悲報 [<学校の話、子供たちの話>]
人の死と言うものは、その人が若ければ若いほど、突然であればあるほど、知らせを聞いた人の心に、熱情にも似た興奮を与えるものらしい。
N子の信大附属中学の同級生だった男の子のお母さんが亡くなった。
もうとっくにお蔵入りになっているはずの中学の連絡網を使って、その電話はかかってきた。
「TK君のお母さんが亡くなられて、今日お通夜があります。詳しいことはまだなんにもわからないんです。」
「どうされたのかしら?お若いから癌かなにかかしらね・・。」
TK君のお母さん・・・・。
クラスのお母さんの顔がなかなか覚えられずに困っていた私にも、彼女の姿は鮮烈だった。
いつもクラス懇談会で、担任のN先生相手に手厳しい発言を繰り返していた彼女。
温厚なN先生の表情が一瞬こわばるのを目撃することもあったし、私ばかりではなく、きっとお母さん方全部から「ちょっと怖い人」という印象を持たれていたのがTKさんだった。
言うことも言うが、やるべきことはちゃんとやる人でもあった。
誰もが尻ごみする3年生でのPTAの役を引きうけて、ふれあい委員会の委員長として、煩雑な卒業謝恩会の準備に奔走し、マイクの前で最後の挨拶をしめくくったのが彼女であった。
実は私はその卒業謝恩会で、彼女の隣に座ったのだ。
申し訳無いが、最初彼女が隣と知って、逃げ出したい気持ちになった。
しかし彼女は、話してみるとなんら普通のお母さんと変わらない人であった。
TK君の上に男の子が二人。TK君も名門N高校へ進まれたが、多分一番上のおにいちゃんもN高校で、真中が長男Rと同じNY高だと言っておられたと思う。
教育ママなんだろうな・・・。その時私はそう思ってしまった。
「私、薬を取りにお宅に伺ったことあるのよ。お留守だったけど、おばあちゃんがいらして・・。
ほら、お宅から不用在庫のファックスが流れて、それを分けてもらいに行ったの。
私○○薬局で医療事務やってるの。」
びっくりしたが、たしかに覚えがあった。
長野市薬剤師会では、処方箋薬が変更になったりして不要になった薬を薬剤師会事務局に申し出ると、不要在庫のリスト集としてすべての薬局にファックスで流れる仕組みになっている。
市販の値段より数割安いので、1錠数千円もする抗がん剤なんかは特にすぐに売れてしまう。
売るほうの薬局としても、寝かしていて期限が来てタダになってしまうより、たとえ安くても買ってもらえるのなら有り難い。
○○薬局から、一度だけではあるが確かに注文が来た。
ああ、あの時の・・・。
「うちの弟は医者なのよ。わたしも一応医療に携わってるでしょ。だから息子も一人くらい医者になってくれないかなんて思うことあるけど、どうなることやら・・・。今仕事と、親の介護もあるし、今まで委員会の仕事なんかもあって、われながらよくやってたと思うわよ。」
今の自分に満ち足りている女性の、晴れがましい笑顔がそこにはあった。
あれからたった8ヶ月・・・。
二度目の電話には、さらにびっくりさせられた。
彼女の死因は交通事故死だったのだ。
前夜の事だと言う。
早速地元紙を開いた。
社会面に小さな記事があった。
車が対向車線にはみ出して、対向車と激突。運転していた女性が心臓破裂で死亡とあった。
記事を見る限り、彼女に分が悪い。
疲れていたんだろうか?ふっと眠気に襲われてしまったのだろうか?
こちらは亡くなっているのに、相手の車に対する保障は家族がしなければならないのだろう。
いや、もちろん保険がほとんどをカバーしてくれるではあろうが・・・。
妻を亡くした男が、申し訳なさそうに相手に頭を下げる場面を想像すると切ない思いがする。
ありがち・・・と言うと悪いが、TKさんのご主人はおとなしそうな人だった。
TKさんを中心に回っている家庭が容易に想像できた。
男の子三人はどんな子たちなんだろう?
こんな事でもなかったらきっと聞くことなどなかったであろう三男TK君の性格を、N子に聞いてみた。
「元気いいよ。いつもお母さんと喧嘩してるって言ってた。」
なんだかほっとした。
告別式は二日後だった。
学級代表だったお母さんは出席されるが、あとはご自身の判断で・・と言うことだった。
最後まで迷ったが、結局行けなかった。
人間というものは、最後の最後まで、誰かに向かってメッセージを投げ続けていたいもののようだ。そして出来ることであれば、自分が生きた証(あかし)をなんらかの形で残しておきたいと考えるのではないだろうか?
