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番外編・・・うつ病あれこれ・・・その11  うつ病患者の家族の方へ [<番外 うつ病編>]

お陰様でここのところ、大分普通に戻りつつあると実感する。

ただ、治ったと思って油断していると、がくんと落ちる日もたまにあったりするので、自分なりに用心している。



薬を飲んでいて本当に良かったと思う。



飲み出してから2回うつが来たが、どちらも軽かった。その上期間も短かった。

薬がない時はいつもほとんど5ヶ月続いていたものが、1~2ヶ月で済む。

これは有難い。



だからもし、うつ病を数回以上やっている人は、薬は予防のために死ぬまで飲むくらいな気持ちで居た方が良いかもしれない。



飲んでいないでひどくなることを思えば、長い間薬を飲み続ける弊害なんて、たかが知れている。



うつ病の時私の場合、人に会いたくなくなる気持が最初から最後まで残りやすいのだが、不思議なもので、特に会いたくない人、特に行きたくない場所というのがあるのだ。



例えば薬局の店頭に立つこと。これは、薬がなかった頃は大変辛かったが、薬を飲んでいる今はそうでもない。



来るものは拒まず・・・とでも言う心境か、割に薬局で人に会うのは平気になった。



不特定多数の人が集まるスーパー等へ買い物に行くのも、別に辛くはない。



うつ病の症状として、「判断力が落ちて、買う物が決まらない」という、主婦にとっては大変困った症状があるが、今はお陰でこれに悩まされることもない。



会いたくない人、行きたくない場所とは、皮肉なことに実は、いつも自分を受け入れて親切にしてくれる人であったり、親しい人が集まる場所であったりする。



例えば、遠くの知らないスーパーには平気で買い物に行けても、小さい頃から私を知っていておまけをしてくれる隣りの八百屋さんに行けない。



知り合いがたくさんいる活禅寺(←ここ)には、当然行けない。



学校の参観日や懇親会・・。やっぱり行きたくない。

今回、若干の行き難さを押して出かけて、症状を悪くした。



こうやって考えてみると、この会いたくない気持の根底には「いつもと違う自分を見透かされる不安」があるような気がする。



「微笑みうつ病」と言われる軽症うつ病がある。

名前の通り、うつ状態で苦しんでいるのに、顔には笑みを浮かべている症状だ。



この心理は、自分もかつてそうであったからよくわかる。

普段と違う自分の様子を、回りの人に悟られたくないのだ。



でも考えてみると、他人はそんなに自分のことに敏感であるはずはないのだ。

家族にもわからない自分のうつ状態が、他人にわかるはずはないのである。



そんなこといくら言われても、頭でどんなにわかっていても、それでも行けない。

うつ病とは、そんなへんてこな病気である。



しかし、こういうことを家族にすらわかってもらうのは難しい。



今まで自分で行っていた隣りの八百屋さんへの買い物を、極力子供達に頼んでいたのだが、そのうち母までが効かない身体を押して行くようになった。



「なんで行くの嫌なの?」と聞かれるが、残念ながらわかってもらえる答えは見つからない。





それから、うつ病患者のイライラも、意外に理解されていないような気がする。

自分の気持を押しこめて押しこめている訳だから、気持の中に暗い負のエネルギーがかなり蓄積されるのだ。



その結果、キレて大声を出して怒鳴ったりする。

そうした自分を患者は内心また責めているものだから、どうか追い討ちをかけて責めるようなことをしないで欲しい。



でも、キレることすら出来なくなったら、これは重篤だ。

だから、うつ病患者の家族の方は、申し訳ないがしばらくの間だけ我慢して頂きたい。



患者本人も、イライラして怒鳴ったからと言って自分を責めずに、「これもうつ病の症状なんだから、そのうち治るから・・。」と思えたら、ずいぶん気分が楽になるかもしれない。



こうして書き連ねてみると、うつ病患者の回りの家族はずいぶん我慢を強いられるものである。本当に大変だが、期間限定の症状なのでご理解頂きたい。



さて、これはあくまでも本来のうつ病患者の場合である。



そうでない場合。例えば、Dr.林のこころと脳の相談室「擬態うつ病」に当てはまるような場合は、断固とした態度が必要とされる。



見分けは精神科の先生にしかつけられないと思うが、「うつ病」と言いながら、趣味や遊びは楽しんでいるなどという場合などは、「擬態うつ病」が疑われる。



精神科に行く暇がないとお嘆きの方は、参考までに是非こちらを御覧になることをお勧めします。





カテゴリー健康・メンタルヘルスから始めていらっしゃたお客様、どうもお越し頂き有難うございました。

いつも明るい「九子のダメ母の証(あかし)日記」を書いております九子ですが、体調不良のためお休みさせて頂いて、しばらくの間このカテゴリーで書かせて頂くつもりです。

以前の日記はほとんど全て、もしかしたらウツ状態にあるあなたがお読みになるには、明る過ぎて不適当だと思います。

本当に元気になられて、明るい話題が欲しくなった時に、覚えておいて読んで頂けたら嬉しいです。

尚、右側マイカテゴリーのアーカイブより「番外 うつ病編」や、「ちょっ暗 ダメ母編」を探していただくと、あなたの今の気分で受け入れ易い日記を読んで頂けると思います。

