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彼女の訃報 [<番外 うつ病編>]

湿っぽい話題はウツに紛らわして7月中に書いてしまおうと思いながら、暑さに怠けているうちに、アップする頃はもう8月!という体たらくである。


ずっと気にかかっていることがあった。
でもきっと、九子が考えてることは事実ではない。
それでもついつい、こういう考え方をしてしまう。

これがうつ病の妄想ってやつなのだろうか。(ウツはとっくに治ったと思っているのだが・・。)

小学校の同級生が亡くなった。
同級生で3人目。初めての女性の訃報だった。

彼女は転校生。
たぶん4年生頃からの転入だったと思う。

裕福な家庭の三姉妹の長女だった彼女。二人の妹たちも揃っての転入だった。

九子はどこか彼女に親近感を覚えていた。

彼女も九子みたいにお母さんにみんなやってもらって育ったお嬢さんと言う感じがして、ちょっと不器用でとろそうな感じがするのも似ていると思った。

彼女は大変な読書家で、その上ピアノやエレクトーンが上手だった。
だから音楽会ではよく彼女が伴奏した。


彼女はだけど、二人の妹たちとは似ていなかった。

真ん中の妹も一番下の子も、クラスの男の子たちの噂になるほどの美形で、しかも明るくはつらつとしていた。スポーツも出来てどこにいても目立った。
彼女一人が違う顔立だった。
そのせいなのか、彼女の印象は地味でおとなしかった。

さてこうなってみると、九子は運がよかった。
小さい頃よく親に似ていないとは言われたが、一人っ子だから姉妹と比べられると言う事態は生じない。

九子がいじめられることも無く過ぎたのは、とりあえず九子が優等生だったのと、市会議員だった父親に皆遠慮したのだと思う。

彼女はいじめられていたのだろうか?

今となっては真相はわからない。
何しろ彼女も、いじめた側の彼も、二人とももはやこの世の人ではないのだから・・。


でも結局、みんなより体格が劣る子や、不器用な子や、おとなしい子がいじめの標的になることが多い。
そうだとすると・・・と、九子は考えてしまう。


「小学生って、残酷だよね。」
クラスで一番にいじめられていたTさんはそう言って、当時を振り返った。彼女の訃報を電話で伝えた時のことだ。彼女の訃報を伝えるべき人を、他に思いつかなかった。


彼女とは何度か会って食事をしたり、彼女の妹さんの、もはや趣味の範疇を越えたコンサートに一緒に行った仲だという。

Tさんはその後英語を勉強して、通訳としてバリバリ活躍している。
Tさんの顔には辛い過去を克服して逞しく生きている自信がみなぎる。


その後の彼女の事は、中学でも同じクラスではなかったし、もちろん高校、大学も別だったのでよくわからない。

わかっているのは、彼女が九子と同じく、どう考えても向いているとは思えない理系に進んで、家を継ぐために免許を取ったという事実だ。


結局親御さんの後を継いだのは、彼女ではなくて美人で仕事も出来る妹さんだった。彼女はずっと妹さんの下で働いていた。
しかし実際のところは妹さんに言わせると「姉はほとんど仕事に出てこないで、私が一人働いてるみたいなものなの。」ということだった。


九子は自分の事を考える。九子は薬剤師だから、物言わぬ薬が相手だ。
ただでさえ人の何倍も調剤に時間のかかる九子の事ゆえ、面倒な処方箋の時は「出来たら届けるから・・。」と言えば、出来るのが遅いと文句を言われないで済む。

笠原十兵衛薬局に処方箋を持ち込む人は、ほとんどがご近所さんのみだし、たぶん日本で一番くらいに処方箋の数は少ない。)


これが彼女のような仕事なら、人が相手だし、技術の優劣はすぐにわかるし、やっぱり器用じゃないとやっていられない。
その上、力量の勝る妹といつも較べられ続けて居たら、妹に全て任せて引きこもりたくなるのもよくわかる。

でもよく考えてみると彼女は、10本の指を別々に動かすピアノが上手だったのだから、九子よりはずっと器用だったはずだ。

それでも妹さんには勝てなかったのだと思う。

いったい彼女はそんな日常を何年、何十年続けてきたのだろう。

一度だけ、彼女に手紙を書いたことがある。

「ひきこもっているなら(もちろんストレートにそう書いた訳ではない。)活禅寺で坐禅をしてみませんか?
私、坐禅で気持ちがとっても楽になったの。よかったら朝、車で迎えに行くよ。」

九子が彼女に何かしたのはそれ一度きりだった。

もちろん手紙に書いた事は本気でそう思っていたし、彼女を誘おうとしたのは金輪際うそではない。

だけど、車で彼女を迎えに行って活禅寺に一緒に行くってことは、いつか、またいつかと思ううち、何ヶ月が過ぎ、何年も、そしていつの間にか何十年もが過ぎてしまっていた。
いつも彼女から返事が来なかったことを言い訳にしていた。


一口に何十年と言うけれど、問題はその間彼女がどうやって毎日を過ごしていたかだ。
一日でも心躍る日々が多かったことを願う。

Tさんが言うには、少なくとも彼女がTさんに連絡してきて一緒に食事やコンサートに行った時は、とても明るく楽しそうだったと言う。美人の妹の腕前を誇らしげに語っていたとも聞く。

でもその一方で、彼女にとっては「晩年」(寂しい響きだ。)になるのだろうが、精神的に不安定になって、入退院を繰り返していたとも聞く。


彼女は、未明に亡くなっているのを発見された。
それは連絡が来た一週間も前のことだった。
告別式は近親者によってすでに執り行なわれたという話で、いつもならその後に続くお葬式の連絡はなかった。

しばらくしてから、彼女は仕事場で仕事着で倒れているのを発見されたという情報も入った。
なんだか嘘っぽいと九子は思ってしまった。(本当なのかもしれない。変だと思うのが九子の妄想なのだろう。)

何十年間も引きこもっていた(というのは言い過ぎなのかもしれないが)彼女が社会に接点を持つ機会はそんなに多くは無かっただろう。
それならば、せめてお葬式くらいは、普通に出してあげて欲しかった。

彼女に詫びたい事はたくさんあった。
弔いの場も無いのでは、彼女の写真を見ながら焼香して手を合わせるという行為の中に吐き出したかった胸の思いの行き場が無い。


50年も前、小学校の同じ教室で過ごした彼女と九子。
世間的に見たらずいぶん違ってしまった二人かもしれないが、あの頃はおんなじ悩みやおんなじ不安を共有していたはずだ。
親に言われて大学に行き、家のためと言われて適性もないのに資格も取った。

九子は運に恵まれ、人のいいお婿さんが来てくれて幸せになった。
でも彼女は、生涯独り身だった。


彼女の魂に幸多からんことを!


次回からはまた元気な日記を書きますね。( ^-^)

 ★ここで大事なご報告を!

九子はお盆に彼女のお参りに行き、ご家族とお会いして来ました。その結果、彼女は心筋梗塞による急死であったこと、趣味も、友達も 多く、人生をエンジョイされていたこと。グルメだった彼女が取り寄せていた食材が彼女の死後もたくさん届くと妹さんが笑顔でおっしゃっていました。

 つまり彼女は九子が思っていたイメージとは全く違う人だったのです。 ですから、上の文章は全くの九子の妄想です。でも妄想でよかった!!( ^-^) 

 

 


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