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死刑について [<九子の万華鏡>]


心にナイフをしのばせて」。いつものように勝手放題に書いてしまったこの記事に、拳一狼さんがリンクして下さった。折りも折り、光市母子殺害事件の犯人とされる当時18才の犯人に死刑判決が出た。今日はどうやらこうやらこの難題に着手することが出来そうだ。



拳一狼さんの主張(こちらも)は、死刑廃止を求めるものであると思う。



九子さんは一体どうなのよ?



う~ん。一言で言うのは本当に難しい。拳一狼さんのおっしゃることもよくわかる。

だけれども、やはりこの国のこの現状で、死刑を廃止するのはどうなのかなあと思ってしまう。





山口県光市母子殺害事件の、もはや裁判の顔ともなった本村洋さんは、少年の死刑判決を聞いて「妻と娘の分も合わせて加害者の少年の(やがて失われる)命の重さも背負って生きて生きたい。」という意味の事をおっしゃったそうだ。



これに関しては「たかじんのそこまで言って委員会」のなかで、勝谷誠彦さんが額に青筋を立てて怒っていた。



勝谷さんが怒っていたのは、すでに三人分の命の重みを背負う覚悟でいる本村さんに対して朝日新聞の女性記者が「この判決が出たことによって死刑のハードルが下がったと思われますか?」みたいな質問をしたからだ。 「本村さんは三人の命を背負うと言っているだろう。もうそれで十分すぎるほど十分じゃないか!それなのにこのバカ 記者は何を考えて質問してるんだ!死刑のハードルを下げられて死刑になるほかの死刑囚の命まで背負えって言ってるのと同じだろう!」



九子には女性記者の質問にそこまでの意味を考える力量はないが、まあ言われてみるとその通りだなと思う。



本村洋さん、本当に長い9年間をよくぞ戦われた。彼が被告で無かったら、この裁判はまた違う結果になっていただろう。同じように20人もの大弁護団がドラえもんだの魔界転生だのを唐突に言い出さなければ、死刑は回避されていたのかもしれない。



この判決の総括を聞いてなんだか変だなあと思ったのは、「いくら少年犯罪であっても、遺族の感情が激烈である場合は死刑になりうる。」と言っていた部分だった。



本村さんは確かに頭の良い人で、表現力も豊かな人だった。だからと言って最愛の家族を亡くした彼の悲しみが他の多くの犯罪被害者家族に勝っていたとは思わない。



多くの物言わぬ本村洋さんが、家族を亡くしたその日以来、時計の針を一秒も進めることも出来ずに、社会のどこかでひっそりと生活しているに違いないのだ。



遺族の感情はおしなべて激烈である。ただ、それを表に出すか出さないか、出せるか出せないかの違いだけだと思う。



本村さんがたまたま上手に代弁してくれたに過ぎない。



それから裁判というものはそんなものなのかもしれないけれど、事実はたったひとつであるものに光をどのように当てるかという手法によって刑が確定されるという裁判の仕組みそのものが、なんだかへんてこな気がした。



裁判員制度などという一体誰が考えたのかもわからないものが知らないうちに法律になって、明日はわが身で素人の私たちが死刑の判決に携わることになるかもしれない世の中だ。



たったひとつの事実というそのものを極力曲げないように提示してもらわないと、白を黒とするとんでもない判決が巷にあふれそうな気がする。

(これについては 悩み事解決コラムのジョンさんよろづことのはの司さんの記事が興味深いです。)



拳一狼さんは「死刑」という本を読まれたそうだ。九子も読んでみたいと思う。

「死刑」は読めなかったが、今回「死刑執行人の苦悩」というのは読んでみた。死刑執行人の苦悩 (角川文庫)の画像



死刑に関わった刑務官たちの言葉が、いかに死刑囚とは言え、いかに仕事とは言え、人間一人の命を奪う事のむごさを、戦慄を余すところ無く伝えている。



中にこんな場面がある。



一人の死刑執行には数人の刑務官が直接手を下すことになるのだが、刑場に連れて来る係や首をロープにくぐらせる係などより、何といっても一番敬遠されるのが、死刑囚が立っている羽目板をはずすレバーを押して宙吊りにさせる係だそうだ。(敬遠と言ってもその朝に上からお役が回ってきたら、それを拒む権利は彼らにはないのだが・・。)