あなたが一日も早く元気を取り戻されますように・・・・。


タグ:うつ病 Dr.林
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番外編・・うつ病あれこれ・・その10 雅子妃殿下の憂鬱 [<番外 うつ病編>]

雅子妃殿下のお加減が思わしくないと言う報道が流れてからもう久しい。



最初は帯状疱疹との事で、お疲れが出ていらっしゃるのかなあと思っていたら、回復が長引いて、最近は、精神をすり減らして感情の起伏が激しくていらっしゃると言う。

めまいもあり、外国では「うつ病」と報道されているらしい。



その上、愛子様のご様子までいろいろ取り沙汰する週刊誌まであるようで、雅子様も気の休まる暇もなかろうと、本当にお気の毒に思う。



今回、そんなこんなで「宮内庁のホームページ」というのを始めて見た。

ちょっとびっくりしたことには、思っていたよりも開かれていた。



皆さんは、「皇室カレンダー」なるものを見たことがおありだろうか?

天皇ご一家の仲むつましい写真で飾られている。



少なくとも大本山活禅寺(ここ)には、事務所向かいの応接室に毎年このカレンダーがかけられている。



もう1箇所、確か善光寺の御管主様と御上人様のお住まいである大勧進、大本願、それと善光寺事務局でも、見た記憶がある。



こうして見るとこのカレンダーは、大変特別な場所でしか手に入らないものであるらしい。



少なくとも、庶民向きではないって訳ね・・・とずっと長いこと思っていた。



そんな天皇ご一家のご様子が、いとも簡単に、ネットで堂々と拝見できてしまうのである。



もちろん、皇室カメラマンと称する人がそれなりの制約のもとに撮った写真には違いない。



だけど、その気になれば皇太子殿下のブロマイドだって、家庭のプリンターで簡単に出来てしまうのだ。(あっ、ブロマイドなんてもう死語かしら?)



圧巻は、天皇ご一家の御公務の内容を記載した部分だ。



天皇皇后両陛下の御多忙ぶりには、正直驚きを禁じ得ない。



皇太子、皇太子妃も大変だが、失礼ながらあのお年で、何十年も定年もなく、日課のように笑みを浮かべ、淡々と人々に会い、会釈をし、ある時は言葉をかけ、話を聞かれる。



お会いする方は一世一代でも、来る日も来る日も判で押したような毎日が死ぬまで続くと思うと、うつ病にならない方が不思議ってもんだ。



小さな発見もいろいろあった。



天皇、皇太子の成人は18歳で、その他の皇族は20歳。へえ~。



皇室の経済などという項目もあって、しっかり硝子張りなのだ。



英国の、富の大半を保持していると言われる英国王室とは格段の差で、大変つつましく暮らしていらっしゃるということだろう。



英国で思い出したが、英国王室のように離婚される権利はおありなのだろうか・・と、見てみたら、「養子、婚姻の制限」という項目はあるが、離婚に関する記述は一切無い。



それと目を引いたのが、「天皇家に対する名誉毀損や侮辱の罪は,内閣総理大臣が代わって告訴する」という一文。



そうかあ。天皇家は、御自ら名誉毀損で訴える権利もお持ちではないんだなあ。





あ~あ、大変!

下々(しもじも)に生まれた喜びを噛み締めました。( ^-^)



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番外編・・うつ病あれこれ・・その9 Dr.林のうつ病定義 [<番外 うつ病編>]

本日も「Dr.林のこころと脳の相談室」から題材をお借りした。
言うまでも無いことだが、あくまでもこれは朝原九子式解釈に他ならない。

疑問がおありの方は、ご自身で先生のHPを御覧頂き、ご自身の解釈をされて欲しい。

どうしても解けない疑問であったなら、Q&Aに質問を寄せてみられるのも良いかもしれない。しかしその場合には、過去の相談者の質問を良く読み返してみる必要があると思う。たいていのことは過去ログか、サイト内の説明でわかる。

********************************************************************************

Dr.林の精神科Q&Aの331番の質問に、林先生はこんなことを書いておられる。
 
・何のきっかけもなく起きた場合は、うつ病 ・ いいことがきっかけで起きた場合は、うつ病 ・ 悪いこと・悲しいことがきっかけで起きた場合は、わからない ・ いいことがきっかけで良くなった場合は、うつ病ではない

これは林先生ならではの鋭い御指摘のように思う。

たぶんあれっ?と思った方がほとんどだろう。

うつ病って、悲しいことがきっかけで起きるのではないの?
もちろんそういう場合もある。だが悲しいことがきっかけで起きたうつ状態には、うつ病でない場合もあるのだ。

うつ病でない場合というのは、先生が書かれていらっしゃる「擬態うつ病」という一連の病気のことを指すと解釈できる。
 

「擬態うつ病」というのは、林公一先生の造語で、うつ病の範疇に当てはまらないさまざまなうつ状態のことであり、先生も何度も断っていられるように「名前の付け方が紛らわしいかもしれないが、うつ病のふりをしているというものではない。」との事だ。
擬態うつ病と言っても、独特の苦しさがある訳だ。

