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世良公則 in 千曲 [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

年をとると、経験を積んで人間が賢くなるとよく言われる。
すべての人が、すべての場合においてそうであるのなら、年をとることはこれほどまでに厭われまい。

だが実際問題として、年をとるということは情けないことだ。
若い頃にはらくらく出来ていたことが出来なくなる。
見かけだって、どんどんみすぼらしくなるばかりだ。

死ぬ瞬間まで若く美しくいられたら、どんなにか良いことだろう。


30代の頃、子供の幼稚園に行くとお母さんたちはみんな九子ぐらいの年齢だった。
だから「○○ちゃんのお母さん、40代なんだって!」とか、「隣のクラスに二十歳のお母さんがいるよ!」というのが話題になった。

あの頃「おばさん」に思えた40代というのを、当時はまったく理解していなかった。50代も、下手したら60代も、同じようにおばさん、おばあさんという感覚だけで見ていた気がする。

自分が40代になって、50代になって、はじめてその年代のことがわかる。
それと同時に、他人の年齢というものをおおよそ的確に言い当てることが出来るようになる。

昔は十羽一絡げで「おばさん」と言ってたご婦人たちが、40代なのか、50代なのか、60代なのか、九子は今では少なくとも30代だった頃よりも、正確にわかる。
もちろん20代か30代かも大抵当たる。

白髪の感じがあの程度だから・・・、首筋の皺が目立つから・・、手のやせ方が若くなさそうだから・・。
ついついそういうところに目が行って、いけない、いけないと思いながら、相手が自分よりも年上か年下か・・を無意識に観察してしまう。

そうして、人の振り見てなんとやら・・・。自分も注意してないといけないなあなどと反省する訳である。


下から上を見上げたって、上の事は良くわからない。
上から下を眺めてはじめて、下のことが良く見えるのだ。(^^;;


そういう「年相応」というのを、見事に裏切ってくれた人がいる。
世良公則。昔見た時はずいぶん年上に思えたけど、九子と同い年だった。


悪いけど、そんなに期待して聴きに行った訳じゃない。


ああ、あの世良さん・・ね。
若い時はセクシーな歌詞とドスの効いた声で、のどに力を込めるようにして歌っていたけれど、あの人、まだ歌ってたんだわあ。
近くだし、何よりホールの記念公演で普段の半値だから行ってみようか・・とM氏に言ったら、M氏もうなずくので行ってみた・・という次第。

要するにあの頃から三十何年経って、「枯れた世良公則」を聴きに行く・・というよりも、見に行くつもりで千曲(ちくま)市のあんずホールに陣取った九子とM氏だったが・・・。


まずはその出で立ちに度肝を抜かれた。

あの頃のまんまの筋肉質な体型に、半そでTシャツ一枚にブルージーンズ。(外は雪が積もってて、みんな冬コートである。)
無駄な脂肪は一切無くてお腹もぺったんこ。Tシャツから覗く二の腕の逞しさが際立っている。
もちろん、ギターを激しく奏でる上腕二頭筋だ。

もしかしたら少し後退してるのかもしれない額はバンダナに隠れてわかんないから、見た目は完璧に30代、いや40代か。


干支が違うので年下かと思ってた桑田佳祐が同学年で、世良公則を「世良君」と呼んでるそうだ。ちょっと違和感があるが、「タメ」だったらねえと納得する。

確かデビューは世良の方が先のはず。九子の旧友が青学に居て「こんど青学から変なバンドがデビューするの。青学の評判が落ちるわ!」と言ってたそれがサザンだったから、九子は良く覚えている。

それにしても世良も桑田もすんごく若い!
九子と同じ年月をいったいどうやって過ごせばあんな風になれるのだろう?


歌い出しの第一音で、九子たちばかりではなく、聴衆は皆、固唾を呑んだはずだ。
「何?この人!この人の上だけ、時は刻むのを忘れて通り過ぎたのかしら? 還暦に近いなんて!恐るべし!世良公則!」

アコースティックギター(九子の目には昔のフォークギターに見えたが)1本の弾き語りで、それから何と!2時間にも及ぶステージを、途中デュオになった数曲もあったが、休憩も取らずに歌いまくったのだ!
驚くべきことにあの頃と同じように、いや、あの頃よりも数段も力強く、数段も美しく、そして数段も魅力的に・・・。


登場の曲は、彼が敬愛するロックの神様、ローリングストーンズの曲だったと言う。
そんなことも知らない聴衆で申し訳ないが(^^;;、どう考えてもちょうど来日中だったローリングストーンズのミックジャガーと比べたって、あなたの方が絶対に若い。

もちろん実年齢で一回りも若いんだから当たり前だが、あと12年経ってミックジャガーと同じ70歳になっても、相変わらずあなたは弦が切れるほどギターを弾き続け、狂おしく歌い続けているはずだ。その時まで筋肉は隆々と保たれ、皺なんか刻まれるひまが無いだろう。

「千曲(ちくま)市っていうのは、千、曲がるって書くんだってね。俺は昔、七つ曲がるって書くとこに勤めてたんだよね。」

若い方々はきょとんとされると思うけど、これは石原裕次郎のオバケ番組「西部警察」に出演していたっていう意味だ。
警察署の名前が七曲署(ななまがりしょ)だった。

申し訳ないが、九子は世良さんが「西部警察」に出ていた事すら、すっかり忘れてしまっていた。「そう・・だっけ?」

それから、そんな昔でもないけれど、犬がお父さんになる(CM)ドラマの、犬のお父さん役をやったのも世良さんだったそうだ。
「それ以来ねえ、子供にも顔覚えられるようになったんだよ。」と満面の笑み。

申し訳ないけど、それもよく覚えていないんです。(^^;;


そう言えば、彼は独身なのか?
女性の場合は、独身で子供を生んでいない女性は、身体の線が崩れず綺麗と言うから、男も独身を通すと、所帯ヤツレしないで若くいられるのかしら?

