ディズニーランド [<薬のこと、ダメ薬剤師のこと、家のこと>]
連休まっさかりの今ごろは、ディズニーランド混んでるんだろうなあ。
九子には、とてもリッチな親戚がいる。東京の一等地に住み、貸しビル業を営んでいる。
そう、「父、その後」や「長男R」に出てきたあのCさんである。
Cさんは16代十兵衛、つまり九子の祖父の弟の一人娘である。
つまり父の従兄弟に当たる。
祖父の弟のKおじさんは、変わった経歴の持ち主だ。
弁護士になって横浜の大きなお宅の養子に入り、3児をもうけるが、お姑さんとウマが合わなくて家を飛びだし、東京の焼け野原でホテル業を始めた。
皇居に程近い場所だったから、結構繁盛していたと思う。
夢を求める冒険家で、沈没船から金貨を引き上げた話も残っている。
九子が物心付いた時のKおじさんは、もう右半身が不自由で、歩く時はいつもステッキを突き、右手は効かないから、左手に持ったフォークで上手にそばをすすっていた姿を良く覚えている。
その動かない右足を支えるように、腕組みし、いつも一緒に歩いていたのがCさんだった。
再婚のYおばさんとの間に遅くなってから出来た一人娘だから、おじさんはCさんをことのほか可愛がっていた。
実際Cさんは、目の大きな、浅丘ルリ子似の美人だ。(若い方々、おわかりかなあ?(^^;)
Kおじさんは、亡くなる直前にホテルを取り壊して貸しビルを建てた。
先を見る目の長けた人だった。
Cさんは、おじさんに似て太っ腹だ。
贅沢に育った人だから、お金にあんまり執着しないで、友人や親戚を大事にしてくれる。
そのCさんが、ディズニーランドから程よい距離に大きな別荘を持っていて、九子一家に自由に使わせてくれるのだ。
何しろこの大所帯だ。
交通費はワンボックスカーにぎゅうぎゅうに詰めこんで行くからまあ良いとしても(^^;、ホテルに泊まってたら大変な出費になる。
あ~、持つべきものはリッチな親戚!( ^-^)
だから、うちの子供たちは幸せである。たぶんずいぶん長い間、年に2回くらいは別荘に泊めさせてもらってディズニーランドへ行っていた。
ひょとしたら、クラスで一番位に、ディズニーランドに行っていたんじゃないかなあ。
子供達にはしかも、「日記」という難題がある。
子供なんて、みんな言葉足らずだ。
しかもうちの子供達は、
「今日はT市にある別荘へ行きました。そこからディズニーランドへ行きました。」位の情けない文章しか書けないやつらだから(^^;、きっと先生方は誤解していらっしゃったと思う。
「さすが17代続く九子さんちは、別荘もあって優雅なんだな。」
あんがいこう言うところから、九子家リッチ伝説がうまれているのかもね。(^^;
M氏もこの伝説に惑わされた可哀想な一人だ。
仲人さんから「Mちゃん、行けば左うちわで暮らせるわよ。何しろお金がある家なんだから・・・。」と言われたそうだ。
来てみて、ずいぶん話が違う!とジダンダ踏んでも後の祭りである。
まあ、仲人さんもリッチ伝説に騙されていたのかもね。(^^;
夕方、そのM氏が仕事を終えて帰ってきてから、みんなで出かけるのが常であった。
M氏が運転中、後部座席でみんなスヤスヤ。
働き詰めのM氏は、考えてみれば気の毒なもんだ。
左うちわのはずが、このこき使われようだ・・・。(^^;
初めは九子が助手席に乗ったが、助手席でスヤスヤされるくらい嫌なことはないそうで(^^;、そのうち長男R次男S三男Yが順繰りに助手席係をつとめ、近年はもっぱら三男Yが役目を担っていた。
三男Yは、決して眠らず、最後までM氏の話し相手を勤めた。たいしたもんだねえ。
(そりゃあそうだ。行く前ずっと寝てるんだから・・・。(^^;)
以前九子は動物番組を見ていて、きりんというのは逃げるとなると後先考えず、自分の心臓が破裂するまで走ってしまうと言うのを聞いて感心した。
三男Yを見ていると、なんだかきりんを連想する。
瞬発力はあるのだが、もともとのエネルギーは不足のようで、学校から帰るととすぐに疲れて寝てしまう。一旦起きたその後は、夜中の3時頃まで起きている。
それが学校の勉強に響かないわけがない。
心臓はともかく、脳味噌のキャパシティ(capacity)位は考えて欲しい。(^^;
そして、深夜に別荘にたどり着き、次の日は遅くまで寝ていて、近間で買い物などして過ごす。
たいていその翌日か、翌々日がディズニーランドの日なのである。
ところで皆さん、ディズニーランドには「長野県の日」というのがあるのをご存知だろうか?