この役に当たった刑務官の悩みがあまりにも大きいものだから、ある時レバーを押す人間を10人位にして、誰のレバーで宙吊りになったのかわからないようにしてみた事があったそうだ。



結果は・・。



苦悩する人間が10人に増えただけだったと言う。



彼らはたぶんこんな本が出なかったら、自分の仕事の事は誰にも、もちろん家族にも秘して死んで行った事だろう。



先日のテレビのワイドショーで垣間見た昭和30年辺りの死刑囚の様子はまたかなり様子の違うものだった。



たまたま残されていた一死刑囚の肉声は、その時代の律儀な日本人そのものだったし、最期の別れにやってきた姉に気遣いを忘れなかった。「姉さん、すみませんでした。ご心配かけて。姉さんも身体に気をつけて。」



この穏やかに話す人がどういう事情があったにせよ、何人もの人間を手にかけた同じ人なのかと我が耳を疑った。



当時は処刑が決まると執行まで数日の猶予があり、その間にこうして肉親が面会に来る事も出来たし、何より死刑囚同士で「お別れ会」みたいなものまで開かれていたのだという。



それが現在のように処刑の日の朝が来るまで何も知らされないという形式になったのは、死刑を待つ日々の重圧感を少しでも軽くしてやりたいという温情なのだそうだが、昔の方がより人情味があったのではとついつい思ってしまう。



いっしょくたに語るのはどうかとも思うが、癌の告知だって事前にわかるからぎりぎりのがけっぷちに立たされてそれからの人生を見通す知恵も出来るし、何より家族とのかけがえのない時間を過ごす事も出来る。



温情と言うなら、若干の猶予のある昔のやり方の方がよほど情けを感じる。



「死刑執行人の苦悩」にせよ、ワイドショーの内容にせよ、言うまでも無く死刑廃止論に基づいたものである。

そういうのを見聞きしてもなお、死刑廃止論に素直に組したくないのが九子のあまのじゃくなところである。



拳一狼さんが奇しくも潔癖な日本人の「穢れ」を厭う考え方に着目されてこうおっしゃっている。



<ある殺人被害者の遺族が犯人の死刑を望む理由を聞かれてこう述べる。「同じ空気を吸いたくない」。穢れの思想である。>



これは確かに村八分とかにも通じる考え方で、良くも悪くも日本人の精神の中に長い間はびこっている思想体系だと思う。



<「自殺大国であり、また妊娠中絶大国でもある日本。この国は人の命が世界標準に比べて軽いのは、間違いないようである。>と拳一狼さんはおっしゃる。



確かに、これだけ豊かになったこの国で、命が尊重されるようになったという実感は無い。



自殺や妊娠中絶ばかりでなく、いともたやすく我が子を、家族を、あかの他人を衝動的に殺してしまう人々のニュースを聞かない日はない。



それらに対していろいろな理由が取り沙汰されるが、結局は衝動のコントロールが出来ない人々が増えたという話なのではないのか。



死刑は確かに時代錯誤なのかもしれない。世界では少数派なのかもしれない。



でもあの日、光市母子殺人事件の判決を聞いた未成年の少年たちが、自分たちも死刑になる可能性があるかもしれないと言う事で考えを改めるのなら、死刑の持つ懲罰的な意味は大きい。



それともうひとつ、良くわからない事の一つが、死刑執行の順番だ。



例の池田小学校事件の宅間被告はあれよあれよという間に死刑になった。

ひょっとすると彼の口から事件の根幹に関わるもっといろいろな事が聞けたんじゃないかと思った人は少なくないと思う。



こんな事を言い出すとまたお叱りを受けるかもしれないが、平和なこの国には徴兵がない。厳しさというものはすべて時代に合わないと置き去られ、へたすると暴力だ、差別だと訴えられる。



