しに、命の光が消えていく瞬間に立ち会っては涙を流しているんだなあとじ~んとしてしまいます。
by 九子 (2013-05-04 19:14) 

yu-papa

nice!&コメント有り難うございます^^
コメントについては、とても目頭が熱く熱くなりました。
by yu-papa (2013-05-06 18:15) 

九子

yu-papaさん、こんばんわ。
おかげん悪いのにコメント有難うございます。
体調いかがですか?

実はコメントを頂いた方にお願いがありまして、メールを一通お願いしています。
左欄上にメルアドありますので、そちらから書いて頂けますか?
御返事お待ちしています。( ^-^)
by 九子 (2013-05-06 20:46) 

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