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叶わなかった武勇伝   後編 [<九子の万華鏡>]

前回より続く

二人は九子の言うがまま、水を抱えこんで頑張った玄関マットと廊下、そして肝心の水が出っぱなしになった水道栓、また外に出て水道の元栓・・と次々に見て回った。
そして「ああ、ここですね。そうですよね。ほとんどどなたもいらっしゃらないお宅では、ちょっと気がつきませんよね。」とか、「それでもこの冷蔵庫を開けに、どのくらいの頻度でおいでになるのですか?」とか、なるべく当たり障りの無い話をし続けた。
そして、何枚も写真を撮った。

結論はやっぱりこうだった。

「う~ん。そうですねえ。大変申し上げ難いのですが、やはりこの状況を見て、こちらのお宅だけ特別にご事情をおくみしてご請求を肩代わりするとか、減額するというのは難しい状況かと思います。」
「ちょろちょろ出ていたんじゃなくて、ほとんど全開になっていた訳ですよね。う~ん。それはやっぱり、何かの弾みで自然にそうなったとは考えにくい状況ですしねえ。」

「そう言われても、自分が使った訳でもないのにこんな額をお支払いするなんて、納得出来ません。だって、知らなかったし、誰も知らせてくれないんだから、不可抗力でしょう?」となおも食い下がる九子に、K課長は

「お気持ちは十分にお察しします。もしも同じことが私に起こったら、私だって腹立たしいですよ。でも、本当に申し訳ないのですが、水道の元栓メータを通ってから先の水道料金は、各ご家庭にご負担いただくというのが原則となっておりまして、唯一の例外が漏水、つまり水道管の破損等で水が漏れて修理業者さんが修理に来られた証明書がある場合だけ・・ということになっている訳なのです。  

実はこういう事例のほとんどが、空き家や、普段人の出入りがほとんど無い場所で起こっておりまして・・・。中には50万、100万という法外な料金になってしまったお宅もあるんですよ。ええ、工場とかではなくて、普通のお宅です。 」

最後の話を聞いて、九子はびっくりする。「え~っ?そんな金額を皆さんお支払いになるのですか?」

「ああ、さすがに100万円の方は裁判を起こされて、10分の一に減額してもらっったそうですが・・。」(それだって10万円だ!)   


う~ん。敵もさる者である。

5千円が5万円になったから頭に来るのであって、10万や50万、ましてや100万円請求されていた可能性もあった?と考えれば、5万円ならまだまし!みたいに思えてきてしまう。  

まあそれにしても、例のセリフは言ってやらなくちゃ、一矢を報いたことになんないよ。
でも、結局、九子はこんな言い方しか出来なかった。そもそも、ここは市役所じゃなくて、我が家なんだから・・。

「私、本当は、市役所に乗り込んでくつもりだったんですよ。それでね、もしも5万円払わなくちゃいけない場合は、課長さんから現金で5万円お借りして、それを集金の人に10ヶ月かかって1万円づつ5回払いでお支払いしようかと・・。」

一矢を報いるはずの一言を、二人は一笑に付した。

「ああ、そんなことなさらなくても、口座にお金が無ければ引き落とせませんからね。余計な金額を入れて置かれないように、下ろしてしまわれたらいいんですよ。」

なんと!敵に塩を送るとは!あくまでも親切ないい人のK課長である。


ところが我が家の通帳にはやむなき事情があった。
水道料が下りてる通帳は引き落とし専用の通帳で、そこから現金を下ろすことなど無い訳だからカードなど作って無いし、印鑑だって何十年前に作ったままで、どれだか忘れてしまった。
前回入金してからかなり時間が経っているし、てっきりあと数万円しか残っていないものと思って安心していたのだが....。

ところが記帳してみてびっくりした!かなりまとまった金額が記載されていたのだ!

M氏だった!久しぶりに満期になった預金を、よりにもよってこの通帳に入れたのだという。カードも印鑑もない以上、このままにしておく他は無い。
まったくビンボー神は、やっぱり余計なことをする。(^^;;   

そのせいで、数日後に迫った引き下ろし日には、しっかりと51000円也がこの通帳から下りてしまうことが決定した。

K課長と白マスクの二人は、最後まで物腰柔らかく、丁重にお辞儀をして帰って行った。

あ~あ、なんだか疲れたなあ。
それにしてもあの二人はいったい何者だったのだろう?
なんのために、来なくてもいいこの家にのこのこやって来たのだろう?


考えてるうちに、ふっとある考えが浮かんだ。
あっ、きっとそうだ!!


彼らは事情を聞きに来た訳だけれども、議論をしに来たのではない。
なぜなら結論はもうとっくに決まっていたからだ。「金額は全額お支払い頂きますよ!」

彼らの丁寧な物腰、穏やかな話し方、共感しているそぶり・・。(と言ったら悪いが...。)
それらすべてのものは、九子の怒りのエネルギーをガス抜きするためではなかったのか?