亡くなった父がよく犯罪者をニュースで見るたびに「こんなもん、みんな軍隊に入れて根性叩きなおしてやればいいんだ!」と歯軋りしながら言っていた。短気な父が考えそうな結論だと笑っていたけれど、もしかしたらそれも一理あるのかもしれない。何より父は軍隊の経験者だ。経験も無い九子に笑う資格などなかった。



たとえば死刑が確定した人間を軍隊・・、まあ今で言えば自衛隊か・・に入れる。そして戦争の最前線に送り込む。

死の恐怖を味あわせる。彼らは何を思うだろう。



それなら刑務官が処刑レバーで悩む事もないし、刑務所が死刑囚でいっぱいになって困ることも無い。その上日本は世界の戦争に人的貢献も出来る。



でもまあたぶんそれが実現することはない。決してありえない。軍の士気の問題とかなんとか、結局はクレームがつく。



そんなこんなもあって、死刑は刑として存続してもいいんじゃないかというのが今の九子の精一杯の考えだ。



ただ、今のように処刑を量産するんじゃなく、本当に矯正できそうな人間だといっしょに生活している刑務官が認めた場合には処刑までの日時をぎりぎりまで伸ばしてやるように上に向かって嘆願出来るとか、何でもかんでも上からの命令ひとつではなく、現場の事情も加味したやり方はいろいろあると思う。



そうでもしないと、ある日突然、立ち木を裂かれるようにして生きるべき命を絶たれてしまった被害者家族の気持ちの持って行き場所はどこにも見つからない。



「被害者だって立ち直らなければいけないんです。」と言った本村さんののどから振り絞るような叫びは、何にも増して重い。



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コメント 10

ジョン

[お久しぶりです。]
コメント&トラックバックありがとうございます。
こちらもさせていただきますね。

拳一狼の記事まずは読ませていただきました。
驚く事に自分が好んで読んでいる森達也さんの
「死刑」を読んでおられて、単純にこの問題を
考えていないんだなぁと思いました。

しかも九子さん、自分のブログも紹介してくれて
すごく嬉しいです。
この視点に関してもう一つ付け加えると、
安田好弘氏の大弁護団になってから
少年の供述は変わり、どらえもん等の
話が捏造されたという情報がマスメディアで
はびこっていますが、それも間違っていて、
もう安田弁護士になる前のずっと前の調書の段階で
どらえもんうんぬんの供述はしていたそうです。
あの弁護団が無理やり新しいストーリーを作っているのは
間違ってるようです。
言いたいのは誰だって(自分も含めて)間違った
情報を受け取ってしまうので、簡単には物事を
鵜呑みにはしないほうがいいですよね。。

それと最後にもう一意見。

>自殺や妊娠中絶ばかりでなく、いともたやすく我が子を、家族を、あかの他人を衝動的に殺してしまう人々のニュースを聞かない日はない。

これに関しては殺人の殺人件数が増えていると誤解している
人が多いですが、もっとも殺人件数が多かった時代は
昭和34年。ALLWAYS3丁目の夕日の頃の時代で、
3000件ぐらいでした。
で、今は人口は増えているのに関わらず1000件ぐらい。
しかも去年は戦後もっとも殺人件数が少ない年だった
のだそうです。年々減っています。
こういう報道もあまりマスコミではしないですよね。
不安を煽った報道の方が売り上げが伸びるからでしょうか。。

だからといって殺人自体は許されるものではないので、
未だに起きている動機不明な事件の手当てはしないと
いけないのは言うまでもありません。
by ジョン (2008-05-05 14:00) 

ジョン

[追記]
死刑も含めた重罰化によって
抑止できるのは軽犯罪と性犯罪
だけというデータが国連の犯罪統計ででているそうです。

殺人のケースは激昂してやってしまったケースと
完全犯罪に分けた場合前者は後先考えていない為
死刑は抑止にならず、後者は捕まる可能性が
ないと本人は考えている為、
これまた死刑が抑止にならないなんて
話もあるようですが、この辺は難しいですね。
最近だと死刑になりたくて殺人しましたって・・
逆に死刑が犯罪を助長しているようなわけの分からない
ものもあって。
ただ、きっと殺人を抑止するには法律や刑罰ではなく、
きっと日常の中にある気はしています。
by ジョン (2008-05-05 14:21) 

