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コンプレックス [<学校の話、子供たちの話>]

前回の日記ではないが、九子のコンプレックスはちょっとしたものである。(^^;

そもそもコンプレックスとは、劣等感のことだと思っていらっしゃるむきも多いようだし、九子もそういう意味で書いた訳だが、実際は違う。



かく言う九子も、大学生になるまでその違いを知らなかった。



九子は大学時代、二つの部をかけもちしていた。

植物部(えっ?お花枯らす名人なのに?(^^;)と心理部だ。

・・・・ってことは、どっちもいいかげんにやってたって意味だ。(^^;(関係者の皆さん、ごめんなさ~い。)





心理部は、自分の気分が安定しないのに悩んでいた頃だったから、わりに興味はあった。



普段は、部室がトランプゲーム場と化していたのだが、さすがに学園祭が近づいて来ると発表らしきものもせねばならず、そこで、ユングの無意識論が取り上げられた。



これからの話は、九子が訳知り顔で話す話だから、例によって100%信じてしまわずに、ご自分でちゃんと確かめて頂く方が良い。(^^;



ユングはたぶん、先生に当たるフロイドとともに、無意識というものに光を当てた最初の心理学者だ。

彼はまた、東洋思想(禅にも!)に対して大きな興味を抱いていた。



彼は、人間の脳の中には意識をつかさどる領域の下に、海の下に隠れている氷山の様に、巨大な無意識の領域があって、その無意識が、意識に対して多大な影響力を持っていると考えた。



確かに、仏教で言うところの「唯識(ゆいしき)論」に似ている。

唯識では、人間の脳の奥底にある阿頼耶識(あらやしき)には、何回も何回も生まれ変わり死に変わりしながら輪廻転生を重ねて来た記憶がすべて、蓄積されていると考えられている。



コンプレックスというのは、もともと英語で「複合体」という意味だ。だからコンプレックスの正しい訳は、心的複合体となる。

さらに言えば
"feeling toned complex"
つまり「感情に色づけられた心的複合体」というのが、一番正しい言い方だそうだ。



たとえばあなたには、どうしてもウマが合わない苦手な相手というのがいないだろうか?



その人が言うことなすこと、どうにも訳がわからないのだけれど、気に障る。

他の人が同じ事を言ったりやったりした時はどうってことないのに、あの人がするとどうしてこうムカツクんだろう。



そんな時、あなたの無意識の中でうごめいているのが、コンプレックスなのである。



何度も例に引いて恐縮だが(^^;、九子が名門「N高校」の前を通ったり、うちの息子「N高校」に行ってるんザアマス・・とか言う言葉に反応して、ムム!っと思う時、このムム!っと九子に思わせてるエネルギーも、無意識の中にあるさまざまなコンプレックス、つまり心的複合体なのである。



この場合、言うまでも無くというか、言いたくないがというか(^^;、九子にムムっと感じさせている正体は、劣等感そのものであるからして、この場合のコンプレックスの事を劣等感コンプレックスと言う。



そう。だから比較の対象に応じて、反対に優越感コンプレックスだってあるって訳だ。

有名なところではマザーコンプレックス、ファザーコンプレックス、男性が陥りがちな権威コンプレックスなどなど、さまざまなコンプレックスが形成される。



つまり、コンプレックスとは「ある対象について、いつでも同様に、理由無く湧きあがって来る、快、不快の感情のもとになるもの」とでも言ったらよいだろうか。



「あの人のこと生理的に受け入れられないわ。」とか、「本能的に嫌い!虫酸が走るわ。」などと思う誰かがいた場合、たぶんあなたの中のコンプレックスが少なからず関与しているというわけである。



そう思いながら世の中を見回してみると、結構面白い発見がある。



たとえば・・・。



父が入院する前の九子。

父の言うことは一々気に触った。



特に嫌だったのは、なんでも自分でやらずに人に頼むことだ。

まあ、オエライさんを長年やっていて、「ちょっとお願い!」と言えば駆けつけてくれる職員さんに囲まれていたから・・と言えばその通りなのだが、忙しい時に限って用事を言いつけられるのにはイラついた。



その上、人を待たせることは全く平気で、そのくせ自分が待つ側に回ると数分も待っていられない。



そんな時、九子はいつもこれみよがしにこう言ってやるのだった。

「パパってさあ、自分の時間だけはかけがえがなくて、回りの人の時間は無限にあって、貴重でもなんでも無いって考えてるわけね。」



こういう場面が日常茶飯事のごとく起きていたわけだから、九子だってたまには悪いかなあと思う事だってあった。でも、言葉が勝手に口から飛びだして、止める事が出来なかった訳なのだ。



同じ事を母がやっても、これほどでは無かったと思う。



ただ、「活禅寺(←ここ)で修行積んでても(はあ~?修行~?あの程度で~?(^^;)、こんなことやってたらきっとバチがあたるわね。」と、心の中ではぬかづいていた九子であった。



そう。この場合の「一々気に触る」「言葉が勝手に口から飛びだして来る」等がポイントである。



つまり、九子の中の無意識の中にあるもやもやとした複合体が意識に働きかけて、イライラさせ、かっとさせ、平常心を失わせていたのである。

すなわち意思の力でコントロールし難い感情なのである。(それじゃあ仕方ないわねえ。(^^;)



ではこれは何コンプレックスなのだろうか?



そういう言葉はたぶん(絶対!(^^;)心理学用語に無いはずだが、似たものコンプレックスとでも言おうか。



父の、他人に頼って、自分では何もやろうとしない姿は、実に!九子が長い間母に頼っていた姿に重なる訳である。

そう言う自分に負い目を感じるわけだから、父を見ながら、実は自分の姿を見せられてるようで、常に不愉快な感情が湧き上がってしまうのである。



まあ奥底にあるのは、自分のことすら自分で良く出来ないという劣等感にほかならないわけであるが・・・。(^^;



ただ、父の入院後、このイライラ感は嘘のように軽減された。

父が本当に足が効かなくなって、自分のことを自分で出来なくなってしまったせいだと思う。

人を頼って当たり前の状況が生まれたからだと思う。



まあこれは、コンプレックスが状況によってうまい具合に克服された例になるんだろうと思う。

この場合、心的複合体の持つエネルギーが小さくなったと考えられる。



そのほか、「胸が無い」ってのも長年の悩みであったのだが、ようやくここに来て克服されつつある・・(かな?)(^^;



まあ、年齢的に悟りの境地に達したってこともあるけど、こういうのは、臆面も無く、言ったり書いたりするうちにだんだんどうってこと無くなってくるような・・・(^^;



これは、心的複合体のエネルギーを小出しにすることによって、爆発を防ぐってことになるんだと思う。



今日もM子が三男Y相手に、口角泡を飛ばして言い争いをしている。

ウマが合わない二人には、きっと共通する何かがあるのだろう。

それを認めたくなくて、でも無意識のエネルギーに突き動かされて、引き金を引き合っている二人。ク・ク・ク・。(^^;



コンプレックスの何たるかを知ってると、多分あなたの感情を冷静に判断するよすがになる。



そしてまた、あなたの回りの誰かの行動を、的確に分析するのに役立つかもよ~ん。( ^-^)



いつもいかにも正しそうな顔して間違ったことを言うのは、(M氏と同じ・・・いやいや(^^;)九子の悪い癖ですので、一応「ユング」「無意識」「コンプレックス」等のキーワードで調べてみて頂く事をお薦めします。
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