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風の歌を聴け [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

村上春樹は「ノルウェイの森」一冊しか読んでいない。


でも二冊目として彼の群像新人賞を受賞した出世作だというこの作品を読んだ時、村上春樹はずっと前から村上春樹なんだなと思った。 風の歌を聴けの画像


もともとこの本を選んだ理由は、awayさんのブログタイトルに似ていたからだ。( ^-^)
たぶん聡明なawayさんはこの本を意識されてブログを作られたに違いない。


村上春樹と言う作家は、ありふれた日常を描いて、読者を夢のような非日常の世界に誘い出す天才である。


ありそうで居て、実はありえない。


たとえば「僕」は行きつけの「ジェイズバー」で、ポータブルテレビで野球中継を見る。


「たいした試合だった。4回の表だけで二人の投手が2本のホームランを含めて6本のヒットを打たれ・・」と、ここまではありえる光景だ。


ところが「外野手の一人はたまりかねて貧血を起こし・・」と言われると、ううん?マジ?と
思 い、「投手交代の間に6本のコマーシャルが入った。ビールと生命保険とビタミン剤と航空会社とポテト・チップと生理用ナプキンのコマーシャルだ。」と続くと、また、ありがちな組みあわせ!と思いながらも、この順番で並べられてみるとことさら新鮮に感じる。


ビルの屋上の冷蔵庫の大きな広告パネルを見ながら彼女を待つ場面もあった。
冷蔵庫の中身を上から順番に、フリーザーには・・・・・・・・、二段目には・・・・・・・・、三段目には・・・・・・と書き連ねる。
「僕」は、どんな順番でそれらの中身を全部平らげるかという算段をするのだが、「ドレッシングがないのが致命的だった。」なんて言う。
広告を見ながらそんな事を考える男がいるなんて、思ってもいなかった。


そもそもバーで出会った男の名前が「鼠」だ。ねずみでもネズミでもなく漢字で「鼠」だ。
明かされるまで本当にねずみがしゃべってるのかと思った。(^^;;
村上春樹の小説ならありそうな気がした。


「僕」の家も不思議な家だ。
父親の靴を「僕」と「兄」が順番に磨くことになっている。それが家訓らしい。


「良い習慣ね。」・・・・・・と、小指の無い女の子が言う。
「そう思う?」
「ええ、お父さんに感謝すべきよ。」
「親父の足が二本しかない事にはいつも感謝してる。」


また女の子はこうも言う。
「兄弟は?」・・・・とたずねられて、
「双子の妹がいるの。それだけ。」
「何処に居る?」
「三万光年くらい遠くよ。」


こういう洒落たせりふがあちこちに散りばめられているのが村上春樹の世界だろう。


その上、多分意図して書かれたものだろうと思うけれど、彼の作品は、大変英語に訳しやすいと思われる。上のせりふだって、九子が下手に訳しても、充分に解ってもらえると思う。
(ちなみに村上は最初この本を英語で書いて、それを自分で和訳したのだという話も伝わっ てきた。)


貧乏学生に違いない彼らの食卓に上るものも、冷蔵庫の残りもので作ったサンドイッチとビールだったり、ビーフシチューだったり、平均的日本人には「おしゃれ」に感じられ、しかも外国人 には違和感を感じさせないものが特に選ばれている気がする。


絶対に味噌汁にごはんにあじの干物なんて組みあわせはありえなそう。(^^;;
(そうだったら英訳者が頭を抱えるだろうなあ。)


比喩や皮肉が外国人受けするのもそう。
たとえば、地獄の暑さに気が狂った人はどうなるか。


「天国へ連れてかれるのさ。そしてそこで壁のペンキ塗りをやらされるんだ。つまりね、天国の 壁はいつも真白でなくちゃならないんだ。シミひとつあっちゃ困るのさ。イメージが悪くなるか らね。そんなわけで朝から晩までペンキ塗りばかりしてるんで大抵の奴は気管を悪くする。」


白黒はっきりつけたがるキリスト教的思想では、ちょっと出てこない発想ではないか。
地獄からの季節労働者が天国で働くなんて!
そして善なるものの象徴たるべき天国で、そんな偽善が行われているなんて・・・。


そしてそういう事だって、もしかしたらありそうな気にもなってくる。(^^;;


村上春樹が英語圏の人々に絶大な支持を受けているのもむべなるかなだ。



中でも素直な事この上無い九子が最後までだまされたのがこの名前だった。
デレク・ハートフィールド。


村上春樹が(というか、この物語を書いたとおぼしき人物が)小説を書く際に一番影響を受けた人物とされている。
くだらないSF本を量産したが、中で光る文章をいくつも残し、小説中に引用されていた文章も なかなか皮肉が効いてぴりりとしていた。アメリカ人にもその存在はあまり知られていないそうだ。


村上さんって、この時まだ20代でしょ。それで居てもうアメリカ人も知らないような、しかも 分厚い英語の本を読みこなしていたんだわ。その上バーに来るアメリカ人やフランス人とも英語 やフランス語でぺらぺら話していたし、どれだけの知識を頭の中に貯えた人なんだろう!