九子

[ジョンさん!( ^-^)]
お返事遅くなってすみません。m(_ _)m
お休み中は何も考えずに、コメントすらもしないで、ぐうたらしていたかったものですので・・。(あっ、いつもの事か!(^^;;)

ドラえもんの話が弁護団の捏造ではないらしいというのは一応知っていました。ただ、法廷戦術として、ああいうやり方が少年に有利になるかどうかは考えどころだったのではないかと思います。

今回の判決、すごく感情的なものでしたよね。人を裁くのは法律ではなくて人なんだと思わされた事件でした。

>これに関しては殺人の殺人件数が増えていると誤解している
人が多いですが、もっとも殺人件数が多かった時代は
昭和34年。ALLWAYS3丁目の夕日の頃の時代で、
3000件ぐらいでした。
で、今は人口は増えているのに関わらず1000件ぐらい。

そんなもんなんですか!
でも、凶悪事件が増えている気がするし、戦後の貧しい時代なら自分が生きるための殺人もありだろうという気がするのですが、今はこんなに世の中が良くなったのに、理解不能な殺人が多くなっていますよね。

>未だに起きている動機不明な事件の手当てはしないと
いけないのは言うまでもありません。

まったく仰せの通りです。特に親子間、家族間の悲惨な事件は、どこまでさかのぼったら防止できたのか、是非解明して欲しいです。


>殺人のケースは激昂してやってしまったケースと
完全犯罪に分けた場合前者は後先考えていない為
死刑は抑止にならず、後者は捕まる可能性が
ないと本人は考えている為、
これまた死刑が抑止にならないなんて

なるほど。言われてみるとそんな気も・・。

ただ、少年の場合、絶対に死刑にならなかった今までと、死刑判決が出たこれからでは、刑の執行の有無に関わらず何らかの影響があるはずだと思いたいですけど。

>ただ、きっと殺人を抑止するには法律や刑罰ではなく、
きっと日常の中にある気はしています。

これもまさにその通り!

とすると、死刑は不要と言う事になっちゃいそうだけれど、「やっぱりそれはまずい!」って心の中の何かが騒ぐんですよね。

あまのじゃくでしょうか・・。(^^;;
by 九子 (2008-05-07 14:19) 

ジョン

[九子さんへ]
休みの時はぐうたらするのが一番楽しいですよね☆

>でも、凶悪事件が増えている気がするし、戦後の貧しい時代なら自分が生きるための殺人もありだろうという気がするのですが、今はこんなに世の中が良くなったのに、理解不能な殺人が多くなっていますよね。

マスコミの煽り方がすごいので、凶悪事件が増えている
気がするだけのようです。
昭和30年代は戦争終結から10年以上たち朝鮮戦争による
特需で好景気になり、高度経済成長の階段に登った辺りです。
それなのに、今マスコミが報道すれば世の中末だと
思うような残虐な犯罪が数多く起きています。
ただ今よりは動機が理解しやすいものも多かったかもしれません。
でも動機が理解不能だけで動機がないわけではないと思います。
今の時代、個々がばらばらになって、共同体?が崩壊しつつあるから、理解しにくいだけなのかもしれません。
これについては長くなるので、省きますが。。
むしろ何故凶悪事件が減ったのか解明していくほうが
日本は自信がつくかも。
先進国の中では圧倒的に凶悪犯罪少ないですから。

>とすると、死刑は不要と言う事になっちゃいそうだけれど、「やっぱりそれはまずい!」って心の中の何かが騒ぐんですよね。

あまのじゃくっていうより、日本は死刑存置派が9割ですから。
今まで死刑があってある種の歯止めがかかってきた事実性が
あるから死刑廃止するのはやはり怖いですよね。
自分もめちゃ怖いです。
死刑廃止した途端凶悪犯罪が跋扈するんじゃないかって。
だけどフランスでは死刑賛成6割、死刑廃止4割のころ
政治の力で死刑を廃止し、数年した頃、実際凶悪犯罪は
変わらない、またはある年は減っている時もあったので、
あまり死刑の有無に影響されないという実感ができて
現在死刑賛成4割、死刑廃止6割りになったそうです。
冤罪もあるかもしれぬ、国家による死刑があると
社会がぎすぎすする一因かもしれません。

