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善なるものの力 [<坐禅、仏教、お寺の話>]

九子の坐禅と仏教の師匠(と言うと、いかにも九子が坐禅や仏教に秀でているみたいに聞こえるが・・。(^^;;)である長野の善光寺の裏山にある大本山活禅寺の徹禅無形大師は、仏教とは簡単なことだ、善い事をせよ、悪いことをするなというただそれだけのことだと言われた。

言われた時は、なるほど!そんなものかと思ったが、いざ何が善くて何が悪いのかと考えてみると、これはかなり難しい。

最近の事件で考えてみても、世界で一番たくさんの番組に出ている司会者としてギネスブックにも載った「みのさん」ことみのもんた氏の息子が深夜、酔って寝ていた男性からキャッシュカードを盗んで、無断借用、つまりお金を盗んだと言う事件が持ち上がった。

最初のうちは、もう30歳を超えた息子が起こした事件だから、父親であるみのもんた氏の責任はさほど問われないのではないかと思われた。

そう。ここで、息子がしでかしたことは立派な犯罪だから「悪」である。
それはもう、はっきりとしている。
だが、その息子を育てた親は、果たして「悪」であるのかというのが問題だ。

どんな親だって、子供を悪人に育てたくはない。
聞くところによると、みのもんた氏は、息子が言うことを聞かない時は体罰もするスパルタ親父であったと言う。

その体罰は「悪」なのか?というのも、これまた時代によって、地域によって議論の分かれるところかもしれない。もちろん現在の日本においては「悪」に違いないのだけれど・・・。

子供の幸せを願うのは、世界共通の親の心情に違いない。子供が大きくなった時に、それが特に息子なら、一人でお金を稼いで、家族を養えるように、社会に出る強さを身に付けさせたい。

だから、時には愛の鞭も出る。特に、戦後すぐに生まれて、貧しいひもじい厳しい時代を体験したみのもんた氏であるならば、なおさらのこと・・。

仮に彼の体罰が息子を傷つけたとしよう。息子の気持ちを萎縮させて、息子を人を怖がる未熟な人間にしてしまったとしよう。

いや、親の暴力は反対に、息子自身が暴力肯定論者になるのを助長してしまったのかもしれない。

そうして子供を育て間違ってしまったことは、彼の「悪」だろうか。

親の願いの最初のところで、それは完全な「善」であったと思う。
一人息子を逞しく育てたい。世のためになる男に育てたい。そのためなら、出来ることはすべてしてやろう。

ところがその意に反して、父親が稼ぎ出す億という金は、息子を怠惰な生活に甘んじさせ、金銭感覚を狂わせ、悪の匂いまで漂わせさせる結果となった。

そんな息子を、超難関と言われる放送局に就職させる。まっとうに考えれば、「みのもんた」という名前の威力であったと勘ぐられても仕方がない。
だがそれは「悪」であるか?

もちろんあんまり褒められたことではないけれど、権威ある者なら誰でもきっと、多かれ少なかれやっている。

朝から夜まで、みのもんた氏の顔をテレビで見ない日はなかった。
そうするためには、たぶん3時間くらいの睡眠時間で、何十年間も仕事一筋を通して来たはずだ。

そうやって努力をして、毎年何億円も稼ぐことは「悪」なのか。

もちろん「悪」なんかじゃないよ!と言いたいが、みのもんた氏は結果的にすべての報道番組から追放された。「干された」とも言われた。「 みのおろし」とも言うんだそうだ。


彼がお金を稼いだこと自体はもちろん「悪」ではない。
ただ彼がその結果、あまりにも傲慢になり、人を人とも思わぬ言動が増えて、多くの人々がこの機を逃さず、みのもんた氏をテレビ業界から追い出してしまいたいと思うに至った。

傲慢というのは、確かにキリスト教の「7つの大罪」のひとつでもある大罪だ。

傲慢pride 嫉妬envy 憤怒wrath 怠惰sloth 強欲greed 暴食gluttony 色欲lust

傲慢は英語ではprideなんだね。傲慢もpride、誇りもpride。これも善悪を分ける難しさの一例?( ^-^)


純粋に「善」なるもののひとつの形は、「無償の愛」だ。
「無償の愛」もキリスト教の言葉だと思うが、無形大師の言葉に直すと「わが子に危険が迫っている時、思わず駆け寄ってわが身の危険を顧みずにわが子を助けようとする行為」ということだ。

親ならばきっと誰でも咄嗟にするに違いない。でも、こういう行為が危急の時に出来るというのが、人間の素晴らしさなんじゃないかと九子は思う。
(まあ動物でもそうだろう、そりゃあ本能さと言わば言え!(^^;;)

