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The stranger [<九子の読書ドラマ映画音楽日記>]

2012年一月一日。二年参りを終えて床に着いた九子は、普段の九子であったならまずはほとんど経験した事の無い暗い不眠に悩まされながら、一年で一番めでたいはずのこの夜にこの本を手にしてしまった自分の浅はかさを後悔していた。 晴れの日であるべき正月に読むには最低最悪の本だった!

去年のクリスマスくらいに本棚にあるのを見つけて、絶対に前に読んだはずなのに内容をまったく覚えていなかったことに愕然として再読した。

たしか保険金殺人の話で、主人公は保険金詐欺を調査する保険屋さんだったよね。
九子が覚えていたのはそれっきりだった。(^^;;

黒い家 (角川ホラー文庫)

黒い家 (角川ホラー文庫)

  • 作者: 貴志 祐介
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 1998/12
  • メディア: 文庫

要するに サイコパス  と言われる快楽殺人犯の話なのだが、作者の貴志裕介はさすが京都大学出身のインテリだけあって話の膨らませ方が実にうまい。

九子がめでたかるべき大晦日夜から元旦にかけて読んだのは、殺人者が殺人を犯した「黒い家」で主人公が仲間の死体を見つける一番グロテスクな部分で、めでたさも一瞬にして吹き飛ぶど迫力だった。
(^^;;

この本で殺人者は人格障害者とされている。
人格障害の中でも、同情、良心、後悔などの心的機能を根本的に欠いている「情性欠如者」であると言う。
 
情性欠如者の中でも特に重症でその他に抑制欠如と爆発性性格の三つがそろった場合を「背徳症候群」と言い、凶悪な殺人を犯す場合が多いそうだ。今回の殺人者はこれに当てはまる。

人格障害というのは例のタリウム少女や酒鬼薔薇少年のところでも書いたが、もともと脳に欠陥があってそうなったものか、教育や環境によるものか、専門家の間でもまだ意見が分かれているらしい。

九子としてはたとえそれが将来的に望みの無い方向に行く話になったとしても、もともとの脳の欠陥が主なる原因で、育てられ方や環境はあまり関係無いんだよという結論になって欲しいと切に願う。

だって親はそれでもこれでも一生懸命に子供を育てるんだよ。
生まれた時は考えに考え抜いて一番良い名前を付け、ある時期までは子供が家庭の中心という生活を送り、運動会だ、やれ音楽会だと写真やビデオを撮りまくり、子供が勝ったといっては喜び、負けたと言っては悔しがる。

誰だって子供を殺人鬼に育てようと思う親などいないと思うんだ!
それなのに、必死になって育てたはずの子供が人を殺してしまう。

やりきれないよねえ、親の育て方が悪かったなんて言われたら・・。

それよりも、親は懸命に育てたのだけれど子供の脳に欠陥があって狂暴な人間が出来上がってしまってどうしようもなかったと思える方がまだ救いがある。

 

人格障害というのは極端な例だけど、誰の心のなかにもどす黒い何かがうごめいている。
普段は顔をのぞかせない得体の知れない獣は、突如として、多くの場合怒りを発端にしてうごめき始める。

普段と違う彼や彼女の中の獣は、家庭内なら割合容易く見つかるに違いない。もとより家庭とはそういうところだ。飾りを剥ぎとって「素」をさらけ出す場所だからだ。

思いがけず電話口で家庭の秘密を知ってしまうことがある。その人がいつもと違う大きな声で家族の誰かとといがみあう声が聞こえて来たりもする。

自分の中の獣はなるべく外に現れない様に気を付けているつもりだけれど、疲れていたり、忙しかったり、気分の悪い時には、獣は良い空気を吸いに外に出たがるようだ。

そして、隣のうちまで聞こえるような大声で怒鳴ってみたり、壁をどんどん叩いてみたり、手当たり次第物を投げつけてみたりというその人らしくない行動が出る。


獣と言うと人聞きが悪いが、かの大歌手にして名ピアノ奏者であるビリージョエルは、それを"The Stranger"(自分の中の他人)と言った。

ビリージョエル。九子の青春の思い出だ。
九子は確か当時大学生で新宿北口広場にたたずんでいて、大判振る舞いにそこにいた人々皆に配られた今で言うところのプロモーションレコードを手に取った。それがビリージョエルとの出会いだったと記憶している。