気風(きっぷ)の良かった彼女の最期は、たとえ望まない形ではあったにせよ、潔く鮮烈であった。
その死によって、彼女の生は、残された者たちに深い印象を与えた。
彼女の性格には、こういう華々しさはむしろ似つかわしい。
賢かった彼女は、もう今ごろ、自分の死すら乗り越えてしまっているような気がする。
「ばかなことやっちゃったけど、子供たちはもうすっかり大きくなったし、私は全然心配していない。
あとは主人や子供たちの、お手並拝見ね。」
こんなことでもなかったら、日記に書く事もなかったかもしれないTKさんの話である。
N子の信大附属中学の同級生だった男の子のお母さんが亡くなった。
もうとっくにお蔵入りになっているはずの中学の連絡網を使って、その電話はかかってきた。
「TK君のお母さんが亡くなられて、今日お通夜があります。詳しいことはまだなんにもわからないんです。」
「どうされたのかしら?お若いから癌かなにかかしらね・・。」
TK君のお母さん・・・・。
クラスのお母さんの顔がなかなか覚えられずに困っていた私にも、彼女の姿は鮮烈だった。
いつもクラス懇談会で、担任のN先生相手に手厳しい発言を繰り返していた彼女。
温厚なN先生の表情が一瞬こわばるのを目撃することもあったし、私ばかりではなく、きっとお母さん方全部から「ちょっと怖い人」という印象を持たれていたのがTKさんだった。
言うことも言うが、やるべきことはちゃんとやる人でもあった。
誰もが尻ごみする3年生でのPTAの役を引きうけて、ふれあい委員会の委員長として、煩雑な卒業謝恩会の準備に奔走し、マイクの前で最後の挨拶をしめくくったのが彼女であった。
実は私はその卒業謝恩会で、彼女の隣に座ったのだ。
申し訳無いが、最初彼女が隣と知って、逃げ出したい気持ちになった。
しかし彼女は、話してみるとなんら普通のお母さんと変わらない人であった。
TK君の上に男の子が二人。TK君も名門N高校へ進まれたが、多分一番上のおにいちゃんもN高校で、真中が長男Rと同じNY高だと言っておられたと思う。
教育ママなんだろうな・・・。その時私はそう思ってしまった。
「私、薬を取りにお宅に伺ったことあるのよ。お留守だったけど、おばあちゃんがいらして・・。
ほら、お宅から不用在庫のファックスが流れて、それを分けてもらいに行ったの。
私○○薬局で医療事務やってるの。」
びっくりしたが、たしかに覚えがあった。
長野市薬剤師会では、処方箋薬が変更になったりして不要になった薬を薬剤師会事務局に申し出ると、不要在庫のリスト集としてすべての薬局にファックスで流れる仕組みになっている。
市販の値段より数割安いので、1錠数千円もする抗がん剤なんかは特にすぐに売れてしまう。
売るほうの薬局としても、寝かしていて期限が来てタダになってしまうより、たとえ安くても買ってもらえるのなら有り難い。
○○薬局から、一度だけではあるが確かに注文が来た。
ああ、あの時の・・・。
「うちの弟は医者なのよ。わたしも一応医療に携わってるでしょ。だから息子も一人くらい医者になってくれないかなんて思うことあるけど、どうなることやら・・・。今仕事と、親の介護もあるし、今まで委員会の仕事なんかもあって、われながらよくやってたと思うわよ。」
今の自分に満ち足りている女性の、晴れがましい笑顔がそこにはあった。
あれからたった8ヶ月・・・。
二度目の電話には、さらにびっくりさせられた。
彼女の死因は交通事故死だったのだ。
前夜の事だと言う。
早速地元紙を開いた。
社会面に小さな記事があった。
車が対向車線にはみ出して、対向車と激突。運転していた女性が心臓破裂で死亡とあった。
記事を見る限り、彼女に分が悪い。
疲れていたんだろうか?ふっと眠気に襲われてしまったのだろうか?
こちらは亡くなっているのに、相手の車に対する保障は家族がしなければならないのだろう。
いや、もちろん保険がほとんどをカバーしてくれるではあろうが・・・。
妻を亡くした男が、申し訳なさそうに相手に頭を下げる場面を想像すると切ない思いがする。
ありがち・・・と言うと悪いが、TKさんのご主人はおとなしそうな人だった。
TKさんを中心に回っている家庭が容易に想像できた。
男の子三人はどんな子たちなんだろう?
こんな事でもなかったらきっと聞くことなどなかったであろう三男TK君の性格を、N子に聞いてみた。
「元気いいよ。いつもお母さんと喧嘩してるって言ってた。」
なんだかほっとした。
告別式は二日後だった。
学級代表だったお母さんは出席されるが、あとはご自身の判断で・・と言うことだった。
最後まで迷ったが、結局行けなかった。
人間というものは、最後の最後まで、誰かに向かってメッセージを投げ続けていたいもののようだ。そして出来ることであれば、自分が生きた証(あかし)をなんらかの形で残しておきたいと考えるのではないだろうか?
気風(きっぷ)の良かった彼女の最期は、たとえ望まない形ではあったにせよ、潔く鮮烈であった。
その死によって、彼女の生は、残された者たちに深い印象を与えた。
彼女の性格には、こういう華々しさはむしろ似つかわしい。
賢かった彼女は、もう今ごろ、自分の死すら乗り越えてしまっているような気がする。
「ばかなことやっちゃったけど、子供たちはもうすっかり大きくなったし、私は全然心配していない。
あとは主人や子供たちの、お手並拝見ね。」
こんなことでもなかったら、日記に書く事もなかったかもしれないTKさんの話である。
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