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冬の色・・山口百恵 [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

冬が来るとなんとなく、山口百恵のこの歌を思い出す。

彼女の歌にしたら、中ヒット・・というところか。
今聞きなおしてみると、残念ながら少し古い感じがしてしまう。典型的な昭和の歌という感じ。

 

歌が古臭くなるって一体どういうことだろう。

メロディーそのものは、新しいも古いもないのだと思う。
要するに曲を魅力的にするために加えられたアレンジ、つまり編曲という部分が時代の影響をもろに受けていて、特にリズムが今っぽくなかったら、つまり8ビートでなかったりすると、古い感じのする曲と認識されてしまうようだ。

原因はまだ他にもある。
昭和の音楽は、詞を作る人、曲を作る人、曲にアレンジを加える人、歌を歌う人という分業が出来ていたばかりではなく、オーケストラをバックにした大掛かりな演奏形態が用いられていた。
歌謡曲に当たり前のようにピアノやバイオリンの音が乗っかった。
曲というものは、大勢の人々が協力して作って当たり前の時代だったのだと思う。

ところが今や、歌手が自ら作詞作曲をこなすことがほとんどだ。そして、自分のバンドを持って、自ら演奏しながら歌う。シンセサイザーという何種類もの楽器の音を出す便利な機械もある。
そうなるともうオーケストラの出る幕はない。「安近短」でどこの地方公演に行くにしても、トラック一つで身軽に行ける。 

もちろん現代の曲にもオーケストラは使われていて「さすが!オーケストラ!」と思わせる曲もある。

「古典」を意味するクラシック音楽が、オーケストラだけを用いて何百年たってもまったく古さを感じさせず、昭和の楽曲に用いられたたかだか何十年前のオーケストラ演奏の曲に、なんとなく時代を感じてしまう。音楽って不思議だなあとつくづく思う。


「冬の色」を最初に聞いた時、古風な歌詞だと思った。
男によって染められるおんな。変えられるおんな。
九子がいまだに生理的に受け入れられず、読むたびに「ケッ!」と思ってしまう谷崎潤一郎の小説のよう・・。
(彼の夫人が佐藤春夫になびいたのは、よく訳がわかると思うよ。)

♪あなたから許された口紅の色は、からたちの花よりもうすい匂いです。♪
若かった九子はすぐに噛み付いた。「何よ、それ!口紅の色までとやかく言う彼なんて、止めてしまいなさい!」

ところが詞を読み続けるうちにだんだんわかってくる。
彼女は実に、覚悟の出来た女性であることが・・。

実は「覚悟が出来た女」という言い方が、すっと九子の胸によぎったのには理由があった。

こんなふうなことを言った大物作詞家がいたのだ。
それは、あの、阿久悠さんである。

ご自分で作詞された「津軽海峡冬景色」について、「この女は実は性根がすわったところもある。」と説明されていた。
なぜかというと、「女心の未練でしょう。」と言い切って、「女心の未練でしょうか?」と問うていないからだと言う。

阿久悠さんには申し訳ないが、その程度で覚悟が出来ているというのであれば、山口百恵が表現するこの女性は、とんでもない覚悟で恋に臨んでいる。
あなたが死んだら自分も後を追うとまで言っている。

女にここまで言わせて、たじろがない男はいるだろうか?
たとえばロミオとジュリエットのような状況。
すなわち男が生きているのに、女は男が死んでしまったと勘違いして、自ら命を絶ってしまった場合。

ふだん強がってる男ほどいざとなるとおたおたと慌てふためき、我を忘れて騒ぎまわるような気がする。


この曲の作詞は千家和也さんという当時の売れっ子作詞家のものだ。なかにし礼さんに作詞を習った人だという。
今から思うと少々陳腐な感じもするけれど、当時彼は何人もの歌手に詞を提供していて、その数やはんぱじゃなかった。
たまに使い古された表現が散見されても、それは仕方のないことだと思う。

