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家 [<九子の万華鏡>]


いつだったか、確か江國香織だったか吉本ばななだったかの本で、家と言うものはそれ一つ一つが独立したセルみたいなものであって、すべての家庭がみな驚くほど異なっているというような表現があってなるほどと思った。



どの本だったか確かめてみたかったが、所詮九子の脳細胞(セル)では心もとない。(^^;;



表札というのは単なる目印であって、その家を表すものではない。

仮に「鈴木一郎」と書かれた表札を掲げた家があったとしても、それは単にその家の世帯主(そしてたぶん主な収入の担い手)が鈴木一郎というたぶん長男として生まれて来た男性であるというだけのことであって、もしもその隣に弓子という女性の名前が書かれていたとしたら、それはもしかしたら大リーガーのイチロー選手の家である可能性がわずかの確立であるという話であり、もしも隣に書かれた名前が幸子という名前であったとしても、妻とおぼしきその女性が本当に幸多い人生を歩んでいるかどうかは確かめようがない。



家の様子をもっと端的に表すのは、表札よりも玄関であろう。



その家の玄関に立った時、人は一目でその家の財政状態をあらかたつかむ事が出来る。

もちろん100%正しい訳ではないが、家の材質、調度品などによりその家の稼ぎ手の優劣が、そして日常品が乱雑に置かれていないかや手入れが行き届いているかによってその家の主婦の力量までもが見透かされる。



(言わずもがな九子の家は最初から落第なんだよね。(^^;;)



先日東大に合格した学生の家庭を追跡したレポートが朝の番組で報道されていた。



3人が3人とも、こんな家庭ならいつテレビのレポーターが来ても慌てずにどうぞどうぞおあがり下さいと言える、つまりはいかにも上流の暮らしぶりと思える家だった。



昔は貧乏人の息子が行くと言われていた東大であるが、今では一千万円近い収入の家庭の子女が多いそうである。



もう一つ面白かったのは、同じ東大でも理系の学部に受かる子の親は割りに放任主義で子供を自由にさせているのに対し、文系の学部に行く子の母親の7割が専業主婦で、子供につきっきりで子供の体調その他の管理に努めているのだという。

考えてみれば知識の集積を必要とする文系と、ひらめきを重視する理系との違いなのかもしれない。



4人兄弟の末っ子の紅一点の女の子が東大に受かったという家庭では東大に落ちて早稲田に行ってる長兄が「この子が東大に受からなかったら一体誰が受かるんだって思ってました。」と妹の合格を我が事のように喜んでいて、妹も「お兄ちゃんが作ってくれた対策ノートのお陰で入学出来ました。」と言っていたのが微笑ましく、和気あいあいとした愛情溢れた家庭の様子が感じ取れた。



東大を出て官僚になるのであれば、こういう家に育った子の方が世の中を斜に見ないからいいかもしれないと思った。





九子の家の近くにちょっと不思議な家があった。



何十年も前、そこは確かガス器具なんかを売る店をやっていたはずだ。

それがいつの間にやら店を閉じ、カーテンを固く閉め、そのカーテンも日に晒されて何色だったのかも見当がつかなくなっていた。



たまにその古びたカーテンの間から車が出入りしていた事もあった。

奥行きだって間口だってそんなに広くはなさそうなのに、よく車なんて入るなあと驚いた。



父だったか母だったかの口から「あそこのうちは共産党で、変っているんだよ。」という話を聞いた。



長野みたいな田舎の町で「共産党」と言われたら、当時は特に、「オウム真理教に入ってるんだよ。」くらいの衝撃を伴って人々の口から口に伝わり、なんとなく胡散臭い目で見られたものだ。



その家のご主人という人に一度だけ会ったことがある。



当時育成会の役員をされていて、子供の少ないわが町に隣町の役員である彼がどういう訳か何か書類を持ってやって来たのだ。



「変人と言われてるけど普通の人じゃない、ねえ。」というのが第一印象だった。



どちらかというと男性にしては小柄な人だった記憶がある。





その家のことは長いことずっとずっと忘れていた。



毎日のように郵便局の行き帰りにその家の前を通ってはいたのだが、昔のような車の出入りもすっかり無くなってひっそりと埃っぽいカーテンに閉じ込められた一ミリも昨日と変らないその家のたたずまいは、九子にとってひからびた油絵と同じようなものだった。





その家が突然まばゆい光に照らされた。

光ばかりではない。華やかな音楽も降り注いだ。





その日九子は夜遅くコンビニエンスストアに行こうとしていた。

夜9時を過ぎた頃だったろうか。





その家の前で、ぴたりと足が止まった。

たぶんポータブルカセットデッキか何かの音源で、タンゴのリズムが流れて来る。



そして踊っていたのだ。その家の夫妻と思われる二人が・・。

ぴったりと引き締まった身体を重ね合わせ、しなやかに、たおやかに・・・。



いつもは固く閉じられていたカーテンは、皆の者よ、我らの主人たちのダンスを見よとばかりに大きく明け放たれ、正装の二人は胸を張って正調のラテンダンスのステップを踏んでいた。



タンゴというのは、確か上級者の踊りであると聞く。



いったいこの狭い家の中にいつの間にあつらえられたのかきちんとしたフロアがあり、このフロアのために犠牲にされたはずのテレビや家具の一つくらいはあるはずの居間はどこに消えたのだろうか。

いや、そもそもこの家では生活そのものが行われていたのだろうか。



なんだか見てはいけないものを見てしまったようで九子はすぐにその場を立ち去ってしまったのだが、考えてみれば彼ら二人から外の闇、ましてや黒っぽい服を着ていた九子の姿は見えなかっただろう。