いいことがきっかけで起きるというのは、たぶんサラリーマンの昇進うつ病みたいな物だと思う。

いいことには必ず不安も付きまとう。たぶんこの不安が引きがねと思えるのだが、表面的には良いことがあってうつ病になるというのは理解され難いかもしれない。

最後の「いい事がきっかけで良くなった場合は、うつ病ではない」は、奥深い。

普通悲しいことがあって気が沈んだ時、その悲しいことが何らかの形で払拭されれば、元気になれると思うだろう。

しかしうつになったきっかけが取り除かれても、一旦うつ病になってしまっていれば、うつ病の症状はすぐには取り除けない。例えば高額の宝くじが当たった!などと言う場合も同様に、一旦発症した症状がそれだけで消えてしまうことは無い。

うつ病というのは、悲しいこと、いいことを引きがねとして、あるいは何の理由も無く、頭の中で何らかの化学物質放出異常が起きてしまっている状態なのだから、それを取り除くのはその異常を治す薬しかないことになる。

ただ、軽い場合は必ずしも上の定義が当てはまらないこともあるかもしれない。
私の場合、前回のうつ病は、次男が大学に合格した時点でかなり軽快したように思う。ただしこの場合、やはり時間の経過がポイントになるかもしれない。発病からほぼ2ヶ月が経っていた時だったので、そろそろ治るべき時に達していたのかもしれない。

そう、うつ病は薬がなくても時間が経てば勝手に治る病気なのだ。
だからと言って治療をしなくても良いと言う事ではもちろん無い。
それが重篤なうつ病の場合、非常に危険なことは言うまでもない。
★ 自分がうつ病であるかどうかを疑っていらっしゃる方は、あくまでも参考程度にお読みください。病気の診断は、精神科医にしか出来ません。自己診断は、大変危険です。

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タグ:うつ病 Dr.林
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番外編・・・うつ病あれこれ・・その8 Dr.林のこころと脳の相談室 [<番外 うつ病編>]

8年前、自分の病気が一体なんなのか、電話相談で言われたようなうつ病なのか、最初の医者が言った通りの神経症性うつ(抑うつ神経症)なのかで揺れ動いていた時、このサイトに出会っていたらたぶんずっと楽になれたに違いないのにと残念に思う。

林公一先生のお名前は、実は今の主治医に出会って、2年半の間に5ヶ月続くうつ状態を4回繰り返すという最悪の状態を、リチウムとルボックスでやっと抜け出すことが出来た直後に買った、別冊宝島の「ココロの薬とつきあう本」で知っていた。

あなたが、本物の「患者」なら・・・というタイトルの先生の記事は、先生にするとずいぶん斜に構えて書いていらっしゃった感じだが、ぞくぞくするほど面白かった。(この記事は先生のサイトで読むことが出来ます。)

その後、「擬態うつ病」という先生の著書を本屋で見つけ、立ち読みしたら面白くてやめられなくなった。

実は精神科医が作っていらっしゃるサイトというのはもちろんここだけではない。

たとえば少し前に話題になった「精神科医がうつ病になった」の著者である泉基樹先生のサイト。こちらにはたぶん最近まで膨大な数の相談が書きこまれる掲示板があったのだが、今はもう無い。

大変残念だが、考えてみると当たり前の事だろう。

サイトを運営していらっしゃるのは友人の大野医師という方だが、泉先生も深く関与されているはずで、真面目な泉先生が病を抱えながら日々の勤務の他に相談にも応じられることがいかに過酷なことか・・・。

代わりに置かれているのはネコ自慢の掲示板だ。( ^-^)

躁うつ病のホームページを管理されていらっしゃるのは加藤忠史先生だ。
(「躁うつ病」で検索するとトップに出るが、「躁鬱病」では次のページに回される)
現在先生は理化学研究所で躁鬱病遺伝子の研究をされていらっしゃる。

これも現時点では薬が限られている躁鬱病に、もっと有効な治療薬が欲しいという先生の願いの表れであると思う。

加藤先生のことも、著書を拝見して知った。
ただサイトにあるエッセイを読ませていただく限り、研究のみではなく診療もしていらっしゃるようだ。

これらのHPはそれぞれに素晴らしいのだが、林公一先生のHPの醍醐味は、相談室と銘打たれているのにふさわしい掲示板「精神科Q&A」の中身だ。

毎月200通にも及ぶ相談のメール全てに目を通され、その各々にではないが、時には似た内容のメールは統合されたりしてそのうちの一割程度をプライバシーに配慮された上で書き直され、掲示板上で回答して下さるそうだ。
そうして出来あがった掲示板の相談件数は、驚く無かれ600件を越えている。

先生の回答のポリシーは「事実を伝える」だ。
これは実は大変厳しいことであるのは、おわかりだろう。
統合失調症の可能性が高いという答えも、随所に出て来る。

それでも尚、先生の相談室を訪ねる人々が後を絶たないのは、先生の回答の詳細な情報と温かい気遣いにあるのではないか。

例えば、もうすぐ赤ちゃんが生まれる女性に、その時は何気ない回答をなさり、半年後無事に赤ちゃんが生まれて落ち着いた頃を見計らってから「実はあなたの病気は統合失調症なのではないかと思います。」と真実を伝えられたり・・。