どうやらそれも違っていた。少なくとも高校で同級生だった女性と結婚して、男の子一人はいるらしい。

生活の匂いをさせたくない人なのだ。
そりゃあ、そうだ!ロッカーだもの・・。( ^-^)


ああ、ここまで九子は世良さんのコンサートの本筋については何も触れずに、見た目が若いことばかりを話題にしている。
この際だから、それを期待して読み始められた方には大変申し訳ないが、コンサートの内容には触れずして、人間若くいられるコツについて少し書いてみようと思う。

その前に、声を大にして言っておこう。

「世良公則は、決してあなたの期待を裏切りません。是非ともコンサートにお出かけ下さい!あなたの世界を変えてくれること請け合いです!
コンサート中も、終わった後も、あなたはこれ以上は無いほどの大きな拍手を、期せずして世良公則に送ってしまっているでしょう。彼の歌に絶賛の拍手を送らないなんて、絶対に出来ないことなのです!」

世良公則は、戦う男であるらしい。それは、若い頃の歌詞を読んでもなんとなくわかるが、一番は彼がロックミュージックという分野をテレビの歌謡番組に取り込んだ功績にあるらしい。

当時は歌番曲とニューミュージックが全盛で、各歌謡番組に、たとえば「ダン池田とニューブリード」のようなバンドが当たり前のように君臨していて、ロックミュージシャンのように自らのバンドを率いて・・というのは大変に嫌がられたそうだ。
それを戦って勝ち取ったのが世良公則という訳らしい。


彼は「世良公則&ツイスト」の頃の歌のほとんどを作詞作曲していた。あの若さで書いたなんて凄い!と思う歌詞がたくさんある。

何より彼が、あの年で、九子がまったく知らないでいた世界にどっぷりと身を沈めて、味わいつくした詞を書いていたという事実に愕然とする。
まあ、男と女の、それもすれっからしと言われる女と、女たらしと言われる男の薄汚れた世界のことなんだけどね・・。(^^;;

要するに彼は若い時には相当な遊び人だったのでは?ということだ。エピキュリアン。快楽主義者。(この前提そのものが違っていたらごめんなさい。)

逆に彼が若い頃のすべての歌詞を想像の世界の中で書いていたのであれば、それはそれでまた凄いということになるのだけれど・・。


それが現在の彼は、ストイック。禁欲そのものに見える。
ロックに身を捧げ、ひたすらおのれの歩む道を追求している求道者のように思う。

極めるべき道を持つ人は強い。その道はきっと、その人の中で終わりが無い。
だからとことん歩み続けられる。死ぬ瞬間がやってくるまで、極めて極めて極めつくす。
それが、アーティスト!芸術家という人々なのだ。

彼の戦う相手は、今や、きっと自分自身の老いて行く肉体だ。
自分の世界を極めつくそうと言う時に、老いや病や死によって行く手を阻まれるのは心外だ。

だから彼は体力や気力を温存しようとする。たぶんジムに行ったり、薬を飲んだりして健康には人一倍気を遣っているに違いない。
毎日毎日ギターを弾き、声を出し、筋肉が細らないように努力も怠らない。

彼の場合、若くあることは目標ではなく、あくまで目的達成のための手段に過ぎない。
自分の道を究める邪魔になるから、「老い」に打ち勝とうとしているに過ぎない。

話はちょっと違うが、九子も長年英語を習ってわかったことがある。英語ばかりを習っていた九子たちの英語は、英語が伝達の手段だったオリンピックアスリートの英語には遠く及ばなかったことを。

大切なのはどうしゃべるかじゃなくて、英語に訳すべきどんな言葉を持っているかということだったのだ。

(って、話が飛びすぎ。(^^;;)

ところが、特に九子も含めた多くの女性たちの場合、若くあることが究極の目標になってしまうことが多くはないか?

「老い」に逆らうことは、自然の理に反している。だからどうやっても抗うことは出来ない。最初から負けは決まっているのだ。
だから神様か仏様かは知らないが、永遠の若さを求めようとする人間たちの奢(おご)りを苦々しく思い、腹を立てられる。

そして時には手痛いしっぺ返しに合わせたりする。

しっぺ返しに合いたくなかったら、あなたがすることは決まっている。

今からでも遅くはないから、あなたが極めたい道は何かと考えること。
どんな事ならこの先何十年、毎日やっても飽きるどころか日々新しい発見があってわくわくするのか、それを今から探しだそう。

そして若くなりたいのはそれを極めるためであると、神仏にすりすりする。(^^;;


それにしても若さを保つのは容易じゃない。毎日の努力!この一言に尽きる。

我が家にも一人、努力の人がいる!
我が家はただ今夫婦二人だけ。九子は努力とは無縁の人間だから、自ずと答えは決まってくる。

日々九子と暮らし、部屋の散らかってるのも、料理が下手なのも、埃が積もってるのも我慢して、時には自ら整理整頓にこれ務め、毎日やるべき事のリストを作り、やった項目には横線を引っぱって、それでも忙しい忙しいと嘆いているM氏である。(これを「ビンボー暇無し」と言う。(^^;;)

不思議なことにこんな努力にも関わらず、彼の頭髪は、より白く、より薄くなるばかり・・・のようである。

どうゆうこと~~?(^^;;(^^;;


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