九子はいつものように、すっかり「僕」とこの物語を話しているとおぼしき人物と村上春樹をご っちゃにして、ただただ感心していた。


もちろん普通ならそれで読み流して終わりなのだが、今回は日記に感想文を出す事でもあり、一応調べてみようという殊勝な気持ちが起きた。


デレクのスペルはわからなかったがハートフィールドの方はHEARTFIELDで行けそうなので、電子辞書に付いてたちっこい百科辞典で調べ、はたまたアメリカのYahooで調べた結果、あった! スペルはDerek Heartfieldだ。


なぜか「Hear The Wind Sing」の項に出ていた。


驚きついでに発見したのが、英語には主人公と著者の他にnarratorという言葉があるのだ。
九子が上で「この物語を話していると思しき人物」と書いたのがまさにそれだ。
narratorと言うのだからして、物語を語り進めて行く人とでも言う意味か。


日本語でこれに当たる言葉ってあるのだろうか。「書き手」という言葉もあるが、「著者」と歴 然と違う使われ方をしているとも思えない。


昔話を語る人を「語りべ」と呼ぶが、小説にそれを使うのはどうなんだろう。


このnarratorを往々にして著者その人と混同してしまうのが九子のよくやる誤りなのだが、そもそもこの話の後書きは「デレクハートフィールド、再び」となっていて、最後に村上春樹と名入れまでしてある巧妙さだから、九子くんだりが間違えても無理はない。


ウィキペディアにはThe narrator describes the fictional American writer Derek Heartfield as a primary influence .....と書いてある。
ええっと、これはS+V+O+Cの文型だ。( ^-^)


まあこう書けば種明かししたも同じだが、興味のある方はご覧ください。


とにかくこれだけ読者の思惑を良い意味で裏切る事のうまい村上春樹だから、読者の方も想像力をかきたたせて読むと面白く読めそうだ。


アマゾンレビューを見ると、「僕」と「ねずみ」と「小指の無い女の子」の関係をそこまで深読 みする?と思うコメントも出ている。( ^-^)



ところで九子がこの本を読んだ時、九子は最低の気分だった。


御存じの通り、九子はうつ病を持っている事からもおわかりのように、気持ちの切り替えが下手である。
嫌な事を考えまいと思えば思うほど、何度も何度も反芻してしまうのだ。


村上春樹はそんな時でも心地好い風をくれた。


特に「僕」が新宿駅で会ったヒッピーの女の子をアパートに連れてきて、たぶん何日間かを一緒に過ごし、女の子に「嫌なやつ」と書き置きされたノートの切れはしを残して逃げられちゃうと ころなんかは、こういう性格、うらやましいなと思ったりする。


世話になっておきながらひどい書き置きする女の子もあっけらかんとしていて凄いな!と思うし、何より「嫌なやつ」という、書き置きで書かれたら言われるよりもっときつい一言に対して、 「恐らく僕の事なんだろう。」と応じているだけの「僕」もそうだ。
たばこや子銭やTシャツも持ち逃げされたのに・・。


こうやって淡白に人生を生きて行けたらどんなに楽だろう。
でもまあちょっとでも好きだった異性に対しては、みんな割かし甘いのだ・・・。



村上春樹に心地好い風をもらったはずなのに、なんだかんだ言ってまだまだ気持ちをひきずっているいつもどおりの九子であった。(^^;;

村上春樹
タグ:村上春樹
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コメント 2

away

[風の歌を聴け]
九子さん、こんばんは。
僕がブログタイトルを決める時には確かにこの小説のことも頭にありました。
内容、というよりもタイトルのほうにですね ^^
僕は村上春樹は好きで(実は唯一良さが理解できないのが「ノルウェイの森」
なのですが ^^;)結構いろいろ読んでいるほうだと思います。

九子さんがおっしゃる通り、村上春樹の文体は英語に訳しやすいと思います。
そして、昔からの日本の小説が引きずっている「何か」から自由になっている
ように感じます。それが独特の淡泊さを醸し出しているのだと思います。
僕は、そういう淡泊さには共感するし(自分がそういう性格とは思わないけど)
憧れもありますね。

僕が読んだ村上春樹で一番面白かったのは「ねじまき鳥クロニクル」でした。
お勧めしておきます ^^
by away (2007-09-08 19:22) 

九子

[勝手にお名前出しておいて、ご報告にも行かず失礼しました。m(_ _)m]
awayさん、さすが目ざとく見つけて頂き、有り難うございました。( ^-^)

村上春樹は本当に人気ありますね。読んでみるとその理由もわかる気になります。

確かに淡白な人間が多く出てきます。(と言うほど何冊も読んでませんが(^^;;)たくさん読まれたawayさんがそう仰るのだから、そうなのでしょう。

でもやっぱり一番は会話の面白さではないでしょうか。
ちょっと書き留めておきたくなるようなカッコイイセリフがあちらこちらに散りばめられていて、とても新鮮な感じですよね。

awayさんにはほとんど縁のない百円本屋の店先で、村上春樹を探すのは容易な事ではないのです。

たぶんみんな本棚に置いてあって、あまり古本屋に売らないんですよね、きっと。

これだけ人気のある人の本なら、普通考えれば一番たくさんあるはずなのに・・。



「ノルウエイの森」は登場人物の自殺が多すぎる難点はありましたが、有名だから面白い本なのだと信じて読みました。(^^;;

お薦めの「ねじまき鳥クロニクル」も含めて、もう少し村上春樹読み進めてみたいと思います。

有り難うございました。( ^-^)
by 九子 (2007-09-08 23:37) 

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