とにかく山口百恵は、覚悟の出来た女性を本当に上手に表現している。

この歌ばかりではない。
彼女のどの歌を見ても、後の彼女自身の人生の覚悟を髣髴(ほうふつ)とさせるような、肝の据わった、度胸のある女性を次々と歌った。

彼女の歌がうまかったのかどうかは正直今でもよくわからない。ただ低い声が安定していて、ぞくっとするほど大人の艶っぽさを感じさせた。

「冬の色」と言ったら、やっぱり雪や氷の「白」だろう。
「白」ほど山口百恵という歌手にぴったりする色はない。

まるでキャンバスのように、自分自身は色を持たずに、いろんな色を鮮やかに映し出した。

年相応な「年頃」というデビュー曲から始まって、いろいろと物議をかもした「ひと夏の経験」、ドキッとする歌詞が並んだ「イミテーションゴールド」、精一杯つっぱった怖げなおねえさんがカッコよかった「playback part2」、嫁ぐ前日を描いたさだまさしの「コスモス」、そして自身の旅立ちを描くかのようだった「いい日旅立ち」や「さよならの向こう側」。

ちょっと考えただけでも、さまざまな歌をさまざまな色に染め上げて、自立した女性をものの見事に歌い切ったのが山口百恵だった。


自立した女性と一言で言うけれど、きっといろんな意味がある。
当時のニュアンスに一番近いのは「自分の考えを持った女性」ということだろう。
大和撫子は男性よりも一歩下がって・・というのが当たり前の時代が長かった。

「冬の色」の歌詞の最後に、

♪あなたなら他の子と 遊んでるとこを 見つけても待つことが 出来る私です♪

というのがある。
こういうのが覚悟なんだと思う。

待つことって難しい。相手にのめりこんでいればいるほど、相手のすべてを自分のものにしたいという欲求が強くなる。

でも、相手が自分を大切に考えてくれていることを強く信じて、相手の時間を、生活を尊重する。

二人の愛に自信がないと待つことは出来ない。ひたすら相手を愛し、相手にも愛されているという自信がないと、すぐに疑心暗鬼になる。

今はやりのストーカーなんかは、きっと相手に愛されている自信はもちろんのこと、自分が相手を愛している自信すらも無いんだろうと思う。

おとなしそうに見えるけど、「冬の色」の彼女、ああいう心境に至るまでには案外修羅場をくぐり抜けているのかも・・。 

 

「覚悟」という字は、よく見ると覚も悟もどちらも「さとり」である。
迷いを脱し、真理を悟ることだと書いてある。
来るべき辛い事態を受け止めて、諦めること。観念する事。という記述もある。

欲張らないこと。どっちも両方じゃなくて、二者択一すること。

何かを捨てることが出来ないと、覚悟のある女には成れないらしい。

 

そして山口百恵は、人気絶頂の頂点で芸能界を捨て去って行った。

 

 

冬の色

作詞:千家和也
作曲:都倉俊一

あなたから許された 口紅の色は
からたちの花よりも 薄い匂いです
くちづけもかわさない 清らかな恋は
人からは不自然に 見えるのでしょうか

いつでもあなたが悲しい時は
私もどこかで泣いてます
恋する気持に疑いなんて
はいれる隙間(すきま)はありません

あなたなら仲のいい 友達にさえも
微笑んで紹介が 出来る私です
 

あなたからいただいた お手紙の中に
さりげない愛情が 感じられました
倖せのほしくない ぜいたくな恋は
世の中にめずらしい ことなのでしょうか

突然あなたが死んだりしたら
私もすぐあと追うでしょう
恋する気持にためらいなんて
感じる時間はありません

あなたなら他の子と 遊んでるとこを
見つけても待つことが 出来る私です


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mu-ran

ぞくっと来れば、歌がうまい、ということだと思います。
by mu-ran (2013-12-26 23:27) 

九子

mu-ranさん、こんにちわ!

なるほど!
心に響くってことですものね!

山口百恵、低音はいいけど高音はどうかなあ?とか考えてたんですが、mu-ranさんに言って頂いて納得しました。

同じ理由でダンシングオールナイトのもんたよしのりさんも、やっぱり歌が上手なんだとわかりました。

さすがです!
ありがとうございました。
by 九子 (2013-12-27 15:13) 

youzi

今年1年ありがとうございました。
来年もよろしくお願いいたします。
よいお年をお迎えください(*^_^*)
by youzi (2013-12-31 22:57) 

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