どういうサービスがあるかどうかは定かでないが、これは長野県独特の休日の取り方による。
昔のいわゆる農繁休業とか農閑休業とかに端を発したものと思われるが、要するに学校の夏休みと正月休みの間、正月休みと春休みの間、春休みと夏休みの間に、中間休みとか寒中休みとかの短い休みがあるのだ。
長野県の学校の夏休みの少なさは際立っているが、それを埋め合わすための措置と言えなくも無い。
日本中の子供達が学校へ行っているあいだ、休みになった長野の子ども達は大いばりでディズニーランドへ行けるってわけだ。
それはともかく、子供が小さかったうちは、必要に迫られて、絶叫マシーンにも目をつむって乗った(^^;九子であったが、ここんとこ、とんとご無沙汰している。
入園券のみで、ベンチで読書していたり、それもせいぜい30分もすれば疲れてお昼寝したり・・・。
まさか!いくらなんだって、ベンチに横になったりはしない。
外から見て品良く見える居眠りの方法を研究したりしていたのだ。(^^;
そうやって、ディズニーランド大好き人間からみたらあるまじき行いをずっとして来た。
ディズニーランドに不満があるとすれば、食べ物が高いことだ。
一人抜け二人抜けしていたとはいえ、三男Y、N子、M子、そしてM氏と九子なら、しっかり食べれば夕食はどう頑張ってもみんなで1万円は下らない。
あれはN子が小学校の低学年の頃だったろうか。
当時から、うちの経済を本気で考えてくれていたしっかり者のN子は、レストランへ行っても、いつも一番安いものを頼む健気な娘だった。
その日は確か、バイキングスタイルで、好きなものを選んでトレイに乗せて持っていって会計をするというお店に入った。
末娘のM子は、大好きなものばかり一杯のっけた。
そしてN子は・・・・・。
トレイの上に乗ってたのは、わずか二皿。
その組み合わせがニクイ!
すいか一切れとごはん一皿。(^^;
目にも鮮やかな真っ赤なすいかと真っ白なごはんの組み合わせ・・・。
日の丸弁当ってのはあるけど、これじゃなかったよねえ。
ごくりとつばを呑み込んでから、九子は聞いた。
(いや、食べたかったからでは断じてない。そんなもん、誰が夕食に食べたいもんか。(^^; 言うなりゃ、固唾を飲んだわけ。)
「N子ちゃん、それで夕食いいの?」
「うん。だって、すいかもごはんも大好きなんだもん。」
以来彼女は、「ごはんのソムリエ」を自称するごはん大好き人間だ。
ソムリエったって、所詮生まれついた場所が悪かった。(^^;
一口で新潟魚沼産こしひかりとその他県産こしひかりがわかるというソムリエではない。
きのうのごはんと炊きたてごはんの違いがわかる。
堅めのごはんが好きだから、おばあちゃんが自分のためだけに炊いている柔らかい新潟産こしひかりより、みんなが食べてるブレンド(ブランドではない)米の方が美味しい!という程度のソムリエである。(^^;
可愛かったN子は、長ずるに及んで健気さが半減した。
そのN子がポツリ・・・。
「あの時の白ごはんとすいか!今でも覚えてる・・・。
がまんして食べたけど、ちょーまずかった!!」
健気さは半減したが、一応舌の感覚はまともになったみたいである。(^^;
九子には、とてもリッチな親戚がいる。東京の一等地に住み、貸しビル業を営んでいる。
そう、「父、その後」や「長男R」に出てきたあのCさんである。
Cさんは16代十兵衛、つまり九子の祖父の弟の一人娘である。
つまり父の従兄弟に当たる。
祖父の弟のKおじさんは、変わった経歴の持ち主だ。
弁護士になって横浜の大きなお宅の養子に入り、3児をもうけるが、お姑さんとウマが合わなくて家を飛びだし、東京の焼け野原でホテル業を始めた。
皇居に程近い場所だったから、結構繁盛していたと思う。