あ~長く書きすぎました。
なんか、色々考えなくちゃいけないですね。
九子さんも色々考えている方なので、好感が持てます。
by ジョン (2008-05-10 00:39) 

九子

[ジョンさん!( ^-^)]
>マスコミの煽り方がすごいので、凶悪事件が増えている
気がするだけのようです。


>今の時代、個々がばらばらになって、共同体?が崩壊しつつあるから、理解しにくいだけなのかもしれません。

なるほど。一々頷かされることばかりです。

ただ、戦後と比べるのではなく、例えばここ10年、20年見た場合はどうなのでしょうか。凶悪犯罪は増えては居ないのでしょうか。

死刑を廃止したフランスの例はとても興味深いですね。でも終身刑はあるんですよね?


(頷くことばかり・・とか言いながら、ビミョーにつっかかってる印象がぬぐえない。(^^;; すみません。m(_ _)m)

>むしろ何故凶悪事件が減ったのか解明していくほうが
日本は自信がつくかも。
先進国の中では圧倒的に凶悪犯罪少ないですから。

やっと安心しました!まだまだ日本は世界の中では安全な方なのですね。( ^-^)
女性が夜道を歩いていても安全な国という神話が未来に渡って生きている国であって欲しいものです。

ところで跋扈って、なんと読むんでしたっけ?のどまで出てる気がするんですがわかんなくて・・。バッキョ?(^^;;
by 九子 (2008-05-10 22:26) 

司

[リンクありがとうございます=]
突然すいません。こんばんはー。リンクありがとうございました!

フランスの事例だったというのは知らなかったのですが、死刑が犯罪の抑止力にならないというのは私も聞いたことがありました。でもその一方で、死刑があったほうが安心…という気持ちもあるんですよね。
抑止力も期待しますし、報復は刑の本質ではないのかもしれませんが、酷い犯人には死を望んでしまう気持ちがあります。
執行する側の人のことはまるで考えていませんでしたけれども…。


凶悪犯罪が減っているというのも聞いたことはあったのですが、実際どうなんでしょうね。少年犯罪については↓のようなページがありました。
<a href="http://kogoroy.tripod.com/hanzai.html">http://kogoroy.tripod.com/hanzai.html</a>

跋扈は多分「ばっこ」かな…と思います。
by 司 (2008-05-12 00:19) 

九子

[司さん!( ^-^)]
お初にお目にかかります。興味深いコメント本当にありがとうございました。確かawayさんが「コメントも含めてブログ」とおっしゃっていて、司さんのこのコメントおよびリンクも是非皆様にお読み頂きたいと思います。(二箇所目のリンク読めなくなっていて残念ですが・・)

という事は、客観的に見ると少年犯罪は増えている訳でも凶悪化した訳ではないということなのですね。要するにマスコミが取り上げる件数が増えただけということなのでしょうか。

殺人事件の検挙率が98%とか!そんなに高いなんてびっくりしました!

確かに主婦などと言う者はテレビのワイドショーがニュースソースのすべてと言う人も居ますし(まるで自分がそうじゃないみたいな口ぶり。(^^;;)、男性だって新聞やネットより以上の情報は敢えて求めようとはなさらないと思います。

そんな中で「少年犯罪の凶悪化」とか言う事がヒョーロン家だのコメンテーターなどという人々によりますます拡大されて私たちの頭の中に刷り込まれて行くのでしょうか。

殺人事件の検挙率だけ取ったらまだ日本は安全だというような情報をもっと広く流すべきなのにね。

二箇所目のリンク、是非読みたかったと思います。残念!

