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猫の話

「犬の話」なら前に書いた。もともと我が家では数年間にわたり犬を飼っていた訳だから、まあ書けて当然かもしれないとは思った。

でも猫が書けるとは思わなかった。(と言いながら、前にも書いてました。(^^;;)

猫というもの、仁義を知らない。
あなたの周りで、犬が突然誰かの家に住み着いたという話を聞いたことがありますか?

犬はたいていペットショップで買ってきたり、誰かに譲り受けたり、せいぜい子供が拾ってきたり・・であって、野良犬であってもその辺はわきまえていて、用事も無いのにずかずかと人の家..

九子

贅沢貧乏・・・森茉莉と「生まれ」

九子が生まれた頃、我が家は今よりずっと裕福で、店を手伝ってくれてた人達も4、5人はいた。

そういう人達の筆頭がきたさんであり、その他の人々も、雲切目薬が復活し、そこそこ有名になって地元のテレビで取り上げられたりしたことがご縁で、またお行き会い出来るようになった。

中には有名な魚沼コシヒカリと同じ水源で作られた美味しいお米を30キロの大入り袋一杯に詰めて毎年送って下さる方も居て、M氏との二人暮らしではそれでほとんど1年間米を買わずにすんでしまうほどだ。

せめてもの恩返しに、お正月くら..

九子

お知らせ  雲切目薬が7/16日(水)発売の「アンアン」に載ります!


「からだにいいもの」という特集です。たぶん最後の方だと思います。1ページ分、ドンと載せて頂けるようです。

またしても九子の強運です。
編集者さんのお友達がたまたま雲切目薬を使っていらして、「これいいよ!」と言って下さったそうで、記事にする旨ファックスとメールを頂きました。


女性週刊誌「アンアン」は九子が学生の頃に創刊された雑誌です。
こんな何十年も経った今でも、まだ現役の女学生に受け入れられ、コンビニには必ず並べられているという事実に、とてもびっくりしました。

特に三男Yにとっては「ア..

九子

「言の葉」について

九子のうちの庭には「タラヨウ」という木がある。ちょっと珍しい名前の木で、植物にもてんで興味の無い九子がその名前を覚えているのが不思議な感じがするのだけれど (^^;;、 その木の名前を教えてくれたのは九子のおじいちゃん、16代の十兵衛さんだった。


16代はとても手が器用だった。達筆だったので、毛筆でさらさらと美しい文字も書けたし、いろいろな物を上手に手作りしていた。

着物の裾をひょいと端折(はしょ)っては、庭の生垣やら、朽ちかけた井戸のふたなんかを新しくコンクリートで作ったりして..

九子

鉄砲撃ちと犬

きたさんは、我が家の歴史の語り部だ。

15歳で奉公に来てくれてから、戦争に行っていた父よりも、お嫁さんに来たよりも、ずっと長い間この家に居続けて、元祖雲切目薬を作ったり、穏やかだったが人使いの荒かった16代十兵衛おじいちゃんや、働き者だったが病気がちだったすゑおばあちゃんの信用も厚く、そしてこの家一番の働き手として我が家を担ってくれていた。

16代十兵衛さんや、すゑさんはもちろんの事、父や、年下だった母の最期の看取りもしてくれた。

きたさんの口癖はいつも、「おれはこのうちと一蓮托..

九子

井形慶子著「イギリス流と日本流 こだわり工房からの贈り物」に書かれなかった母恭子の話

17代笠原十兵衛の妻、出来すぎ母恭子は、きたさんではないが雲切目薬の中興の祖だった。
母が居なかったら、そして母でなかったら、雲切目薬を今まで存続させることは出来なかった。

実家の 高村薬局を継ぐはずが、面食いが災いして父なんかにフラッとなって、苦労するのは目に見えていたはずなのに我が家にお嫁さんに来てくれた。

尤(もっと)も、笠原家に嫁ぐ人間は多かれ少なかれ仲人さんやら人々の噂に惑わされ、古い家だからよほど財産があると思って来るらしいのだが、来て見て噂とは程遠い家の現状に臍(ほぞ..

九子

井形慶子著「イギリス流と日本流 こだわり工房からの贈り物」に書かれなかった祖母すゑさんの話

☆10月の末に発刊された井形慶子さん著「イギリス流と日本流 こだわり工房からの贈り物」という本の中の日本編トップの第7章に「女たちが作った一子相伝の目薬」ということで雲切目薬が取り上げられました。

たまたま九子は軽症ウツの最中でしたので、正式にお知らせするのが遅れてしまい、申し訳ありません。

井形さんは470年、と言っても九子が知るのはわずか100年に満たない雲切目薬の歴史の中で、その肝心肝要なところを上手に取り上げて本にして下さいました。心から感謝申し上げます。

「九子のブログ」..

