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漢方薬の不思議  その2 [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]

漢方薬の不思議その1より続く

M氏が漢方薬の効き目に着目したのは偶然だ。だけどいつも抗生物質や痛み止めがイマイチ効かない患者さんたちの治療に困っていて、なんとかならないかとずっと思っていた。

ある日、診療所のM氏から電話があった。虫歯の痛みが何を使っても取れない患者さんがいて困った。漢方で何か効く薬はないかというのだ。
誰でもよく効くことで知られている巷では最強の痛み止めのボルタレン錠でも効かなくてほとほと困っているのだと言う。

九子が行ってた朴庵塾の漢方薬の教科書、すなわち荒木性次(朴庵)先生の「新古方薬嚢」には虫歯の治療に関する記述が載っていた。
不勉強な九子でも知ってた(^^;;たった一つの歯痛の処方が四逆散(しぎゃくさん)だった。
当時ツムラではまだ四逆散のエキス剤は作っていなかったのか、はたまた笠原十兵衛薬局にはどうせなかったかどちらかだった。(^^;;

四逆散というのは、サイコ、カンゾウ、キジツ、シャクヤクを等分にしてすべて細かい細かい散剤、つまり粉に挽いたもののことだ。漢方薬と言う場合、普通は葛根湯などという湯、つまり煎じて作るお茶みたいなものが一般的だから、散がつく剤形はまあ例外に属する。「○○散」という剤形、一番有名なのは婦人薬の当帰芍薬散だろうが、熱を散じる作用が「湯」よりも強いと言われる。

笠原十兵衛薬局にたまたま原料の4生薬は揃っていたがそんな粉挽器が用意してあろうはずもなく、「どうしようか?」と考えあぐねていたところ、M氏が「いいよ。材料全部入れて煎じるように袋に入れて作ってくれ。」と言うので、本来ならば散にするべき生薬をすべて同じ分量はかりにかけて、一日分ずつ煎じ袋に入れて作ってみた。
九子特製「四逆散」ならぬ「四逆湯」である。これを患者さんに煎じてもらおうという寸法らしい。

ところがあら、不思議!このへんてこ「四逆湯」がものすごく効いちゃったそうなのだ。
虫歯が痛くて痛くて、痛み止めも抗生物質も受け付けずに困ってた患者さんが、この一包で楽になっちゃったというんだから驚きだ!

そんなこんながあって、M氏の漢方薬への熱の入れようは並大抵ではなくなった。
やっぱり苦しんでる患者さんを目の前にしてるM氏は強い!
九子みたいに腕をふるおうったって誰も来ない薬局じゃあ、腕の奮いようがない!(^^;;

以降M氏は年間20万円くらいの講義のために毎月一度は上京するようになった。
実はそれまで九子がその講義を受けていた。なんという無駄な出費であったことか!(^^;;

M氏の努力はすごかった。聴いた講義はすべてテープに録音し、誰かさんみたいにそれを仕舞いっ放しの埃まみれにせず(^^;;、一回分6時間ほどのテープを起こして一字一句間違いなくノートに書き写す。その手間だけでも膨大だ。九子なんかじゃ1時間だって続かない。

いつもはツムラのエキス顆粒ばかり使っているM氏だが、煎じ薬の効き目には一目置いている。
例の話の「四逆散」改め「四逆湯」の患者さんほどピタリと痛みが止まった例は、あれ以来ないのだそうだ。
「同じ四逆散でもツムラのエキスじゃあ、やっぱりああはいかないんだなあ。」というのがM氏の率直なる感想である。

四逆散以外では、エキス剤は案外健闘しているようだ。
歯肉が腫れた時の八味丸、神経質で夜眠れない人の歯軋りや歯槽膿漏には柴胡桂枝乾姜湯、四逆散よりも熱がひどくない感じの腫れには排膿散及湯などなど。

すべてツムラ一日分か二日分で効かせているという。
一日分か二日分。一日分は150円を頑として崩さないM氏である。(150円じゃ絶対足出てるよ。)

それに漢方薬ってあんまり早く効いちゃうと儲からないのよネエ。(^^;;

以前藤本先生が話されていたが、荒木性次先生の一番弟子に愛川先生という先生が居て、この人はものすごく的確に処方を選ぶ名人だったそうだ。ところがあんまり上手すぎてみんな一日か二日で治ってしまうので、愛川先生の家はいつも貧乏だったそうな。
愛川先生のお子さんは、貧乏が嫌で医者になられたと伺った。( ^-^)


この間「科捜研の女」を見ていたら、陰陽五行説に従って事件が起こると言うのをやっていた。
そこに出てきた五行の図式が、漢方薬の講義で使うのとほとんど同じだった。

まず頂点を木として、時計回りに火、土、金、水の順で5角形を描く。
ああ、この図が判りやすい!
頂点の木は肝をあらわす。まあ肝臓と思えばいい。火は心、つまり心臓。これは休むことなく死ぬまで動き続ける臓器だから火に喩えられるのも頷ける。次が土で脾胃をあらわす。胃と消化器官一般ということか。大地が養分を蓄える如くに、消化器官である胃腸は身体に養分を与えるという意味だと思う。
次が金で肺または肺臓。これはちょっとわかり難いかも知れない。最後が水で腎または腎臓。腎にはエネルギーの源と言う意味もあり、副腎も含まれる。腎臓が水というのは判りやすいと思う。