最期に読み方教えて頂き、有難うございました。
司さんは小説も書かれるんですね。凄い!( ^-^)
by 九子 (2008-05-12 21:38) 

轟 拳一狼

[遅くなりました・・・]
九子さん、お久しぶりです。ご訪問が遅くなって申し訳ありませんでした。昨日やっと読ませていただきました。

まずは、九子さんの記事へのコメントを自分のブログに掲載するという反則技をご許可いただいたことに、感謝申し上げます。のみならず、九子さんなりに真面目に考えていただいて、こうして記事にまで起こしていただき、恐縮の至りです。
「死刑囚は軍隊に」という意見については、次の記事で書かれているようですから、ここで詳しくコメントするのは差し控えます。ただ私としては、その軍隊に攻められている地方にいる人たちは、それこそ何の罪もなく、毎日死の恐怖にさらされ続けていることを考えると、戦争そのものやらなくてすむようにならないかなあ、軍隊という人殺し集団をもっと減らせないかなあと、そっちのほうに思いが行ってしまいます。軍隊や戦争で食っている人たちも多いから、なかなかやめられないのはわかりますけどね。
やはり以前も申し上げましたように、九子さんと私では決定的に視点が違うようです。

死刑の抑止力については、上でジョンさんが述べられているのと同じことを、私も聞いています。要するに、「死刑に凶悪犯罪の抑止力はない」ということです。私自身が詳しいデータを持っているわけではなく、『死刑』をはじめとする、他の方々が引っ張ってきたデータを見ただけですが、少なくともその逆のデータは聞いたことがありません。

「でもあの日、光市母子殺人事件の判決を聞いた未成年の少年たちが、自分たちも死刑になる可能性があるかもしれないと言う事で考えを改めるのなら、死刑の持つ懲罰的な意味は大きい。 」

私のこの年代のころを考えると、あまり青少年の理性にそういう合理的な期待をかけるのは、リスクが高いと思います。青少年は、訳もなく暴発し、暴走するものなんです。私だって、もし柔道をやっていなかったら、何しでかしていたか、正直断言できる自信はありません。多分だれもそうだと思いますし、また若者はそうでなくてはならないとも思います。そこをうまく捌く(裁くじゃないですよ)のが、大人という存在だと思います。
あまり光市の事件について書きたくないのですが、今回の悲劇は、この少年の周りにそうした大人がいなかったこと、さらに色々な社会のひずみが重なり、引き起こされたものだと思います。
九子さんも感じておられるとおり、死刑囚も、われわれと変わらぬ、同じ人間です。決して人格異常者ではありません。でもたとえ人格の安定しない青年期でなくても、まるで巨大なうねりが静かな海面に突如現れて暗い渦を巻くように、まるで説明のつかない衝動に駆られて思わず体が震えてしまうという経験が人にはあるものだと思います。だから、われわれはいつ、加害者にも被害者にもなりうるのだと思います。いつも通り、「性悪説」的意見ですが。

あまり長くなると、また自分のブログ行きになってしまいそうですから、この辺で収めておきます。とにかく私は、殺されたくないし、殺したくない。そしてすべての人に救いの訪れることを願っている。それだけです。
今回の件については、本当に有難うございました。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
by 轟 拳一狼 (2008-05-22 10:37) 

轟 拳一狼

[追記です]

「命の軽さ」について、認識にずれがあるようです。またずれができても仕方がないような書き方を、私もしていたことは認めます。
この件に関しては、もっと暖めてから、納得できる形で掲載したいと思っておりましたので。
とりあえずブログに簡単に私の考えをまとめました。またもや反則まがいの手を使ってしまうことになりますが、今回はコメントというより、私自身の考えをまとめた記事ということで、リンクを貼らせてもらい、補足としたいと思います。

<a href="http://blogs.yahoo.co.jp/zolotvolkov/38702372.html">http://blogs.yahoo.co.jp/zolotvolkov/38702372.html</a>
by 轟 拳一狼 (2008-05-23 16:09) 

九子

[拳一狼さん!( ^-^)]
リンク先にもコメントさせて頂きましたが、大変面白く読ませて頂きました。今回は深く納得致しましたよ。( ^-^)

中上健二を読みたくなったこともそうですが、良く比べられる太宰治と尾崎豊はともかく、壇一雄と河島英伍さんを対比されたのは凄いですね!
壇一雄さんも、河島英伍さんも、味わってみたいと思いました。
by 九子 (2008-05-26 20:12) 

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