それに限らず、半年間答えを考えられてからの回答もあるそうだ。

実は今回調子を崩してから、この600件をあらかた読んでしまった。
(皆様に御心配かけておいて、実はこんなことしてました。ごめんなさい。)
こういう言い方は気が引けるが、へたな小説を読むよりよほど面白い。

読み終わる頃には、相談の回答がわかってしまうほど知識が豊富になっていたりするし、時にはびっくりするお答えがあっても、それは先生の深慮によるものであることがすぐにわかる。

とにかく先生はいろいろな事に配慮されている。相談者やその家族、そして主治医の先生。

自分の主治医が林先生のようであったなら・・・とたぶん多くの方々が思っていらっしゃるに違いない。

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番外編・・うつ病あれこれ・・その7 寝逃げが効かない [<番外 うつ病編>]

「寝逃げ」と言う言葉を最初に使ったのは、今は亡き南条あやさんらしい。
17才か18才の女の子が新語を作っってしまうとは、惜しむべき才能だ。

今ではすっかり定着して、ネット検索するとさまざまなサイトが出てくる。

表現として定着してる訳だから、言ってる事はみんな同じ。

つまりウツ状態にある人が、どうしても苦しくて居たたまれない時、睡眠薬の力を借りて、あるいは借りることなしに、眠ることによって辛さを回避しようとする行動だ。

リストカットやらOD(over dose 薬の過剰服用)などの癖がある人にとっては、中では一番害の少ない良法だろう。

元気な時は人一倍良く眠れ、かつ寝ることが大好きな私だが、(もちろん今でも眠れずに困るということは一度もないのだけれど(苦笑))、眠っても寝覚めが悪いのが不満だ。

今でも暇があると(暇がなくても)良く寝ている。
身体がやけに疲れるからという理由と、寝ているのが一番楽だからという理由と、ただただ寝ていたいという理由と、何かする気が起きないからという理由と、ごちゃまぜの結果、要は寝るのだ。

眠っても眠ってもまだ眠れる。
日曜日など、用事が無けりゃああらかた寝ている。

昔、森田療法という神経症を治す訓練法のことを書いた本の中に、最初の数日はただただ寝て過ごすというのがあった。

普通、元気な人なら一日寝てるっていうのは苦しくて出来ないはずだ。
怠け者の私であっても、半日もすると何かすることを見つけてしたくなる。

だから森田療法では、そうやってうつ病患者を、言葉は悪いが炙り出すらしい。(炙り出された者は、森田療法の適応除外者というわけだ。)

一日ただただ寝ていられる時は、人間健康ではないのだ。

寝逃げというのは、私の場合若い頃からの生活の知恵だった。
とにかく、気分転換なるものが下手!

気分が悪い時は、何をしても気分が良くなることは無い。
ただ一つ、寝てしまう事だけが究極の逃げ道だった。

寝て起きると、自然に嫌な気分も抜けていたのだ。

それが、その大事な寝逃げが効かない。
嫌な夢を見て、重苦しい気分で起きる。

もちろんそうでない時もあるのだが・・・。

それがわかっているのに、また性懲りも無く寝てしまうって一体どういうことだろう?(苦笑)

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番外編・・・うつ病あれこれ・・・その6 うつ病とノイローゼ(神経症) ② [<番外 うつ病編>]

岡田式静坐法を治療に取り入れていらっしゃる沼津の横山内科医院 横山慧吾先生との電話のやり取りの中で、こういう話が出た。

「あなたの場合、うつ状態がいつ始まっていつ終わったかがはっきりしているんだね。つまり、自分がいつもと違うのがわかるんだね。それなら、うつ病に間違い無いと思う・・・。」

私の場合は何月何日うつ状態が始まったかまでわかるが、そこまではっきりわからなくても、この頃からなんとなくおかしいとわかるのがどうやらうつ病の特徴らしい。

つまり、いつもの自分と違うというのが大きなポイントになると思う。

最初の先生から言われた神経症性うつ病というのは、抑うつ神経症とも言われ、憂鬱な気分から抜け出せなくて、長い場合は十数年以上も軽いうつ状態を続けるというものだが、これは性格に根ざすものがあるので、抗うつ薬が効き難い事があると言われる。

ただ、うつ病と神経症の見極めは軽症であればあるほど難しいと言われ、長引いて薬で治らないうつ状態を抑うつ神経症と片付けられることも多いということだ。

とにかく最初の先生に神経症性うつ病と言われてショックを受けた私は、本屋と言う本屋を探し回った。自分の症状はいったいなんなのか?