 "The Stranger"のレコードジャケットは日本の能面を見入っているビリーの横顔がとてもセクシーだった。
彼は今よりずっと若く、やせていて高い声がよく出た。(当たりまえか・・。)

 


ビリーは自分の中の他人=別人の顔を隠そうとするのではなくて、もっと恋人や家族に普段から見せておこうと歌う。他人=別人の顔を恋人に日頃から慣れていてもらおうと歌う。
いざと言う時にびっくりされないように・・・。


サテンの顔、シルクの顔、スチールの顔、レザーの顔、それらのありきたりの別人の顔の中に混じって、ビリーが新しく見つけた日本の能面。

アメリカ人の彼にとっては、能面はとても新鮮に映ったことだろう。
ひとつの顔が、悲しさも喜びも怒りも笑いもすべての表情を鮮やかに紡ぎ出す万能の仮面。
だから若かりしビリーは魅入られて、見惚れているのではないのかな?

考えてみると日本人は昔から万能の仮面をつけ続けて、いや、つけさせられ続けて生きてきたのだと思う。
自分の考えを押し殺して、怒りを閉じ込め、長いものに巻かれて、いろんなものを潔くあきらめて微笑みながら生きてきた。それが能面の基本の微笑みの表情だと思う。

いろいろな表情を一つの面で現す万能の能面を作り出すというのもいかにも日本人らしい。

ビリージョエルじゃないけれど、これからの世の中、とくに政治家の方々には、日本人の別人の顔を世界中にさらけだして欲しいと思う。

怒る時は怒る、悲しむ時は悲しむ、誉める時は誉める、喜ぶべき時は喜ぶ。
そして言うべき事はきちんと言う。

奥ゆかしさは貴いが、日本人だけしか理解できない心情を世界に向かって振りかざしたって仕方が無い。

★Mu-ranさんこと大指揮者の村中大祐さんが、masque=お面についての深い深い考察を書いて下さいました。是非お読みください。 

★訳をお借りした宮寿陵さんも「The stranger」についての興味深いブログ記事を書いていらっしゃいますので、こちらも是非御参照下さい。


The stranger  /words & music by Billy Joel

Well we all have a face
That we hide away forever
And we take them out and show ourselves
When everyone has gone

Some are satin some are steel
Some are silk and some are leather
They're the faces of the stranger
But we love to try them on

Well we all fall in love
But we disregard the danger
Though we share so many secrets
There are some we never tell

Why were you so surprised?
That you never saw the stranger
Did you ever let your lover see
The stranger in yourself?

Don't be afraid to try again
Everyone goes south
Every now and then, woo...

You've done it, why can't someone else?
You should know by now
You've been there yourself

Once I used to believe
I was such a great romancer
Then I came home to a woman
That I could not recognize

When I pressed her for a reason
She refused to even answer
It was then I felt the stranger
Kick me right between the eyes

Well we all fall in love
But we disregard the danger
Though we share so many secrets
There are some we never tell

Why were you so surprised
That you never saw the stranger
Did you ever let your lover see
The stranger in yourself?

Don't be afraid to try again
Everyone goes south
Every now and then, woo...

You've done it, why can't someone else?
You should know by now
You've been there yourself

You may never understand
How the stranger is inspired
But he isn't always evil
And he isn't always wrong

Though you drown in good intentions
You will never quench the fire
You'll give in to your desire
When the stranger comes along
**********************************************


The Stranger / Billy Joel (1977)


translation by Miya_Juryou   <宮寿陵 訳>

そう、僕らはみんな顔を持っている
それを僕らは永遠に隠すのさ
そして僕らはそれを取り出し自ら眺める
誰もいなくなると
あるいはサテン あるいはスチール
あるいはシルク そしてあるいはレザー
それは別人の顔をしているんだ
でも僕らは好んでそれを付けようとするんだよ

そう、僕らはみんな恋に落ちる
でも危険は無視するんだ
とても多くの秘密を分かち合うけれど
決して言わない事がある
なぜ君はそんなに驚いたんだい?
一度も別人を見た事がないなんてさ
今までに恋人に見せたことがあるの?
君自身の内なる別人を

怖れずに もう一度やってみて
誰もが(エデンの)南へ向かう
誰もが時々
君がやった事を 他の人が出来ないなんてありえない
理解すべきだよ、もう
君自身そこにいたんだから