九子

雪かきあれこれ

堰を切ったように雪が降った。
50センチも積もったように感じたが、8年ぶりだかの30センチだそうだ。
それでも30センチと言えば長靴の丈だ。並みの量ではない。

この位の量が降ると長野市では早朝に除雪車が来て車道の部分の雪だけかいて行く。それは有り難いのだが、それぞれのうちの前に車道の雪が高く積まれる。とりあえずそれを片付けるのが現代の雪かきである。

雪国ならではの雪かきという行事は煩わしい反面、少々楽しくもある。

我が町はまだ50、60代の世帯主が幅を効かせ、雪かたづけも行き届い..

九子

年賀状2011・・・危うし!信州の野沢菜漬け

謹賀新年

昨今の就職氷河期の厳しい状態を見るに付け、二年前に就職を決めた次男と三男の幸運にほっとしたのも束の間、この頃なんだか雲行きが怪しくなって参りました。
それを見て妹達は、「せめて私達くらいはまともに就職してしっかりしなくっちゃ!」
我が家の娘達はかくして女子力をアップさせ、頼り甲斐を増しているようです。

今年はかなり花粉がひどいそうです。
雲切目薬α」を是非一度お試し下さい。
良い年でありますように!

2011年 元旦

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九子

古い店と元祖雲切目薬


本日はまた真面目に本業に戻って(^^;;笠原十兵衛薬局東側に残っている古い店のお話をしようと思います。



当時の「眼界堂笠原十兵衛薬房」は薬局ではありませんでした。

医薬品を扱うには薬剤師の免許=薬局の免許が必要となったのは戦後のことで、1543年以来何百年もの間ずっと我が家は「目薬屋」として代々続いて参りました。



この家は何度も火事で焼けています。明治時代も三度、それ以前も何度か、大抵は大火に巻き込まれて焼けているようです。



今残っている建物は明治24年の善光寺大火でこの辺り一..

九子

勝負師にはなれない


九子の出来すぎ母は腹の据わった人だったときたさんがよく言う。

「あの小さい身体でさあ、ちょこちょこ動いてよく働いて、そうかと思えば出るところへ出れば度胸が良くて堂々としていた。ありゃあ大したもんだった。男に生まれていりゃあどんなに良かったかなあ。」



確かに母は勝気だった。ひるむという事がなかったし、後を振り返る事もなかった。

そして博打好きだった。(^^;;



九子がM氏と結婚して家族が4人になり、車の運転手があらわれて(^^;;あちこち出かけられるようになったことも母の楽しみの一..

九子

モテ男


前回美人やイケメンの話をしたのだけれど、自分で言うのもおかしいが、少なくとも九子から遡って二代目までは美形続きの我が家であった。

祖父16代十兵衛はうりざね顔の穏やかな(少なくとも表向きは(^^;;)人柄で、平安貴族のようだと言って下さった人もあった。「仏の十兵衛」とも言われたけれど、実のところはご想像にお任せする。(^^;;



16代の妻すゑさんはマリーネデートリッヒ似のこれまた美人だからして、三人の息子もまた美形であっても不思議は無い。



だけれども世の中見回してみると、二枚目..

九子

九子のテレビデビュー

またまたお約束を覆すことになりますが、今回は急遽九子が地元のテレビに初出演するお知らせをさせて頂きます。



前回、と言ってももう4年前、父17代笠原十兵衛がまだ健在であった頃、父のお供で出演させてもらうはずだったテレビ取材に、九子の出番は無かった。



今回同じテレビ局がやってる番組で、善光寺灯明祭りを取材がてら界隈の店を紹介してくれるという企画で、ディレクターさんがふいに笠原十兵衛薬局を訪ねてくれた。



火曜日に録画撮りをするというので、九子は大慌てで店の掃除をする。手初めにガラス..
九子

母を亡くす・・・きたさんの昔話

☆このところ2週間ほど、日記のトップページが表示できない不具合があり、大変ご迷惑おかけしました。


こんな時期と重なったのでわざわざどうしたのかとメールを下さった方もあり、ご心配おかけしてしまったこと申し訳なく思っています。


お陰様で私はもうほとんど元通り元気にしています。


どうしてもコメントなしで書きたかった懺悔の部分も終わりましたし、今まで外しておりましたコメント欄を今日から復活させました。


もしよろしければ、また今まで通りコメン..

九子