それより何より二人は誰か見物人が現れるのを期待していたのかもしれなかった。




帰り道覗いた時には、その家は再び静寂のしじまの中にあった。




真夏の夜の夢みたいな一夜が過ぎ、九子の記憶の中でその家はまた元のひからびた油絵に戻った。



それでもしばらくの間はあの夜の出来事を思い出してドキドキしながら前を通ったが、いつのまにかそれすらも忘れてしまった。





その家が取り壊された。

朝見たときはそのままあったのに、午後通ったらもう潰されて無くなっていた、そんな感じだった。



なんとなくあの夜のことを考えているうちに、竹を思い出した。

竹のようにしなやかに踊っていた二人。

生涯でたった一度晴れやかだったあの夜は、竹の花が咲いた夜ではなかったのか。



そして花を咲かせ終えて、竹は朽ちて行く。

その通り、竹篭を壊すようなあっけない壊れ方だった。





その家の下にはもう竹一本も生え出る隙間がないくらいコンクリートの基礎が築かれた。





こんどはどんな家族が住み、どんな花を咲かせるのだろう。







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コメント 8

eiko

[マッチの炎]
この家の住人の話を聞いて、マッチの炎を思い出しました。
きっと最後の瞬間が、去った住人にとって最高の思い出に
なったでしょうね~(;;)
by eiko (2009-03-15 19:02) 

九子

[eikoさん!( ^-^)]
なるほど!マッチ売りの少女みたいにはかない一夜の話ですもんね。
あの家のことを思い出すと、なるほど家って一軒一軒みんな違ってるんだなあと思うのよね。

見えないもんね。うちの中までは・・。

世の中にはもっともっと不思議な家庭があるんでしょうね。
( ^-^)
by 九子 (2009-03-15 23:46) 

gakudan

[夢]
現実と非現実の間をを彷徨うかのような摩訶不思議な夢物語。
蓄音機からアコーディオンの音色が聴こえてきました。
by gakudan (2009-03-17 07:15) 

九子

[gakudanさん!( ^-^)]
>蓄音機からアコーディオンの音色が聴こえてきました。

最大限の誉め言葉を有り難うございました。m(_ _)m

音楽をなさってる繊細なgakudanさんからのお言葉は本当に嬉しいです。

でもgakudanさん、おそばの味っていうただ一点であれだけの文章を毎回書かれるって言うのは本当に凄い事ですね。
やっぱり舌も繊細でいらっしゃるのだろうとも思うし、本当におそばが好きでいらっしゃるのでしょうね。

ラーメンの食べ較べをする人とそばの食べ較べをする人って、どこか何かが違うような気がしますね。そばの人の方が性格がきっちりしているっていうか・・。

って、そこまでgakudanさんの性格知ってる訳じゃないんだけど・・。(^^;;

明日は赤坂見附界隈をぶらぶらしてるかもしれません。その後甲府に参ります。

ではまた。( ^-^)
by 九子 (2009-03-17 22:13) 

のりP

[おとぎばなし]
↑の家のお話、
本当に虚に包まれるというか、
まるで きつねにでも騙された昔話をよんでいるみたいな気がしました。
でも よくよく考えれば、
eikoさんの言われるように、
最後に燃え尽きたマッチの火ということも うなづける。
人生って 何が幸せか・・・最近そんなこと考えたりしててね。
それぞれのきらめき方っていうのか、、
そのご夫婦には そんな形で必要だったのかもですよね。
う~ん 考えさせられました。
by のりP (2009-03-20 19:27) 

九子

[のりPさん!( ^-^)]
たわいもない話ですが、のりPさんともなるとそんな風に深く読んで下さるのね。やっぱり人生っていろいろな事があった方が味わい深くなるって言うか・・。ごめん。のりPさんにしてみたらそれどころじゃないのにね。

昨日ね、大物次男が6年もかけて大学卒業したの。感慨深かったわよ。(^^;;
長男や三男は規定どおりで普通に卒業したでしょ。その時は卒業証書みてもなんってこと無かったんだけど、次男の場合は6年もかかって、その上卒業式の当日どころか、式が終って各研究室へ集まって証書を手渡されるまで卒業できたかどうかわかんないなんて言うんだもん。
そうやってもらった卒業証書を見るのはやっぱり嬉しさも一入っていうの?

まあたとえは大幅に違いますが(^^;;、なんとなく相通じるものがあるのかなって。

のりPさんとこもまだまだ先が見えなくて本当に大変だけど、みんなで応援してるからね。( ^-^)
by 九子 (2009-03-20 22:49) 

のりP

[おめでとう]
次男くん すごい。
お母さんの笑顔が見えてきそうですよ。
本当に おめでとう。
嬉しい気持ちになります、こちらもね。

ところで マイぷれす
最近調子悪いですね。
なんだか パンクしそうな感じ。
メインページまで ヘンです。
引越しせなあかんのか・・・
by のりP (2009-03-24 07:27) 

九子

[のりPさん、ありがとう( ^-^)]
>次男くん すごい。
いやいや、全然すごくありません。
でもまあ2留もしてめげないところは凄いかも・・。(^^;;
正直ほっとしました。

うん。なんかどこかおかしいのかしら・・とは思っていますが、引越しはまだ考えていません。ほら、ここ割りに検索に引っ掛かりやすいでしょ。一応薬局やってるので、そこは魅力なんだよね。

でもどこかで次を考えなきゃいけない時期も来るかも・・というのは頭の隅にあります。

のりPさんにもその時はお知恵を拝借しなくちゃね。そんなこんなで、これからもどうぞ末永くお付き合い下さい。m(_ _)m
by 九子 (2009-03-24 22:32) 

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