かつて僕は信じていた
僕は実に偉大な夢想家だった
あの時オンナの所へ帰った
それが彼女だと理解できなかった
彼女に理由を強く尋ねると
彼女はいかなる答えも拒絶した
その時に 僕は感じた 別人に
ちょうど眉間のあたりをキックされたと

そう、僕らはみんな恋に落ちる
でも危険は無視するんだ
とても多くの秘密を分かち合うけれど
決して言わない事がある
なぜ君はそんなに驚いたんだい?
一度も別人を見た事がないなんてさ
今までに恋人に見せたことがあるの?
君自身の内なる別人を

怖れずに もう一度やってみて
誰もが(エデンの)南へ向かう
誰もが時々
君がやった事を 他の人が出来ないなんてありえない
理解すべきだよ、もう
君自身そこにいたんだから

君は決して理解できないかもしれない
どのように別人がインスパイアされるか
でもそいつは常に邪悪ではなく
そして常に間違っているわけではない
君は善意に溺れているけれど
決して炎を消せないだろう
君は自らの欲望に屈するだろう

 

 


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Muran

彼の弟とウイーンで会ったことがあります。
もう随分昔の話です。指揮者だったんですね。
彼が言うにはウイーン人だと。お父さんが。
オーストリアの。
ちなみに僕はビリーの大ファンでしたから
歌詞をつけていただいたので
ひとしきり歌ってしまいました。

このジャケットでビリーの横に置かれた能面をみながら、
ヴェニスのカーニヴァルを思い出したのですが
もしかしたら、同じような文化がヨーロッパ社交界には存在するのかも
しれませんね。
ここは我らが知恵の宝庫、NIKIさんにご登場願えるといいのですが。
それでは。Muran でした。
by Muran (2012-01-28 20:18) 

九子

Muranさん、こんばんわ!( ^-^)

えっ!それは大スクープです!

ビリージョエルのピアノは並みの才能ではないと思っていましたが(もちろんシンガー=ソングライターとしての才能も・・)、もしかしたらウイーン人のお父様の薫陶でしょうか!いやはや、兄弟揃って大したもんです。

弟さんはビリーに似ていらっしゃるのですか?
きっとお互いの才能を称えあっていらっしゃるのでしょう。(分野が違うのが良かったかも・・。(^^;;)

能面からヨーロッパ社交界を連想なさるとは、さすがに大海で暮らしていらっしゃる方は違いますね。( ^-^)

でもヨーロッパ社交界にも日本と共通点があったら、それはそれは面白いですね。

はいはい!これからnikiさんにお声をおかけして参りましょう。( ^-^)
by 九子 (2012-01-28 23:31) 

niki

こんばんは~、お二人様に呼ばれて戻ってまいりましたぁ♬

仮面=ペルソナですね・・・・

うかつなことは言えないために、ちゃ~んとおさらいしてみますね^^
ヨーロッパにおいて、仮面をつけて行う演劇は、いつから存在したのか。
私はヨーロッパで仮面といえば、ペストが大流行したときに使者を埋葬する
時に(伝染しないように?)つけた、トリのくちばしのようなあの仮面を
真っ先に連想しますが。

ヴェネチアの仮面祭り、そういえば2月でしたか?
17,8世紀が舞台の映画には、よく目だけ隠す仮面が登場しますね。
オペラ座の怪人は醜さを隠すためでしたが、ええと・・・では、マスカレード
中心にしらべますね~。

たぶん、ピエロの化粧も関係ありますか? とも思いました。


by niki (2012-01-29 00:45) 

九子

nikiさん!さすがです!

>私はヨーロッパで仮面といえば、ペストが大流行したときに使者を埋葬する
時に(伝染しないように?)つけた、トリのくちばしのようなあの仮面を
真っ先に連想しますが。

そんな使われ方もあったのですね。お見それしました。m(_)m

ピエロの化粧も確かに関係ありそうですね。

仮面という言葉自体がそうですが、仮の面ですから、何かを「隠す」という使われ方には間違いなさそうですね。

ペストの死者を弔った時などはまさしく「穢れを隠す」仮面だったんですねえ。勉強になりました。m(_)m
by 九子 (2012-01-29 13:20) 

niki

九子さん、Muranさん、あんまり見たことないなぁと思いつつもちょっと
調べましたが、やはりあまり私も文献をしらないですねぇ。

古代社会では世界共通で、農耕民族が神がかりするときに人格を
捨てるというか隠すというか、そのために仮面をつけたようですが。

「自分を隠す、別の何ものかになる」が、中世になると「身分を隠す、
素性を隠す」になるようです。マスカレードなどは貴族のお遊びからの
発展のようですね。
by niki (2012-01-30 09:20) 