当時はうつ病という病気が世の中に認識されるはしりの頃だったと思う。
本屋の店頭にもその類の本が並びだしていた。

ある日M氏が一冊の本を買って来てくれた。
「九子の、これじゃないかと思うんだけど・・・。」
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それは講談社現代新書の笠原嘉先生著「軽症うつ病」だった。
読んでみたら、ほとんど全ての症状が自分にあてはまった。

それでも医者に言われた診断名を自分で覆すというのは、特にうつ状態にある時は難しい事で、にわかに信じ難かった。

最初の医者がくれた薬が一向に効かなかったのも大きな原因だ。
坑うつ薬が効きだして始めて、自分がうつ病という病気だったのだと納得することが出来た。

ただ、前に言った通りうつ病も何も今は軽症化していて、神経症や他の病気との見極めが付き難いと言われている。

本やネットの知識に惑わされないで、自分一人で悩んでいないで、しっかり医者に行く事が肝心であると思う。

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番外編・・・ うつ病あれこれ・・・その5 うつ病とノイローゼ(神経症) ① [<番外 うつ病編>]

※何人かの方にメールを頂いて、まだお返事出来ないでいます。 ごめんなさい。 昔から、たかがメールですが、結構時間をかけて書く癖がありました。 出来ることが無制限ではない今は、申し訳ありませんが日記の更新や掲示板の書きこみの方を優先させています。 ですから、メールのお返事、もうしばらくお待ちください。 必ずお返事します。



うつ病歴25回というのを聞いて、びっくりされた方もいらっしゃると思う。

でも実は、そのうち20回位は未治療だったのだ。
治療さえ早く始めていたら、こんなばかな回数うつ病を重ねることはなかっただろう。

治療をしなかった理由は、自分がうつ病という病気であるという自覚がなかったからに他ならない。

そもそも最初のうつ状態を経験したのが18才頃で(もしかしたらもう少し早いかもしれないが・・・)、以来毎年のように春になると調子を崩した。

病気の影響か、気分がとても変わり易かった。
自分では一生懸命隠しているつもりだったが、自分の気分の浮き沈みは、見る人が見ると良くわかるらしかった。(当時の心理学の先生に言い当てられた。)

とにかく、自分の気分が一年に一度位ひどく落ちこむのと、毎日の気分の上がり下がりがある事とが、最大の気がかりだった。

もちろん、暗い性格や、親がいないと何ひとつ出来ない未熟さもいやだった。

ところが、それらの全てが座禅によって解決されてしまったのだ。

座禅を知ってから10年間というもの、座禅をしている限り毎日の気分の波にも、毎年の落ちこみにも、無縁の日々が続いた。

いや正確に言うと7年目頃から、一年に一度2ヶ月くらい「座禅が上手に組めない」という症状に陥った。あとから考えると、これが他ならぬうつ状態であったのだが・・・。

私は座禅でノイローゼに勝った!
そう考えて、有頂天だった。

そう、私は長いこと自分の症状をノイローゼとばかり思っていた。

そもそもうつ病という言葉が、こんなにも身近になったのは一体いつ頃からだろう。

少なくても20年前は違った。
Aさんはノイローゼで会社をやめた。Bさんは優等生だったが、このところノイローゼ気味で成績がふるわない。Cさんはノイローゼが昂じて、自殺したらしい・・・。

すべてすべて、ノイローゼという言葉一つで片付けられていた。

ノイローゼというのをそのまま訳すと神経症となる。
現在では、パニック障害、強迫神経症、不安神経症、抑うつ神経症などという言葉がおなじみかもしれない。

いろいろな本で、うつ病という言葉も知ってはいた。
ただ、自分がノイローゼでなくて、うつ病であるという自覚は全く無かった。

うつ病というのは、そもそも死にたくなる病気であると思っていた。
死にたくなるほどひどい状態はそれまで経験したことがなかった。
だから、自分がうつ病であるはずがない。
単純な結論だった。

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番外編・・・うつ病あれこれ・・・その4 うつ病のきっかけ [<番外 うつ病編>]

うつ病のきっかけというのが、そもそもあるのだろうか?