つまり人体の5つの臓器をこの図に当てはめて、季節や食べ物や味やいろいろな影響と絡み合わせてその働きを示している。

たとえば春は木が旺する(盛んになる)時期であるから、肝臓の働きが旺盛になる。
黒い矢印が対角線の土に向かって走っているが、これが大変重要な意味を持つ。
木が旺すると、土を傷める。この関係を相剋と言って、ある臓器の働きが強すぎると別の臓器の働きを傷つけると漢方では考える。

さっき歯肉が腫れた時に八味丸を使うと言ったが、これは本当によく効くらしい。
そしてこれが効く理論が、この五行説によってしかうまく説明が出来ないのだ。


表のとおりにそれぞれの臓器に春夏秋冬が割り当てられているけれど、土に当てはめられているのは季節ではなく土用である。

土用と言うのは季節と季節の変わり目の18日間の事で、一年間に5回ある。
一番有名な土用がうなぎを食べることで有名な夏の土用だ。

この土用の時期というのは、不思議に歯を張らして歯医者を訪れる人がめっきり増えるのだそうだ。土のところに肌肉という文字も見えるはずだが、歯の歯肉と考えるとわかりやすいと思う。

本当にこればかりは不思議なのだけれど、「やけに患者さんが歯を腫らして来るなあ。」と思ってカレンダーを見ると「ああ、そうか。今日から土用だ。」ということになるんだそうだ。

土用の時期は土が旺する時期だから、脾胃が強くなりすぎて腎を剋す、つまり腎の働きが弱くなる。だから腎の働きを良くする八味丸を飲むと、歯肉を腫らしてる熱が取れて良くなる・・・っていう事らしい。

八味丸というのはもちろん夜間排尿や残尿感を取る薬として有名だ。普通に考えても八味丸が歯の腫れ止めになるなんてちょっと信じられない。

もちろんよくなりさえすれば理由などどうでもいいのかもしれないが、何千年も前の五行の理論でしか説明のつかない漢方薬の効き方があるというのははなはだ不思議な気がするし、漢方薬って奥深いものだなあと思わせられる。

 

夏の終わりに、九子は久しぶりで庭の草取りをしていた。ああやらなくちゃなあと思っていると梅雨になり、そのうち梅雨が明けて暑くなり、そのうち子供達が帰ってきて忙しくなり、そのうちお盆がやって来て、結局何ヶ月も経ってしまった。(^^;;

10分かそこいらやったところで珍しくM氏の大きな声がした。
「九子、何やってるんだ!だめだよ。今は土用だから、土なんていじると土が荒れるから、草取りなんかダメだ!」

なんでも土用に草取りは禁物らしい。
非科学的な理由だなあとは思ったが、怠け者の九子はやらないですむとなれば理由はどうあれ大歓迎である。

九子んちの庭はそんな訳で、もう長い間草が生え放題になっている。(^^;;(^^;;


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mu-ran

土用という言葉は
数年前に知りました。
今ちょうど土用の真っ只中ですが
そういう自然の摂理にならった生き方を
日本人が生き繋いできたことに
本当に敬意を表さなければなりませんね。

自然という言葉は
ネイチャーと呼ばずにUniverseと呼んだりしますよね。

座禅だったり、漢方だったり
そういう東洋人の世界観は
自然と拮抗するのでなく
自然の営みに寄り添うのでもなく
自然を自分の中に観る感覚なんでしょうかね。
なんだかそんなことをお話を読んで感じました。
by mu-ran (2010-10-24 23:02) 

九子

Muranさん、すみません。コメントを見逃していたのに今気が付きました。
遅ればせながらお返事させて頂きます。

>座禅だったり、漢方だったり
そういう東洋人の世界観は
自然と拮抗するのでなく
自然の営みに寄り添うのでもなく
自然を自分の中に観る感覚なんでしょうかね。

さすが!Muranさん。鋭い御指摘だと思います。

漢方の五行説でも、五臓六腑は自然の季節や事象や、方角やありとあらゆるものに関連付けられますよね。

ちょっと関係ないかもしれませんが、坐禅には「入我我入」と言う言葉があって、これは仏様が自分の中に入ってきて一体になる様子を表すとされています。

自然を自分の中に観る感覚とは、まさにその通りだと思います。

それにしても普通の方は御存じない「土用」をちゃんと知っていらっしゃるMuranさんは、タダモノではないですね。( ^-^)
by 九子 (2012-04-07 22:13) 

Muran

漢方の五行説のお話で、方位や内臓の配列などが
五行に記されるということですが、
中国古代に置き薬という処方があり
薬の処方が、「飲む」ことにあらず
そのしかるべき方位に「置く」ことにあるということを知り
ますます驚きました。
by Muran (2012-04-14 18:06) 

九子

Muranさん、こんばんわ。( ^-^)

置き薬ですか?ぜんぜん知りませんでした。
富山の置き薬、すなわち配置販売の薬以外に、中国にそんな薬があるんですか!

しかるべき方位に「置く」
なんか、除霊のために置くお清めの盛塩みたいですね。
もしかしたら「そういうもののルーツなのかもしれませんえ。

それにしてもそんな知識を、Muranさんはいったいどこから仕入れるのでしょう?
いろいろな分野に網の目のようにアンテナを張っていらっしゃるのでしょうね。( ^-^)
by 九子 (2012-04-15 22:35) 

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