マチャ

ストレンジャー、能面がとても印象的なジャケットですよね。
曲も聞くたびに表情を変えるような、そんな気がします。

ビリーの弟さんや家族のルーツについては以前記事にしてますので、
そちらもぜひどうぞ(^-^)/

http://narapenguin.blog.so-net.ne.jp/2011-05-09
by マチャ (2012-01-30 16:38) 

九子

nikiさん、早速調べて頂いて本当に有難うございました。m(_)m

さすが、nikiさんですねえ。やることが何でも素早い!
只者じゃないなあといつも思っておりますが、その行動の素早さが知識の広さにつながっていらっしゃるのですね。
最新のコンピュータと同じですね。( ^-^)

神がかり→別のものになる→身分を隠す  なんですね。

そうそう。上にあるマチャさんの過去ログ、読まれましたか?
私は初めて読んで面白かったですぅ。( ^-^)
by 九子 (2012-01-30 22:54) 

九子

マチャさん、こんばんわ。
過去ログ見せていただきました!
よく調べられましたね。( ^-^)

ビリーはユダヤ系なんですね。
muranさんが会われた弟さんというのは、異母兄弟なんだ。

アメリカは離婚が多いから子供が大変だといつも思ってきましたが、この頃日本もアメリカみたいになって来ましたから似たような環境の子がたくさんいるかもしれないけれど、こうやってお互いが同じ音楽の道で名を成すというのはお互いのために素晴らしいことですよね。

ビリーはそんなに長い間新曲を出していなかったんですか?20年間何していたんでしょう?お酒飲んでるだけじゃせっかくの才能が泣くよね。

まだまだたくさんの名曲を生み出して欲しいです。
兄弟共演なんかあればよい刺激になるのにね。( ^-^)

そうそう、マチャさん。ブログ左側上にメールアドレスがありますので、こちらに一度メールを頂けませんか?お待ちしております。m(_)m
by 九子 (2012-01-30 23:11) 

般若坊

沢山のNiceをありがとうございました。
by 般若坊 (2012-02-01 17:42) 

リンさん

黒い家って、映画になりましたよね。
大竹しのぶの演技がすごく怖かったです。
こういう殺人鬼ってどうして生まれてしまうのでしょうね。

去年読んだ貴志祐介の「悪の教典」という本にも、すごい殺人鬼出てきました。
by リンさん (2012-02-03 19:45) 

九子

般若坊さん、御丁寧に有難うございました。m(_)m
by 九子 (2012-02-05 12:03) 

九子

リンさん、お返事がすっかり遅れちゃってごめんごめん。(^^;;

そうそう。映画になったって聞きました。怖いもの見たさで、見てみたかった!
でも原作ではぶさいくなおばさんという設定だったけど、大竹しのぶさんじゃ綺麗すぎるような・・・。

貴志さんの本はちょっとしばらくいいかな・・と思う自分と、「悪の教典」も面白そうだなという自分が両方居ます。( ^-^)

教えてくださって有難う!
by 九子 (2012-02-05 12:10) 

youzi

こんにちは♫
ビリー・ジョエル、ストレンジャーとオネスティが大好きです。
本当にヒットしましたよね。
雲切目薬、とっても良いです(●^o^●)
by youzi (2012-02-05 15:24) 

九子

youziさん、nice!とコメント有難うございました。( ^-^)

ビリーって本当に才能のある人だったんですよね。ピアノがあんなに上手だったなんて、youtubeで初めて知りました。当時は他の人がピアノ弾いてると思ってて・・。(^^;; オネスティも素顔のままでもよかったですねえ。

目薬、気に入って頂いて良かったです。( ^-^)

そうそう。長いメールを頂戴していて、お返事まだでしたね。ごめんなさい。必ず書くので待っててね。
by 九子 (2012-02-05 22:16) 

海賊版DVD

日本流通自主管理協会に加盟されていると言うことで信用して購入させてもらいました。 http://www.yokuya.com
by 海賊版DVD (2012-08-05 04:53) 

golf

この本で殺人者は人格障害者とされている。
by golf (2013-07-24 14:45) 

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