どこかで読んだが、日本人は相手の考えを変えさせようとして議論する訳 ではないそうだ。
欧米人の議論では、相手の考えを変えさせてはじめて議論の意味がある訳だけれど、日本人はそうではない。

日本人の議論で一番重要なことは、相手に、自分が誠実で、信ずるに足る人間であることをアピールすることだという。
だから、必ずしも、相手が自説を曲げなかったからと言って、その議論が失敗だったことにはならないのだそうだ。

長野市水道局の彼らは誠実だった。同情的だった。物腰柔らかく、穏やかだった。いい人だった。

「誠実さ」が何より好きな日本人の私たちは、「誠実さ」を見せられると心が和む。
誠実な人々を見ているうちに、だんだんこちらの怒りはおさまってくる。

そして、相手が「誠実」であれば、こちらも「誠実」に対さないといけないという強迫観念に似たものが心の底から湧き上がり、良心的な対応がなされる訳である。

いつも言うように笠原十兵衛薬局のお客様の大半はそんな愛すべき典型的日本人で、あるお客さま曰く「だって物を買ってお金払わないなんて気持ち悪いじゃない!」と、95%近いお客様が後払いでもしっかりとお支払い頂ける。

クレーマーと呼ばれるほんの一握りの人々を私たちは皆忌み嫌う。
自分がそうであってはならないという意識が、普通の人々の良心を支えている。

そうか!彼らの狙いはそれだったのだ。

もちろん彼らは誠実に話を聞くためだけの目的で来てくれたのだろうし、彼らの態度に何の他意も、もちろん悪意も無かったことは間違いない。

でも彼らはきっと学んでいる。幾多の事例から・・。
特に冬場になるとかなりの頻度で起きるであろうこういう超過請求に、冷静さを失って怒りの電話をかけてくる何百人もの人々。

そういう人々と電話で話をし、実際に会って、そして学んだのだ。
こういう場合はどういう風に対処すればよいのかを・・。

もしかしたらさっきの話はマニュアル通り?
そんなことを考え始めるとさすがに忌々しいが・・。(^^;;


彼らは良く知っていた。私たち日本人の怒りのエネルギーは、理論整然と説得するよりもむしろ、誠実な態度で心を寄り添わせ、共感することで消失して行くことを。
私たちが、知の世界の住人というよりも、情の世界の住人であることを・・。


例えば、以前にも書いた選挙の時。
私たちは候補者の政策で選ぶというよりも、人柄が良さそうだからとか、何かの時に世話になったからとか、そういう情の部分で選ぶ事が多いのではないだろうか?
つまり本来の政策の良し悪しなど全く判断する必要が無くて、ただただ義理人情のお付き合いの長さ、深さだけで意中の人を決定してしまう。


この国で一番楽に生きようと思ったら、なんでも皆がする通りを真似して、一切反論もせず、人と違うことは謹んで、流されて生きることだ。
そうしている限り、頭を働かせる必要も判断する必要も全く無くなって、この国では安心して生きていられる。

だからきっと私たち日本人は、今まで考える機会が少なかったのだと思う。一番楽なのが、人の真似をして、いろいろな判断をする必要のない生き方だったのだから。


でもこれからは違う。世界は狭くなり、日本人は日本人だけで生きている訳ではない。
嫌な相手とも付き合わねばならない。

人のよい日本人相手ならそれで済んでいた「相手に誠実さを見せる事により信頼を得る」 やり方も、「誠実さ」イコール「単なるバカ」としか考えない人々の前では、意味が無いどころか逆効果だ。


日本人よ、賢くなれ! 知識を増やせ! もっと頭を使え! どちらか一方を選択せよ! 一人で考えよ!

だけど小賢しくなるな!悪賢くなるな!

えっ?薬剤師としてのお勉強すら怠けてる九子さんに言われたくないって?

ごもっとも、ごもっとも!! (^^;; (^^;;


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伊閣蝶

今回も大変興味深く拝読させて頂きました。
大変な災難に遭われましたね。
心よりお見舞い申し上げます。
お腹立ちもご尤もと、深くご同情申し上げる次第です。

それにしても、この水道局の課長さんと担当者さん、なかなかの人物ですね。
公務員としての高い自覚と誠意を持った職員だと感心しました。
公務員の役割の一番重要なポイントは公平性だといいます。
このお二人は、その「公平」な立場をきちんと表明しつつ、その理由も的確に説明されていますね。
仮に、個別の事情を勝手に忖度して対処方法を変えたりしたら、ほかのユーザーの方々はもとより、監査や議会からも厳しく追及されてしまうことでしょう。
そういう「いいわけ」を一つもせずに、九子さんの怒りに寄り添いながら話を聴いて、誠実に説明しようとした。
上水道や下水道会計は、大抵の場合かなりの赤字を抱えています。地方自治体によっては普通会計からの繰出し金を入れなければならない場合もあります。
そういう数々の事情を腹に収め、こうした対応ができるとは、長野市もなかなかなものと感心しました。
ただ、こういう事例がこれまでにもあったのなら、きちんと広報などを通して注意喚起しても良かったのではないかと、その迂闊さは指摘したいところですね。

すみません、ちょっと九子さんのご趣旨からは外れたコメントになってしまいました。失礼の段、ご容赦下さい。
by 伊閣蝶 (2014-03-23 23:22) 

九子

伊閣蝶さん、こんばんわ。
いつもためになるコメント頂戴し、感謝しております。( ^-^)

確かにその通りだと思いました。
私も途中でとても勝ち目が無い事を感じていました。

だって正論ですものね。私のほうがどっちかって言ったら言いがかりです。(^^;;
オリンピック後に乏しくなった長野市の財政に貢献したと思って諦めます!

>ただ、こういう事例がこれまでにもあったのなら、きちんと広報などを通して注意喚起しても良かったのではないかと、その迂闊さは指摘したいところですね。

そうですよね!そこんとこは、声を大にして言いたい!(^^;;

by 九子 (2014-03-24 21:12) 

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