たぶん一番考え易いのが、精神的なショックに見舞われた時に発病するというものだろう。



確かにこの考えは一面では当たっている。

しかし、正解ではない・・・というのが、たぶんうつ病歴25回以上の私の結論である。



たとえば前回のうつ病。この日記の常連の方には耳たこの、息子が推薦入学を蹴ってしまったことが引きがねと思われるうつ状態。



今考えても実にばかばかしい理由だが、うつ病の原因を考えてみるのにはわかりやすい。



次男Sは、勉強嫌いだったがそのくせたまに良い点数を取ってくるので、親としてはなんとなく期待してしまう子だった。



ところが案の定不勉強がたたって、いつまでたっても肝心の点数がぱっとしない。



もうここまで来たら、受験に失敗して三流の私立へ行くよりも、附属校推薦で行けるN大へ進学してくれる方が親としてはあり難い。



運良く推薦を決めるテストでも高得点だったし、本人も「その方が良いかな?」と言っていた時期もあった。



当然N大へ行くと思いこんでいた矢先、「オレ、N大へは行かないことに決めたからね。」発言。

その時にはもう、親の出る幕などなく、彼がN大へ行かない事は最終的に決着していた。



ショックだったが、ここまできたらもう、親として他に言うことはない。

「わかった。頑張んなさいよ。」と言い、息子に夢をかけてみるか・・という気持ちになった。



その後息子の部屋で、模試の結果を見つける。

11月の時点で、すべてE判定。つまり合格可能性10%。

目の前真っ暗な気持ちになる。



期待、落胆、不安。

この三つは、うつ状態が起こる時の大事な要素のような気がする。



もし、この直後にうつ病が起きていたのだとしたら、これらがきっかけの全てであると言えると思うが、実はそうではないのだ。



目の前真っ暗から発症まで、実は2週間の猶予がある。

自分なりに自分の気持ちには少しずつ折り合いをつけていたと思っていた。



その2週間の間に、実はもうひとつ、きっかけとは言わないが、大事なポイントがあるのだ。



それは活禅寺の臘八接心(ろうはちせっしん)だ。



お釈迦様が12月8日にお悟りを開かれたのを記念して、活禅寺では毎年12月1日から8日まで、朝3時半から座禅があるのだ。



つまり朝3時に起きる日が一週間続くのである。

これは、体力の無い私にすると、自分で思っている以上に体力を消耗するものであると思う。



体力の消耗、実はこれがうつ病の発症する大事なポイントなのだ。



実は精神的なショックが全く無いのに、うつ病が起こったことがある。



車に頼る生活を脱却しようと、子供が当時通っていた中学校まで自転車で行った。子供の足なら25分ほどの距離かもしれないが、非力な私は片道40分かかった。

往復して帰って来た時は、ひざがガクガクするほど疲れた。



その翌日だろうか、翌翌日だろうか。今度はやはり片道30分ほどのところへ夜自転車に乗って行った。帰ってきた時は、情けないことに口もきけないほどに疲れ切っていた。



翌朝、嫌な夢で目覚めた。そして、うつ病が始まっていたのを知った。



この体験以来、身体がうんと疲れている時、特別なきっかけもなくうつ病が始まることがあることがわかった。



うつ状態を繰り返したくなかったら、身体を疲れ過ぎないように常に気を付けておくことが大事だ。



うつ病をすると、必ず医者に言われる心構え「頑張らないこと!」は、だから、精神的に頑張らない以上に、肉体的に頑張らないことが重要なのである。



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番外編・・・ウツ病あれこれ・・・その3 医者を選ぶと言うこと② [<番外 うつ病編>]

カウンセラーさんの云う通り、薬を倍にしてもらった途端、うつ状態は嘘のように良くなった。

先生に紹介状を書いて頂き、素晴らしいカウンセラーさんのいらっしゃるその女医先生のところへ通うことになった。

ここで紹介状の事だが、やはり紹介状がないと新しい先生に診て頂けないケースが多いようだ。

逆に言えば、紹介状も無しに転院する患者を診るという医者の中には、いかがわしい医者もいるような気がする。

いかがわしいと思われる医者を実は一人、間接的に知っている。

料金がやたら高いのだ。

たぶん精神科の基本的な料金は、最初の面接の時を除き、先生に受診した時は1600円前後、薬だけの時は700円前後ではあるまいか。(長野市の場合だが・・)

それが、そこでは毎回数千円を請求するというのだ。

医者を代える決意を告げることは、ただでさえいろいろな思いを伝えられないうつ状態の患者にとっては辛いことかもしれない。

しかし、ここは勇気を持って告げるべきだと思う。

紹介状がないと、また同じ薬が使われたりして、時間的にも金銭的にも無駄をする事になる。

医者に対する不満が募っていれば、結構気持ち良く言えたりする。


だから実は、女医先生のところへ伺った時には、うつ状態はすっかり良くなってしまっていた。

最初例のカウンセラーさんが丁寧に対応して下さり、彼女にすべてを話した上で、彼女が書き上げた報告書をもとに、女医先生が診断して下さるという感じだった。

実はT先生のところでは、最初から最後までT先生が話を聞いて下さる。

その時は気づかなかったが、やはり医者がすべてを聞いてくれる方が、自分の言葉が直接伝わるから安心感がある。

「う~ん。そううつ病。うんと軽いけどね・・。」女医先生は事も無げにおっしゃった。

薬が効かない神経症ではなくて、薬の効くうつ病だったか・・という安堵とともに、覚悟は出来ていたつもりだったが、いざ告げられてみるとショックでなかったといえば嘘になる。


出された薬は、以前の先生のところで倍量にしてもらったデジレルだった。
もう今はSSRIに押されて、使う人も少ないだろうが、当時はセロトニン受容体に作用する唯一の薬というので脚光を浴びていた。

これでやっとうつの苦しみから開放されたと思ったが、わずかそれから3ヶ月でまた再発した。

デジレルがもう効かない事はわかっていた。

その時女医先生が出してくれたのが、坑精神薬だった。
なんで?なんで他の坑うつ薬を出してくれないの?

まだSSRIは公式には発売されていなかったとはいえ、ほかに選択肢はいくらでもあるはずだった。

坑精神薬は、まったく効かなかった。
その上、坐禅をするのに邪魔になった。

はじめてお読みの方にはおわかりにならないだろうが、私は自分の生まれつきの、そして生い立ちに由来する情けない未熟な性格を、坐禅によって矯正できたと信じている。

小心であったり、人づきあいに不安感があったり、消極的であったり、意思が弱かったり、何より悲観的で暗い性格だったのが、びくびくおどおどしない、明るい前向きな性格に生まれ変われたのは、ひとえに坐禅のお陰なのだ。

その何より大事な坐禅が、薬を飲んでいると集中して出来なくなってしまう感じがした。

ここでもうひとつ大事なことを言わなければならない。

坐禅は素晴らしいものであるが、うつ病には効かない。

もちろん私の坐禅が未熟であるせいかもしれないのだが、私よりずっと修行を積まれた和尚さんがうつ病になられて「坐禅で少しは楽にはなるが、薬以外はこの病気には効かない。」とおっしゃった事が、何よりの証拠と思う。

「坐禅が良く出来なくなるので、他の坑うつ薬を出してくれませんか?」と切り出す私に、女医先生はこう言った。

「坐禅なんてやめちゃいなさいよ。」
そして、自分の言うことを聞けないのであれば、薬無しにやってごらんと言うのだった。

一ヶ月、薬無しで我慢した。

もちろん家は薬局だから、坑うつ薬を勝手に問屋から取り寄せることは可能だった。トフラニール辺りなら、そこらへんに転がっていた。
今思うと、どうしてそうして勝手に飲まなかったのだろう?