夢を求める冒険家で、沈没船から金貨を引き上げた話も残っている。
九子が物心付いた時のKおじさんは、もう右半身が不自由で、歩く時はいつもステッキを突き、右手は効かないから、左手に持ったフォークで上手にそばをすすっていた姿を良く覚えている。
その動かない右足を支えるように、腕組みし、いつも一緒に歩いていたのがCさんだった。
再婚のYおばさんとの間に遅くなってから出来た一人娘だから、おじさんはCさんをことのほか可愛がっていた。
実際Cさんは、目の大きな、浅丘ルリ子似の美人だ。(若い方々、おわかりかなあ?(^^;)
Kおじさんは、亡くなる直前にホテルを取り壊して貸しビルを建てた。
先を見る目の長けた人だった。
Cさんは、おじさんに似て太っ腹だ。
贅沢に育った人だから、お金にあんまり執着しないで、友人や親戚を大事にしてくれる。
そのCさんが、ディズニーランドから程よい距離に大きな別荘を持っていて、九子一家に自由に使わせてくれるのだ。
何しろこの大所帯だ。
交通費はワンボックスカーにぎゅうぎゅうに詰めこんで行くからまあ良いとしても(^^;、ホテルに泊まってたら大変な出費になる。
あ~、持つべきものはリッチな親戚!( ^-^)
だから、うちの子供たちは幸せである。たぶんずいぶん長い間、年に2回くらいは別荘に泊めさせてもらってディズニーランドへ行っていた。
ひょとしたら、クラスで一番位に、ディズニーランドに行っていたんじゃないかなあ。
子供達にはしかも、「日記」という難題がある。
子供なんて、みんな言葉足らずだ。
しかもうちの子供達は、
「今日はT市にある別荘へ行きました。そこからディズニーランドへ行きました。」位の情けない文章しか書けないやつらだから(^^;、きっと先生方は誤解していらっしゃったと思う。
「さすが17代続く九子さんちは、別荘もあって優雅なんだな。」
あんがいこう言うところから、九子家リッチ伝説がうまれているのかもね。(^^;
M氏もこの伝説に惑わされた可哀想な一人だ。
仲人さんから「Mちゃん、行けば左うちわで暮らせるわよ。何しろお金がある家なんだから・・・。」と言われたそうだ。
来てみて、ずいぶん話が違う!とジダンダ踏んでも後の祭りである。
まあ、仲人さんもリッチ伝説に騙されていたのかもね。(^^;
夕方、そのM氏が仕事を終えて帰ってきてから、みんなで出かけるのが常であった。
M氏が運転中、後部座席でみんなスヤスヤ。
働き詰めのM氏は、考えてみれば気の毒なもんだ。
左うちわのはずが、このこき使われようだ・・・。(^^;
初めは九子が助手席に乗ったが、助手席でスヤスヤされるくらい嫌なことはないそうで(^^;、そのうち長男R次男S三男Yが順繰りに助手席係をつとめ、近年はもっぱら三男Yが役目を担っていた。
三男Yは、決して眠らず、最後までM氏の話し相手を勤めた。たいしたもんだねえ。
(そりゃあそうだ。行く前ずっと寝てるんだから・・・。(^^;)
以前九子は動物番組を見ていて、きりんというのは逃げるとなると後先考えず、自分の心臓が破裂するまで走ってしまうと言うのを聞いて感心した。
三男Yを見ていると、なんだかきりんを連想する。
瞬発力はあるのだが、もともとのエネルギーは不足のようで、学校から帰るととすぐに疲れて寝てしまう。一旦起きたその後は、夜中の3時頃まで起きている。
それが学校の勉強に響かないわけがない。
心臓はともかく、脳味噌のキャパシティ(capacity)位は考えて欲しい。(^^;
そして、深夜に別荘にたどり着き、次の日は遅くまで寝ていて、近間で買い物などして過ごす。
たいていその翌日か、翌々日がディズニーランドの日なのである。
ところで皆さん、ディズニーランドには「長野県の日」というのがあるのをご存知だろうか?