子供を助けようとする親は、無我夢中でその場に駆けつける。そして、事の良し悪しも何も考えずに溺れた子供を助けに水に飛び込む。

そうやって、時には親が、子供を助けて死ぬことだってある。
そういうのが無償の愛だ。

でも本来、犠牲になってはいけない!と言うことも無形大師は声高に言われて、九子も当時はもっと若く、理想主義的だったからちょっと変な気もした。

だけどやっぱり、命を尊ぶ仏教だ。犠牲になってはいけない!無理をしてはいけないんだとだんだんにわかってきた。


こうしてみると「善」なる行為はまっすぐだ。イチローのレーザービームみたいに、脇目も振らず、最短距離を走って、迷いがない。

それに対して「悪」の方は、計算して、画策して、のらりくらりとかわし続ける。とても「まっすぐ」とは思えない。

善の力とは、きっと、まっすぐな力だ。
やむにやまれぬ思いに駆られた強い、強い力だ。

もちろん、向けられる方向も重要だ。
悪の権化みたいな人間がいて、逡巡することもなく人を傷つける方向に強い力を用いる事だってあるだろう。


善の力とは、誰かの幸福を祈って投げかけられた強い思いだ。
希望の光だ、喜びだ。

天才と称えられるほんの一握りの大いなる才能を持つ人々にとっても、人々に夢や勇気を与える仕事が出来なければ、その才能は開花したことにならないのだそうだ。

人間は、不思議なことに善なるものを生まれながらに知っている。
悪の臭いをなんとなく嗅ぎ分ける。
そうして嗅ぎ分けた悪に与(くみ)する事をよしとせず、善たらんと欲する人々が大半なのだと思う。


日本人は、きっと稀に見る善良な人々だ。
外敵が進入しにくい四方が海という特殊な環境と温暖な気候の中で、まわりと協力し、まわりを信頼する社会を築いて来た。

世界の大方が「騙される方が悪い」という中で、「騙すよりも騙される方がまし」という価値観を持っているなんて、なんと美しい国だろう。

日本人にこそ、原罪の「性悪説」よりも、仏教の「性善説」がふさわしい。

お人よしと言われようが、バカ正直と言われようが、日本人の善なる力は、いつかきっと、世界の役に立つ。

美しい日本を貫くがいい!美しい日本人を貫くがいい!
損をしてもいい。信用と言う、尊敬と言う大きな徳を得る方が大切だ。


格好いい事ばかり言って恐縮だが、九子はどうも実践に難がある。
怠け者なので、口先ばっかり!と言うことになりかねない。(^^;;

だけどせめて人生で一度くらい、世のため人のためになることをやってみたい。
それが「善なるもの」であるかどうか、決めてくれるのは人様だ。

まっすぐであるか、強さはあるか、方向は正しいか・・。

答えはいつか出る。

 

 ★コメント時「画像認証」とやらが付きました。スパムコメントを防止する目的らしいです。ただ、九子みたいなうっかり者は、数字を入れ忘れて何度もコメントを消してしまいました。皆様もご注意ください!!

 


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youzi_x

こんばんは♪
「のほほんな日々」のyouziです。
昨日、食べ物中心のブログ「ル・ププランな気分1」を始めました。
「のほほんな日々」共々、よろしくお願いいたします。
by youzi_x (2013-11-09 22:15) 

扶侶夢

こんにちは。

実践は大切です。
些細な事でも、実践することで、より真実に近づきます。
実践することは、フィードバックであり反省するための過程です。

悟ったつもりでいても、実践によって更なる問題が突きつけられます。
それが「人が生き続ける」という事です。
by 扶侶夢 (2013-11-10 10:06) 

九子

youziさん、お知らせ有難うございます。
おいしそうなものがたくさんそうで、楽しみです。( ^-^)

by 九子 (2013-11-10 21:45) 

九子

扶侶夢さん、こんばんわ。
思慮に富んだコメントありがとうございました。

本当にそうですね。頭の中で考えるだけならどうにでもなりますから・・。

>悟ったつもりでいても、実践によって更なる問題が突きつけられます。
それが「人が生き続ける」という事です。

人生の厳しさを教えて頂いたような気がします。
それでも人は、生きていかなければならないのですね。

でも人生の最後で、いい人生だったと思える人生を送ってみたいです。
有難うございました。
by 九子 (2013-11-10 21:52) 

moz

社会は一人ではないので、気持ちや心がやはり大切なのですよね。好き嫌いは理屈ではないと思います。自分のやってきたこと、それがゆくゆく・・・戻ってくるものなんだとそう思います。
悪の好きな人はいないけれど、いつの間にか良い方向から色々なものの影響でそれてしまう。それを顧みることが必要なんだと思います。
by moz (2013-11-12 05:57) 

九子

mozさん!たくさん人の集まるご自分のブログの書き込みも大変なのに、こうやって書いて頂き心より感謝です。

そうですね。社会は一人じゃない!でも特に日本ではそのあたりのことが大事になるのでしょうね。

>自分のやってきたこと、それがゆくゆく・・・戻ってくるものなんだ
やっぱりどこか仏教的ですね。( ^-^)

そうですよね。それたら戻る努力をすればいいのですね!戻る努力が出来るうちなら、まだ間に合いますよね!

そうしたら、そんなに心配いらないってことなのかも・・。(^^;;
by 九子 (2013-11-12 23:34) 

リンさん

私も常々、世の中の役に立ちたいと思っています。
高額宝くじが当たったら、すぐにでも半分寄付するわ。
だから神様、当ててね^^
…なんて言ってるからダメなんですね。
by リンさん (2013-11-13 17:33) 

九子

おお、リンさん、コメント有難う!( ^-^)
宝くじ半額寄付!すごい!
私はいいとこ1割だな・・。

だから当たんないのか!(^^;;
by 九子 (2013-11-13 22:16) 

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