自分で言うのも変だが、やっぱり私は真面目な融通の効かない性格なんだろうと思う。

我慢も限界に来たところで、以前T先生に通ってうつ病が治ったという人から、偶然電話をもらった。
「行ってみたら?T先生のところ・・・」

わらにもすがる思いで電話をかけた。

大学生みたいな感じの若い声の男性が電話に出られた。
カウンセラーさんかしら?

それがなんと、T先生その人だったのだ。

そう言えば、T先生に通う時、女医先生からの紹介状はなかった。
T先生がたまたま電話を取って下さったので、紹介状を頂き難い事情を考慮して下さったのかもしれない。

先生が直接電話口にお出になるということは、Tクリニックでも稀なようだった。
たまたまその日は土曜日の1時過ぎだったと思う。
先生だけがクリニックに残っておられたのかもしれない。
そう言う意味で、私は大変幸運だった。

T先生の対応を見ていると、先生のところへ転院希望の患者があった場合、先生が判断されて以前の先生と同様の治療方針の時は、もとの先生のところへ戻るように患者を諭していらっしゃるようだ。

これは、私も知人をT先生に紹介した時経験した。

それはともかく、ひとしきり話を聞いて下さったあと、「そう言うことなら、なんとか他のやり方がありそうですね。予約入れておきますから、おいで下さい。」と電話を切られた。

T先生の面接は大変効率の良いものだった。初診時のしかも30~40分という時間の間に全てを聞き、肝心のことを聞き逃さない。

これはひとえに先生の経験が生んだ職人技だと思う。

そして私はまだ公式発売の前だったルボックスを、試供品だからとただでもらい、それこそあっという間にうつ病から開放されたのだ。

先生は一緒にリーマスも処方して下さった。
「これはね、あなたのようにうつ病の波が頻繁に来るのを抑える薬なんですよ。塩でもなめてるつもりで、ずっと飲みつづけるのがいいと思います。」

その言葉どおり、T先生に通い始めてから4年半もの間、うつ状態は来なかった。

もちろんそのこと自体が大変嬉しいことであったが、T先生がはじめての面接で言って下さった言葉が忘れられない。

「薬はまだまだたくさんありますから、ひとつひとつためして行きましょう。万が一どれも効かなかったら、その時はまた、坐禅一本でやりましょう。」

ああ、この先生なら必ず私を救って下さると、そう確信した。

カテゴリー健康・メンタルヘルスから始めていらっしゃたお客様、どうもお越し頂き有難うございました。 いつも明るい「九子のダメ母の証(あかし)日記」を書いております九子ですが、体調不良のためお休みさせて頂いて、しばらくの間このカテゴリーで書かせて頂くつもりです。 以前の日記はほとんど全て、もしかしたらウツ状態にあるあなたがお読みになるには、明る過ぎて不適当だと思います。 本当に元気になられて、明るい話題が欲しくなった時に、覚えておいて読んで頂けたら嬉しいです。 あなたが一日も早く元気を取り戻されますように・・・・。
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番外編・・・ウツ病あれこれ・・・その2 医者を選ぶと言うこと① [<番外 うつ病編>]

ごく軽いウツ状態で日記をお休みしていたはずなのに、元気な時より頻繁に日記が更新されるのをいぶかしくお思いであろうか。

これについては、どうしても書きたいので書かせて頂く。

私は今のT先生に出会うまで、医者を2回変わっている。

そこそこ中くらいな規模の町に住み、メンタルクリニックと称する外来患者を扱う精神科の医院が選べる数だけあったということは、幸せなことだったに違いない。

1番大事なことは、医者との相性だと思う。

薬の使い方が上手で、患者の言うことをじっくりと、軽蔑せずに、良く聞いて下さり、最終的な決断を患者にゆだねて下さるT先生のような先生が長野にいらしたことに本当に感謝している。

HPにも書いて、何度も不平を言うのは申し訳無いが、最初診てくださった先生とは、やはり相性が悪かったと言うべきだろう。

その時点で、すでに電話である先生に相談して、「十中八九ウツ病だろう。」という判断を頂いていた私は、これで医者に行けば、薬を貰えて楽になれると信じ込んでいた。

実はそこは、病院とも、メンタルクリニックとも違っていた。

今思うことは、ひょっとしたらそこの施設に、ウツ病を抱えて訪れる人が一体どのくらいいたのだろうと言うことだ。

後から通うことになるメンタルクリニックを標榜する医院では、カウンセラーさん、または受付の看護婦さんが大変訓練されていたように思う。

最初の施設で、ひとしきり女性のカウンセラーさん(だろうか?)に時間をかけて症状を話した。

その時の彼女の対応は、私をひどくがっかりさせた。

「そんなこと、なんでもないじゃない。良くあることよ。」

なんでもない?よくあること?これはじゃあ、わたしの我慢が足りないってことなの?