どういうサービスがあるかどうかは定かでないが、これは長野県独特の休日の取り方による。
昔のいわゆる農繁休業とか農閑休業とかに端を発したものと思われるが、要するに学校の夏休みと正月休みの間、正月休みと春休みの間、春休みと夏休みの間に、中間休みとか寒中休みとかの短い休みがあるのだ。
長野県の学校の夏休みの少なさは際立っているが、それを埋め合わすための措置と言えなくも無い。
日本中の子供達が学校へ行っているあいだ、休みになった長野の子ども達は大いばりでディズニーランドへ行けるってわけだ。
それはともかく、子供が小さかったうちは、必要に迫られて、絶叫マシーンにも目をつむって乗った(^^;九子であったが、ここんとこ、とんとご無沙汰している。
入園券のみで、ベンチで読書していたり、それもせいぜい30分もすれば疲れてお昼寝したり・・・。
まさか!いくらなんだって、ベンチに横になったりはしない。
外から見て品良く見える居眠りの方法を研究したりしていたのだ。(^^;
そうやって、ディズニーランド大好き人間からみたらあるまじき行いをずっとして来た。
ディズニーランドに不満があるとすれば、食べ物が高いことだ。
一人抜け二人抜けしていたとはいえ、三男Y、N子、M子、そしてM氏と九子なら、しっかり食べれば夕食はどう頑張ってもみんなで1万円は下らない。
あれはN子が小学校の低学年の頃だったろうか。
当時から、うちの経済を本気で考えてくれていたしっかり者のN子は、レストランへ行っても、いつも一番安いものを頼む健気な娘だった。
その日は確か、バイキングスタイルで、好きなものを選んでトレイに乗せて持っていって会計をするというお店に入った。
末娘のM子は、大好きなものばかり一杯のっけた。
そしてN子は・・・・・。
トレイの上に乗ってたのは、わずか二皿。
その組み合わせがニクイ!
すいか一切れとごはん一皿。(^^;
目にも鮮やかな真っ赤なすいかと真っ白なごはんの組み合わせ・・・。
日の丸弁当ってのはあるけど、これじゃなかったよねえ。
ごくりとつばを呑み込んでから、九子は聞いた。
(いや、食べたかったからでは断じてない。そんなもん、誰が夕食に食べたいもんか。(^^; 言うなりゃ、固唾を飲んだわけ。)
「N子ちゃん、それで夕食いいの?」
「うん。だって、すいかもごはんも大好きなんだもん。」
以来彼女は、「ごはんのソムリエ」を自称するごはん大好き人間だ。
ソムリエったって、所詮生まれついた場所が悪かった。(^^;
一口で新潟魚沼産こしひかりとその他県産こしひかりがわかるというソムリエではない。
きのうのごはんと炊きたてごはんの違いがわかる。
堅めのごはんが好きだから、おばあちゃんが自分のためだけに炊いている柔らかい新潟産こしひかりより、みんなが食べてるブレンド(ブランドではない)米の方が美味しい!という程度のソムリエである。(^^;
可愛かったN子は、長ずるに及んで健気さが半減した。
そのN子がポツリ・・・。
「あの時の白ごはんとすいか!今でも覚えてる・・・。
がまんして食べたけど、ちょーまずかった!!」
健気さは半減したが、一応舌の感覚はまともになったみたいである。(^^;
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