でも、次に先生がいらっしゃって話しを聞いていただけるというので、気を取り直して待っていた。

別室へ通されて、長いこと話した。家のこと、生い立ち、18才くらいから、毎年のようにウツ状態が来ること。祖母も実は病気だったが、昔のことで薬が無く、祖父が毎年東京へ電気ショックの治療を受けに連れていっていたらしいこと・・。(祖母は本当に気の毒だ。今であれば、私のようにきっと薬で楽になれたであろうに・・。)

そこまで話しても、先生は私の話のある部分だけに興味を持たれたらしい。

「もし一人っ子じゃなかったら、両親がこんなに私を甘やかさずに上手に育ててくれていたら、こんな性格にならずに、もっと楽に生きられたかもしれないと思うことがあります。」

もちろんそれは、その時の本音であった。
重苦しい気持ちに我慢できずに、何とか楽にして欲しかった。

自分がその通り情けない育ち方をしたのは事実だし、話したことに偽りは無い。まさかそれが先生にどんな心象を与えるかなどに、思いをめぐらす余裕など私にはなかった。

今思えば、この一言が先生の全ての判断の基準になったらしかった。

すんなりとウツ病の診断がなされて、薬を貰えて楽になれると考えていた私に、先生はこう言い放った。

「どうもあなたは、ウツ病と言うか、どちらかと言うと神経症性ウツ病とでもいいましょうか。薬はたぶん効かないと思いますが、まあ(気休めに)出しておきましょう。」

あの時のショックを、今でも鮮烈に覚えている。
ウツ病ではないの?薬で楽にはならないの?

へなへなと崩れ落ちそうになるのをようやくこらえた。

確かに先生が出された薬では、いつまで経っても症状は良くならなかった。
最初に言われている以上、もう少し薬を下さいとはとても言い出せなかった。

そもそもウツ状態にあると、ただでさえ思考力が低下する。医者の言うことに反論する事など出来ない。

なんだかんだ言いながら、三ヶ月近くそこへ通った。
行く度に辛くなるので、やっとの思いで2番目に行くことになる先生のところへ電話をしてみた。電話に出られたのは女性のカウンセラーさんだった。

彼女は訓練された立派なカウンセラーだ。
私の話を聞き終わるとこう言われた。

「まあ、それはそれはお辛かったでしょう。今すぐにでも来て頂きたいけれど
今ここは少し混んでいるの。だから、今の先生に、薬を増やしてくださいとお願いしてみて下さいな。ここの名前を出して頂いても結構ですよ。」


「それはそれは、お辛かったでしょう。」

私が求めていた言葉。病気の辛さを受け止め、共感してくれる言葉。
三ヶ月たっても、最初の先生からは言ってもらえなかった言葉。

その一言で、私の背負っている重荷は半分になったような気がした。

・・・・(つづく)


ここで、大事な結論だけを先に言っておきたい。

医者との相性とは、すなわちその医者があなたをどれだけ好意的に見てくれるかと言う事かもしれない。 あなたの話をどれだけ信用して聞いてくれるかということかもしれない。 すべての基本は、信頼関係である。 どんな名医と評判の高い医者であろうと、あなたの人格を否定するような医者は、少なくともあなたにとって名医ではない。 それともうひとつ大事なことは、その医者がうつ病の患者をどれだけたくさん診ているか、すなわち経験があるかどうかということだ。 経験がある医者は、たぶん薬の使い方も上手だ。 ただ、今は薬の種類も数年前に比べたら各段に増えているので、薬の使い方が上手下手という基準で医者を選ぶ必要はないような気もする。 今はやりのメンタルクリニックは、たぶん多くの場合精神科を標榜しているはずだ。 それに対して、心療内科の中には、神経科のみで精神科を標榜していないところもあるやに聞く。 ウツ病を疑うなら、敷居は高くても精神科を受診した方が良いかもしれない。 ただし、大きな大学病院、地域の機関病院などは、却って避けた方が良い。 主治医が転勤のため、短期間に代わってしまう可能性があるからだ。 たくさんの患者が押し寄せるので、一人一人を丁寧に診てくれない恐れもある。 特にウツ病の場合は、じっくりと話を聞いてくれ、信用の出来る医者に出会うまで、患者はドクターショッピングをする権利があると思う。

カテゴリー健康・メンタルヘルスから始めていらっしゃたお客様、どうもお越し頂き有難うございました。 いつも明るい「九子のダメ母の証(あかし)日記」を書いております九子ですが、体調不良のためお休みさせて頂いて、しばらくの間このカテゴリーで書かせて頂くつもりです。 以前の日記はほとんど全て、もしかしたらウツ状態にあるあなたがお読みになるには、明る過ぎて不適当だと思います。 本当に元気になられて、明るい話題が欲しくなった時に、覚えておいて読んで頂けたら嬉しいです。 あなたが一日も早く元気を取り戻されますように・・・・。
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